第25話 対決(3)
河原崎先生が穏やかに、落ち着いて言う。
「生徒指導部に文句があるのなら、まずわたしにおっしゃってください」
上部先生はまだ震えている。
「生徒指導部がどうこうという話をしているのではありません。この事務職員の働きぶりがまちがっているから、それを指摘しているだけです」
「
「それを判断するのは、河原崎先生、あなたじゃないでしょう?」
「わたしじゃないとしたらだれですか? まさか上部先生ではないですよね」
それで河原崎先生はにっこりと笑う。
上部先生の
白く塗りたくった顔の表面の下に、細かい
ほんとうに歳をとってるんだ、と実感する。
「ほんとうは言いたくありませんけど、わたしの夫はこの学校の理事です。夫に、今日の、先生と、この、金沢、ですか? この事務職員の態度を話します! こんな事務職員はイッパツで失職でしょうね!」
と怖いことを言う。しかし、河原崎先生は、とても涼しく
「どうぞ」
と言った。
「では、次の理事会報告をたのしみにしていますから」
そう言ってまたにっこり笑う。
「ええ、ぜひ、たのしみにしていてください!」
上部先生はそう捨てゼリフを残すと、自分の席に帰って行った。
お尻を振り、胸を突き出し、せいいっぱいセクシーな歩きかたをして。
ああ。
このおばあさん、胸は大きいんだ、と、景子はそのとき思った。
そのあと、その上部という先生の席は騒がしかった。
どすん、とか、じゃりん、とかいう音が何度もした。
棚の上のほうに積んでいた、プリント用の紙を手に取ろうとして、その紙を取り損ね、棚の上にあった紙をまわりの床にまき散らした。たぶん百枚以上はあっただろう。
それでわかった。
手が震えて、満足にものも持てなくなっているらしい。
それからしばらくして、さっきは職員室にいなかった副校長の
しばらく話をしたあと、喜尾井先生の後ろについて上部先生は部屋を出て行った。
上部先生が出て行ったのを見届けてから、家庭科のかわいらしい
景子は、あたりを確かめてから、先生が置いていった紙に書いてあった
「おおしか」と入れても出ないので、漢字で「大鹿」と入れてみる。
苗字の読みは「おおが」らしい。名まえは景子の推測どおり「さちえ」でよかった。
ああ、やっぱり、と思う。
所属している「部会等活動」は「マーチングバンド部(
中学生のときに東京から転校してきた、という経歴も書いてあった。
東京の中学校は
専門学校まで東京の学校を出た景子はその学校名に見覚えがあった。
たぶん中高一貫だったと思う。
自分でここの中学校や高校の受験を考えたことはないけれど、たぶん、中学校の同級生でここの高校を受験して合格した子がいたのだろう。もしかすると、小学校の同級生がそこの中学校に行ったかも知れない。
この大鹿という生徒は、そこから転校してきて、
コースは進学コースのGSで、GSのなかでの成績順位は上位から四八パーセントという表示が出ている。だいたいまんなかぐらいだ。地理歴史公民系の授業は成績がよく、音楽の成績もいい。古典もエクセレントだが、古典をのぞく国語と、とくに理数系が足を引っ張っている。化学はなんとか平均点以上だけど、物理と生物が壊滅的だ。英語は平均点ぐらい、しかし「聴く・話す・作文に課題あり」というコメントがついている。
補導歴・指導歴はない。
上部先生はこの情報が欲しかったのだろうか。
成績はもとより、東京で通っていた学校から入試の種類までわかるとは、こわいな、と景子は思う。
あれだけけんか腰になっていた上部先生が見られない情報を、この学校に入ったばかりの自分が見ている。
それも、客観的に見れば、こわい要素だろう。
それと。
この子のばあい、「大鹿」は「おおしか」ではなくて「おおが」と読むということも初めて知った。
これだけのことが、画面を少しスクロールするだけでわかるとは。
これは、河原崎先生が気をつかい、
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