第21話 桜を遠くに見ながら(2)

 「瑞城ずいじょう女子っていうのは、あの上部かんべ先生も言っていたとおり、戦後になって設立された。このあたりには、そのころから工業都市だった蒲沢かんざわとか、そこに貨物を積み下ろしする宮戸みやとの港とかあったから、戦争ではこっぴどくやられてね。そこからの再出発っていうんで、女子教育を通じて地元とともに歩む、っていうので、この学校はできた」

 蒲沢はここの北のほうだったと思う。大企業蒲沢総工そうこうの本拠地だ。

 宮戸という港は景子けいこにはわからない。

 「はい」

 気がゆるまないように、胸をはって、景子は答える。

 河原崎かわらざき先生は小さく笑った。

 「ごめんね。お茶飲みながら、ってわけにもいかなくて」

 「いいえ」

 お茶を飲みながらならば、もっと楽しい話がしたい。

 もっとも、生徒指導が仕事では、何の話をしてもなかなか楽しい話にはならないだろうな、とは思うけど。

 「それで」

と先生は続ける。

 「そのときに、アメリカの軍楽隊を見ならってできたのが、瑞城フライングバーズっていう、高校マーチングバンド」

 戦争でひどい目にったというのに、なぜ軍楽隊を見倣う?

 そう思ったけど、黙って聴いておくことにする。

 「それで、県北では名門バンドとして有名になったんだけど、実態は、さ」

 先生は短くことばを切る。

 「瑞城非行少女収容所って言われたぐらいで」

 非行少女……。

 ひさしぶりに聞いたことばだ。

 「素行に問題のある生徒を入部させて、厳しい練習で鍛えて立ち直らせる、っていう。でも、そんなので立ち直るわけないじゃない? ただ、校内で厳しくされるぶん、外で発散するようになって。で、明珠めいしゅじょの子って成績よくて、おとなしいじゃない? そいつらの恰好かっこうのターゲットになって、さ」

 先生は上目づかいに景子を見る。

 「だから、明珠女の子をつかまえてきて巻きにして、口に砂を詰め込んでもう少しで窒息ちっそくさせるところだったとか。もちろん恐喝とかは普通にやってたし」

 だいたいは菅原先生に聞いていたので、驚かない。

 いや。

 「もう少しで窒息」はさすがに驚くところか。

 そんなことまでやったんだな。

 「あ」

と、そこで先生は景子の顔を見る。

 「あんたも明珠女だったか」

 そこで景子も繰り返す。

 「明珠は明珠ですけど、東京明珠女子実業専門学校っていうところで」

 地元では名門でも、東京の専門学校は無名なので、そこは理解してほしいんだけど。

 東京明珠にも、学生のあいだに、みょうな、子どもっぽい慣習はあった。けど、いまの話を聴くと、その「非行少女収容所」はそれどころのレベルではない。

 「でも、いまは心配ないから。もちろん女の子どうしだからときどきトラブルは起こしてるけどね。でも、今年はだいじょうぶじゃないかな? 明珠女の生徒と、さっきの生徒会の子たち、仲いいみたいだから」

 その判断も菅原先生とも一致している。

 それより、ここの地元の名門と、東京の無名の専門学校とは、たぶん名門度とか校風とかがぜんぜん違う、ということを理解してほしいんだけど!

 でも、いまは黙って話を聴く。

 「それで、そのあと、バブル時代とかがあって、荒れる学校って時代でもなくなって、それで、フライングバーズ、つまり高校マーチングバンド部、ね。入部する生徒の数も少なくなって、いちど、存続の危機ってことになった」

 「はい」

 問題生徒を入部させて立ち直らせることを売りにしていたら、問題生徒の数自体が減ってしまって、入部者がいなくなってしまった、ということだろう。

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