第19話 生徒会対応(3)

 河原崎かわらざき先生が続ける。

 「で、猪俣いのまたに主任委員をやってもらう、ってこと?」

 「書記と書記補は投票必要ですから、無理ですけど」

 それで、また息を合わせてアイコンタクトする。

 「でも」

と、会長は副会長の顔をちらっと見た。

 「そういう事情なので、猪俣さんについて向坂さきさかさんより下って処遇はさすがになしだと思う、というのが生徒会の判断です。つまり生徒会各委員会の委員長相当以上です」

 「それについては、こっちからは何も言わない」

 先生にそう言われて、会長がほっとしたのがわかる。

 「で、生徒会、前から小池こいけ先生にSDGsエスディージーズの活動をやらないかって言われてるんですね」

 「小池先生」と言われても景子けいこにはわからない。

 SDGsはわかる。何年か前に国連が定めた目標というもので、十七の目標がある。

 専門学校で「これから就職するには、これを知っておくことはたいせつだから」と言われてていねいめに教えてもらった。

 でも、内容は、あんまり覚えていない。

 何か、「社会にいいこと」や「地球にいいこと」のようなものが並んでいた。覚えているのはそれぐらいだ。

 「それで、生徒会としてSDGs部門を立ち上げることにして、猪俣さんにその担当になってもらおうと思うんですけど」

 先生は、景子のプリントして来たその「猪俣さん」の資料を手に取って、目を落とす。

 「さっき言ったように、こちらから干渉する気はないけど」

で、ことばを切って、

「猪俣にその気はあるの?」

ときく。

 「はい」

と会長が答えた。

 「音楽の仕事以外ならなんでもやるそうです」

 先生は、ふーっ、と鼻から長く息をついた。

 「それなら、生徒指導からは何も言わない」

 それから、もういちど、ゆっくりと息をつく。

 「これも問題ないからね」

 河原崎先生が「これ」と言ったのは、景子がプリントした紙のうち、猪俣という生徒のものだった。

 つまり、成績とか、指導歴とか、そういうのが、だろう。

 先生はそのいちばん上の資料を景子の前に返し、残りの三枚を自分の前に並べる。

 返されて来た資料をフォルダーにしまう。内容に問題ないとしても、生徒に見えるようにはしないほうがいいだろう。

 「それより、この三人って」

 河原崎先生の態度はさっきの猪俣という生徒の資料を相手にしていたときとはぜんぜん違っていた。

 やっていいならば、紙の表面を指でぴしんぴしんはじきたいとでもいう感じだ。

 「部の運営なんかできるの? たしかに宮下みやしたは成績はいい。郷司ごうじ史美ふみは個人的に知ってるけど、根性もあるし、いいやつだけど。でも、マーチングバンド部といえば瑞城ずいじょう女子高校で最大の部活だし、演奏の技術だって必要でしょう?」

 生徒会の二人はまた息の合ったところを見せてアイコンタクトをかわしているが、さっきと違って、明らかにとまどっていた。

 副会長のほうが言う。

 「はっきり、無理だと思います」

 唐突で、つっけんどんな言いかただった。

 そうでなくても、「無理だと思います」の前に「はっきり」という修飾語がついている。

 「でも、生徒会から何か言えるわけでもないですから。しっかりやってください、と言うしかないです」

 「まあ、宮下さんと郷司さんがいれば、事務的なところはなんとかなるとは思いますけど」

と会長がフォローする。

 それは。

 もう一人の向坂さきさかという生徒では、事務的なところも何ともならない、ということ?

 先生も、宮下と郷司という生徒については、成績はいいとかいいやつだとか言ったけど、向坂という生徒については何も言わなかった。

 「まあ、覚悟はしておいてね」

 言うと、先生は、また大きく息をついた。

 生徒会長が言った。

 「たぶん、次期執行部の課題ですけど」

 今度は、先に副会長を見て、副会長がそれを受けてうなずく。

 会長が続ける。

 「でも、そのSDGs部門は、始業式前に、役員改選、新執行部成立を待たずに先に立ち上げるつもりです」

 先生も軽くうなずいた。

 「そのSDGsの話は、小池先生と相談しておくけど。小池先生もすぐに実現するとは思ってなかったと思うからね。でも、学校としてはバックアップするつもり」

 「ありがとうございます」

 会長と副会長が揃って頭を下げた。

 「それと、原則論だけど、短い期間でも生徒会に欠員が複数っていうのはよくないからね。いちおう言っとく」

 先生が言って、生徒会の会長・副会長との面接は終わりになった。

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