第16話 「さっそく仕事だよ」

 そのあと生徒指導用のデータベースと学年名簿が一致しているかのチェックをやった。

 長い名まえの専門学校を卒業するときに、「指示待ち」をするようでは社会人として失格だ、と言われたので、自分で考えて、その仕事をすることにした。必要があるのかどうかわからないけど、やって有害な仕事ではないだろう。

 中学校から順番にやっていく。名まえと生徒証番号が一致するかを確かめるだけなので、そんなに時間はかからない。

 中学校のほうはすぐに終わり、高校のほうに移って感じたのは

「高校生、多い!」

ということだった。

 普通科だけで中学校より生徒数が多い上に、毛受めんじょ愛沙あいさが言っていた進学コースの「GSジーエス」があり、さらに地域人材育成科というコースもあって、高校の一学年だけで中学生全体に匹敵ひってきするくらいの人数がいる。

 チェックするというなら、ここで、GSの子がまちがって普通科の名簿に載ってないか、とかを確かめるところなのだろうけど、中学校で一つもまちがいがなかったので、気もちがゆるんできた。

 少し休んだほうがいいかな、と思っているところに、職員室の戸を開けて生徒たちが入って来た。二人で入って来て、入って来たところで揃ってお辞儀じぎをする。

 その行動が揃っているところがかわいらしい。

 一人は明るい紺の冬制服、もう一人は冬制服の上に同じ系統の色のセーターを着ている。

 見ていると、その二人が河原崎かわらざき先生のところに行く。河原崎先生はその二人にかんたんに何か言って帰らせた。

 河原崎先生は二人がまたお辞儀をして出て行くまでをじっと見送っている。

 それを見届けてから、机の上で何かをぱっぱっと書き、景子けいこのところに来た。

 「さっそく仕事だよ。プリントして来て。氏名とかと、成績と、もしあれば指導歴」

と言って紙をパソコンのテーブルに置いた。

 先生の顔を見上げると、先生は右手の人差し指を軽く口のところに持って行く。声に出して読まなくていい、復唱もしなくていいということらしい。

 紙には、太めのサインペンで

「普3年 いのまたさかえ

 普3年 さきさかつねこ

 G3年 みやしたあかり

 G3年 ごうじふみ

 場所 第二小会議室(北棟二階)」

と書いてあった。

 この子たちのデータをプリントして、高校北棟二階の第二小会議室というところに来なさい、ということだろう。

 「普3年」というのは高校普通科の三年生ということだろうから、「高校、普通科、三年」のところにチェックを入れ、「いのまたさかえ」という名を入力して検索する。

 すぐに「猪俣沙加恵」という子が出てきた。写真を見ると、丸顔で健康そうな感じの子だ。

 この子も「さんずいの砂」が入っているけれど、抱きしめておかなければ流れて行ってしまいそう、という感じはしない。

 成績は見なかった。

 「部会等活動」という欄に「マーチングバンド部 3月退部」と書いてある。

 マーチングバンド部ならばあの毛受愛沙もいっしょだ。三年生になったから勉強に集中したくて退部したのだろうか?

 あとの三人も同じように検索した。

 「さきさかつねこ」は「向坂恒子」という子で、アグレッシブでさわやかそうな笑みで写真に写っていた。「みやしたあかり」は「宮下朱理」で、優等生的に澄ましたショートカットの子だ。「ごうじふみ」は「郷司史美」で、豪快そうな不敵な微笑を浮かべている。

 さっきの猪俣沙加恵はともかく、この三人は「ませてるな」と感じた。生徒証の写真を撮るときには緊張するだろうに、この三人は緊張なんか感じさせない表情で写っている。

 その資料をプリントアウトする。

 朝の菅原先生の「それより、PCの画面つけたまま離席とか、そういう初歩的ミスのほうが怖いから」というアドバイスを守って、PCの画面は消して行く。

 PCの画面はタッチパッドに触れれば点灯するが、この画面はあらためてパスワードを入力しないと出て来ない。それはさっき菅原先生がやって見せてくれた。

 プリントした紙が見えるとよくないだろうと思って、色のついたフォルダーにはさむ。ここの席の備品らしい。

 フォルダーを持って景子は職員室を出た。

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