第14話 景子の仕事が始まる
午後は、新しい仕事「生徒指導補佐」の準備だった。
生徒指導担当の
穏やかそうで、社交的、つまり、何か話しかけられたらだれに対してもまずにこやかに応答する、という先生だ。
でも、穏やかな表情の下にいつも何か隠していそうな印象だ。そういうところはたしかに生徒指導担当っぽい。
景子の仕事場所は職員室いちばん奥の廊下側だった。中学校の先生たちの後ろを通って行かなければならない。席を教えてくれた副校長の喜尾井先生には
「ここ、災害があるといちばん逃げ遅れる席だから、気をつけて」
と言われた。
でも、そこは同時に校長席の横だ。校長先生はふだんは校長室にいて職員室には来ないらしいけど、副校長の二人は、外で用がないときには校長席の並びにずっと座っているという。
そんな場所の端っこに、横向きだとはいえ、新任でしかも二十歳の職員が座っていいのかと思う。
河原崎先生には
「そこが、先生も生徒もいちばん来にくい場所で、外からも見られにくいから」
と言われたけど。
仕事の内容は、菅原先生からきいたとおり、学生の個人情報の管理だという。
住所とか電話番号・メールアドレスとかの変更やほかいろんなことはまず河原崎先生に伝えられる。生徒や保護者自身が入力したデータがそのまま入ることもあるけど、河原崎先生にまず変更があることが伝わり、景子が確認する。
成績は先生方が入力したものが表示される。
では、生徒指導担当の河原崎先生自身はどうなのだろう? そこできいてみると
「生徒指導も教師なんだから、教師が生徒の成績を見て弱みを握ったりしたらいけないでしょ? だからほかの先生とおんなじ条件だよ」
ということだった。つけ加える。
「というたてまえだけど、そんなの見られるようにしてもらってもめんどくさいだけじゃない? 気もつかうし。だから見られないようにしてるの」
と言って先生は笑った。
補導を受けたばあいや、学校内で指導を受けたばあい、指導ほどでなくても何かあったばあいは景子がその事実を書き込むのだという。補導や指導の内容は河原崎先生が記録を作成する。担任や部活動の顧問が記録を作ったときには、それが河原崎先生に手渡されて、それが景子のところに回ってくる。
景子の仕事はそのファイルを登録するだけということだったけど
「あ。
と河原崎先生には言われた。
じゃあ……?
やっぱり問題生徒の指導のときには同席しないといけないの?
生徒が病気になったり怪我したりしたらその記録も入ってくる。これは保健室の先生が管理していることになっているけど、保健室の先生は入力はしても「管理」はしていないので、景子がときどき見てチェックしたほうがいいという。前任の「木下さん」が担当だったときには、高熱が出て一日だけ入院した生徒の退院記録がついていなくて、一か月後にあった期末試験が「長期入院中で受けられない」と判断されてしまったことがあったらしい。
ふだんはそういう情報の管理をやっていて、河原崎先生が指導に必要だと判断すれば、成績とか、補導歴とか、病歴とか、そのとき必要な項目を選んで河原崎先生に手渡すのだという。
そういう説明を受けてその席に備え付けのパソコンを立ち上げたのだが。
さて。
その個人情報のところにつながらない。
つながらないだけではなく、どうやったらその情報が出て来るのかさえわからない。
河原崎先生はパソコンとかスマホとかITとかはまったくダメということで、なぜつながらないかも
「前の木下さんが辞めるときにぜんぶ設定消したからねぇ」
という説明があっただけだ。
しかたがないので、けっきょく河原崎先生が物理化学準備室に電話をかけて菅原先生に来てもらった。
景子と菅原先生でセットアップをやる。河原崎先生は自分の席に帰ってしまった。
設定が必要なところは菅原先生がやってくれて、操作の手順だけ景子に教えてくれる。動かなくなったときにはヘルプファイルのどこに解決策が書いてあるか、そのヘルプの説明の「書きぐせ」まで教えてくれた。
景子が
「慣れてますね、先生」
と言う。
「もしかして、社会人という世界に来ると、これぐらいできるのが普通なのか?」と思っていたら、菅原先生が
「ああ。これのセキュリティ、わたしが設定したから。もちろん業者と相談しながらだけど」
と、とてもあたりまえのように言った。
朝からと同じめんどうくさそうな言いかたで。
あまりにあたりまえそうで、あまりにめんどうくさそうで、気がつくのにだいぶ時間がかかった。
……「わたしが設定した」?
つまり菅原先生が設定したのだ。
業者と相談しながら、であっても。
この菅原先生はセキュリティーシステムの設定ができるひとなのだ。しかも、生徒の個人情報管理となれば、そうかんたんに任すものではないだろうから、その技術とか知識とかの高さを認めてもらっている先生だということだ。
そんな先生がいるんだ。景子が社会人になって最初に就職した学校というところには。
景子はすなおにそう思って感心した。
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