第12話 社会人デビュー!(1)

 菅原すがわら先生が出て行ったのと入れ替わるように志藤しとう先生という家庭科の先生が来た。

 若くて色白で目が大きくてお人形のようだ。白服にオレンジのジャンパースカートが似合っている。去年、大学を出てすぐに採用されたという話だ。

 それでも景子けいこより三歳上だ。気をつけよう。

 新任の先生や職員の席は決まっていないという。志藤先生に

「とりあえず、非常勤ひじょうきんの席に座ってたら? わたしも去年そうだったから」

と言われた。窓側の隅の席に案内してくれる。志藤先生と雑談をするにはちょっと遠くなった。

 それから何人も先生や事務の人たちが出勤してきた。

 みんながたくさんやって来たのは仕事開始時間の八時三〇分の五分ぐらい前だった。

 来るのは開始直前。

 専門学校の学生はそうだったけど、社会人というのもそうなのだろうか?

 学生と違って、遅刻は大目に見てはもらえないだろうけど。

 仕事時間が始まると、まず、新任の先生や事務職員が職員室の校長先生の机の前に呼び出されて、校長先生と二人の副校長先生と並んであいさつをした。

 校長先生は若いころにゴルファーだったという女のひとだった。小山おやま敬子たかこという。

 ゴルファーとしてどんな活躍をしていたか景子は知らない。

 ゴルフのルールも知らないのに、たまを飛ばすところが豪快でいいとか言ってゴルフ中継を見るのが好きなお母さんなら知っているだろうか。

 新人と並んでのあいさつで、その小山校長先生は

「いちど塀の向こう側に行ったことがあります」

と言っていた。

 ゴルファーとして絶好調だった若いころ、悪い人たちの甘いことばに乗せられて詐欺の片棒を担ぎ、有罪判決を受けたという。それでいちどすべてを失った。そこから勉強し直して教員の資格を取り、いまは校長先生になっている。そんな話だった。

 副校長は二人いて、一人は喜尾井きおい楓子ふうこという中学校の社会科の女の先生、もう一人は稲尾いなお松人まつとという高校の地理歴史の男の先生だった。

 校長先生が自分で

「わたしは、校長としての仕事が、外向きに校長の名まえが必要なときに話をするぐらいしかできませんから、副校長の先生たちに仕事を任せきっています」

と言っていた。さらに

「そのかわり給料少なめです」

と言って笑いをとっていたから、そういう事情はここの先生や事務の人たちはみんな知っていることなのだろう。

 新任は、教育系の職員、つまり先生たちが、国語が一人、技術科が一人、臨時採用の音楽の先生が一人だった。音楽の先生は三月の終わりに慌ただしく決まったばかりで準備ができていなくて、まだ来ていないという。

 もう一人の新任の事務職員は平井ひらいさくらさんという。表情も体型的にもはち切れそうな女のひとだった。平井桜さんはもちろん景子よりも歳上だけどまだ二十歳台で、二児の母だという。

 仕事の分担は、桜さんが先生方の教材の準備をする係、そして、景子が、菅原先生に言われたとおり「生徒指導補佐」だった。

 ただ、桜さんは、子どものことで保育園から呼び出されたりすると行かなければいけないから、そのときには景子が教材準備係に応援に行くことになるらしい。

 先生たちは、氏名のほかに、これまでの経歴や教える得意分野とかを言わされていたが、事務の二人は名まえを言うだけでよかった。差別されているようでもあるけど、そのほうが気はラクだ。

 それ以上、何かの儀式があるわけでもなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る