第11話 明珠女と瑞城女子

 菅原すがわら先生は続ける。

 「ま、明珠めいしゅのほうで伝わってるかも知れないから言っとくと、昔は、ここの生徒はガラが悪くてね。線路の向こうの明珠じょの生徒を目のかたきにしてた」

 その「線路の向こう」に、景子けいこの卒業した「東京明珠女子実業専門学校」の「本校」があるらしい。

 明珠女学館じょがっかんという。その中学校から大学・大学院までが同じ場所にある。

 写真は東京明珠実業専門学校の職員室前に飾ってあったので見たことがあるが、行ったことはない。

 行きたいと思ったこともない。

 経営していたのが同じところというだけで、「えんもゆかりもない学校」だと景子は思っていた。

 「それで」

と、一つまばたきをしてから、菅原先生が言う。

 「昔は、明珠女生を巻きにして蹴り転がした事件とか、大雨のなか財布を取り上げたうえに泥だらけの水たまりに突き転がした事件とか、陸橋の上から明珠女剣道部の竹刀しないき散らした事件とか、いろいろ起こしたけどね」

 「えっ?」

 ……という声も出ない。

 そんな話は「薄々」くらいなら伝わって来ていた。

 でも、実感は何もかなかった。

 しかも、この瑞城ずいじょう女子中学校・高校の仕事を回してくれたのもその学校――つまり明珠女学館が東京に持っていた「分校」だ。

 だから、瑞城と明珠で仲が悪いというのもうわさだと思っていたのだが。

 もしかして。

 景子けいこも、明珠の出身とわかると、何かいやがらせをされたりいじめを受けたりするのだろうか?

 生徒指導補佐がいじめられていてはしかたないけど。

 でも、自分は二十歳、三年生の生徒は十八だ。あんまり変わらない。しかも景子は小柄だ。

 体格が大きくて頑丈な三年生とかが何人かでつるんで来て

「あーん? 明珠女の卒業生だぁ? どのツラげてこの学校に来てんだオメェはよぉ! ちょっと焼き入れてやっからツラ貸しな」

とかやられたらどうしよう?

 菅原すがわら先生はやはりめんどうくさそうに続ける。

 「でも、それは過去のことだから。最近も、年に二‐三回は明珠女の生徒会から抗議来たりしてたけど、ま、今年の二年生以上はだいじょうぶでしょ。明珠女の子とも連絡あって仲いいみたいだから」

 それから、その色の美しいくちびるを閉じて、景子を見る。

 続ける。

 「問題があるとしたら、そういうことを平気でやってた四十年ぐらい前の卒業生たちだね」

 つまり、簀巻きとか、泥の水たまりとか、陸橋の上から竹刀を撒き散らしたとかだろう。

 それが四十年前ぐらいのできごととすると、その「子」たちはいま六十歳前……?

 「にまでなって、自分の母校にクレーム入れるのを楽しみにしてるような卒業生、少数だけど、いるから」

 うーん……。

 そういうのの相手もいやだ。

 菅原先生は表情を変えずに続けて説明する。

 「心配しなくていい。そういうのが来たらてきとうに圧力分散させて対応するから」

 言いかたが高校物理の先生らしい。

 「それじゃ」

 菅原先生は別にスマイルもせずに職員室を出て行く。

 「それじゃ」って?

 菅原先生は、もしかしてここの先生ではないのだろうか?

 ここまでこんなに話してくれて、それはないと思うけど。

 その気もちが表情に出たのか。

 戸を閉めようとするところで、菅原先生は景子を振り返って言った。

 「ああ、わたし、いつも物理化学準備室にいるから。ここの二階。別に物理化学理科関係でなくても何か困ったことがあったら来て」

 「はいっ!」

 景子はまた縮み上がるようにかしこまった。

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