第10話 プライドもたしなみも

 「それで」

と、菅原すがわら先生はくちびるを半開きにして景子けいこを見上げている。

 白い頬に、薄いピンク色のくちびる。

 きれいだ。

 「初めて出勤で、よく、ここが職員室だってわかったね?」

 「あ。いっしょに来た生徒に教えてもらいました」

 「あぁ?」

 さっき景子が想像した、生徒指導が必要な居直り生徒のようなイントネーションで菅原先生が言う。

 「まだ、生徒が学校入ってはいけない時間でしょ?」

 「あっ」

 やっぱりそうだったのだ。

 「やっぱり止めなきゃいけなかったですか?」

 だとしたら、悪いことをしてしまった。

 「いいや」

 菅原先生はあまりはっきりしない言いかたで言う。

 「ふだんは黙認。だから今日は黙認でいい」

 よかったらしい。

 「だけど、テストとかのときは注意して。いちおう学校内に試験問題あるから。入試のときもね」

 先生が来ていないうちに生徒が来て試験問題を見てしまうと困る、ということだろうか。

 「あ、あと、早く来て校庭で大声とか楽器とかそういうのをやるようなら注意して。苦情来るから」

 ご近所から「うるさい」とか言われるのだろう。

 そういえば、あの毛受めんじょ愛沙あいさはマーチングバンド部だと言っていた。マーチングバンド部があって、朝練もあるということは、「早く来て校庭で楽器」もあり得る。

 菅原先生が続ける。

 「ま、それ以外は、自由な学校だから。生徒も先生も職員も。何についてもあんまり気にしなくていい」

 いまは景子のほかは菅原先生しかいないらしい。

 親切にいろいろと教えてくれているところだし、自由な校風で「あんまり気にしなくていい」ということなので、どうせならばと、景子は、気になっていたことをきくことにした。

 「ここ、お嬢様学校だってきいてるんですけど、何か気をつけることはありますか?」

 「ない」

 とても明朗な答えが、そく、返ってきた。

 「たしかに授業料高いから親の年収の実質平均はほかよりちょい高めだと思うけど、生徒は普通の子たちだよ。ぜんぜんお嬢っぽくもないし、プライドもないし、たしなみもない」

 たしなみなんてものは景子にもないから別にいいんだけど。

 プライドはあったほうがいいのかも知れないけど、「お嬢っぽいプライド」はあったほうがいいのかどうか。

 「何人か、ここの地域ではおカネ持ちって家庭の子が来てるってだけ。それが親の平均年収の数字を押し上げてる」

 言って、菅原先生は景子を見て、まばたきをした。

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