第8話 「ずんぐりした何か」または物理の菅原先生
しかも、戸を開けて入ったところで、
だれか、というより「ずんぐりした何か」?
「んー?」
相手は遅い動きで顔を上げた。
それが先輩の先生であることにやっと気がつく。
今日、ここの仕事に就いたばかりだ。だからここにいるのはほとんどみんな先輩のはずだ。
「あっ、すみません」
景子は、一歩、とびのいて頭を下げた。
最敬礼までは行かないが、敬礼ぐらいには頭を下げたと思う。
「っていうか、おはよう」
その「ずんぐりした何か」の先輩は、とてもめんどうくさそうな声で言った。
着ているのは少しだけ黄緑がかった淡色のセーターだ。ジーンズを
「あ、おはようございます」
とてもかしこまった声で言った。景子本人はそのつもりだ。
身を起こしてスマイルする。
いや。
このスマイルはわざとらしかったかな?
相手は小太りの大人だった。もちろん景子よりも歳上だ。
でも、眉の線はきりっとしていて、ぽっちゃりした頬は色白で、若々しくて美人だ。
小太りでも体のラインは流れるようできれい。
つまり、おなかまわりも大きいのだろうけど、胸とお尻がそれより大きい。
脚もいいラインを見せている。
「えっと」
ことばの言いかたは、やっぱりとてもめんどうくさそう。
「今日から?」
「はい」
景子は元気さを装って答える。いや、装っているのか、ほんとうに元気なのか、自分でもわからない。
さっきと立場が逆転した。いまは景子がさっきまでの
「こんな早く来なくてもいいのに。ここの学校、職員の朝礼とか、そういうめんどうくさいものはないから」
最初からとても参考になることを言ってくれる。
つけ加える。
「いまもまだわたししか来てないんだし」
景子はまだ自分の名まえを言っていないことに気づいた。
「あの、
「うん」
とてもめんどうくさそうな返事はあい変わらずだ。
でも、ふしぎといやな感じはしない。
相手は、その白いぽっちゃりした頬を景子の前にさらして、景子の顔をのぞき込む。
「もしかして
「あ」
この質問は、とても困る。
「明珠といえばそうなんですけど、東京明珠女子実業専門学校っていうところで」
長ったらしい名まえ……。
「たしか、明珠女の東京分校みたいなところだったよね」
それ、いい表現だな。
「はい。専門学校で」
「うん」
相手のぽっちゃりした白い頬の女は無口に軽くうなずく。
くちびるも小さくて魅力的だ。
「あ、わたしは
「あ、よろしくお願いします」
そういえば、ここまで「よろしく」というあいさつをしていなかった。
「うん」
と、相手、いや、菅原先生はぞんざいに答える。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます