第3話

『ダムの花束』


 私は1人で車で何となくドライブするのが好きで、休日には街から何時間も走って、山の奥深くへと車で山道を分け入り走るのが好きだ。


 その日も、行き先もなく山の奥深く走っていた。道の上に看板が見えて、山山ダム2キロ先右折、と書いてあった。


 行くあてもないドライブだから、特に何も考えずにその先を走り、しばらく走ると右側にダムへの看板があり、右折してその先を真っ直ぐに進むと、右側にダムがひらけて見えた。


 左側は山で、前方はダムの施設建物があり、その手前の右側に一般車両の駐車場のPと大きく看板があった。


 その駐車場に、車を停めようと減速して進むと、駐車場手前の左側に倉庫があった。さらに数メートル進むと倉庫側の左側、駐車場入口の反対側の山に、花束が4つ供えられていた。


 大きい花束が2つ、小さい花束が2つ、白い花束が並べられてあった。


 駐車場へ入り車を停め、外へ降りてダムの豊かに溜められた静かな水面を見た。


 いつもは、山のマイナスイオンを味わうが、とてもそんな気にはなれなかった。


 早々に車に乗り帰ろうと発進すると、駐車場の正面にさっきの花束が見えた。駐車場を出て倉庫の前で少し違和感を覚えたが、その日はそのまま家に帰った。


 私は、大学の先輩達と卒業後も時々、少し遠出をして日帰りの1日旅へ行ったりしている。この日も食事をしながら、どこかへ行こうと話になり、隣の県にある日帰り温泉へ行くことになった。


 いつも冷静な中原さんと、少し悪のり好きの織田さん。2人と私は、それぞれ互いに恋愛感情は全くなく、共通の趣味のドライブであちこち行くのが好きで、バカ話しをいつもしていた。日帰り温泉へ行くのを楽しみにしていた。


 そのドライブの日、最初は卒業後の友人や先輩の誰々の近況など話しながら、お菓子を食べたりしてドライブを楽しんでいた。山の方向へ行くと、日帰り温泉へはあのダムへの道を通って行くことを知った。


 あのダムの花束の事を思いだし、先輩達に話した。中原さんは「それはちょっとね…」と言い、織田さんは「ちょっと寄って行ってみようか?」と言った。


 私は「到着が遅くなるからやめようよ」と言い、ダムへの道を右折せず直進してもらった。暗い気持ちで温泉へ行きたくなかっし、私は肝試しとかには絶対に行かない。そこにいる人はそこに存在しているのだから、軽はずみに近寄ることなどしない。


 日帰り温泉は、静かな山あいの中にある旅館で、大浴場と露天風呂があり、外の景色の山の緑を眺めながら湯に浸かり、昼食は川魚や山菜の天ぷらに冷たいビールが最高に美味しかった。


 織田さんは、その性格の割にはお酒があまり好きではない。全く飲まない訳ではないが、飲まなくても全然平気な人なのでいつも運転してもらっていた。


 夕食は、少し車で行った所に目の前で魚をさばいて料理をしてくれる店があると、旅館で聞いてそこへ行くことにした。


 いいお湯だったね、と3人で和み車に乗って日帰り温泉の旅館を後にした。


 中原さんがスマホで、次に行くお店を検索してくれて、メニューは何々がある、と教えてくれていた。(鮎の塩焼きがいいなぁ)とか考えながら、「うなぎもあるぞー」と聞いて、「えーまさかそれも目の前でさばくの?」と3人でそれはないよね、と話した。


 その店に着いて、3人でメニューを見ながら長考するのも楽しい。私と中原さんは、まずビールを注文する。


 「鮎の塩焼きと、猪の焼き肉と、うなぎの白焼き」これを3人前注文した。鮎は今日釣れたものだよ、と三匹見せてくれて、うなぎは手でつかみ、これね、とくねくね動いている姿を見せてくれたところで、3人は沈黙した。


 うなぎの頭に、アイスピックのような尖った刃物を刺して、包丁で切り開いていく。3人共、厨房の中へではなく、おかみさんの方をみて、猪の肉は珍しいですよね、など話していた。


 どの料理も美味しく、お酒もしこたま飲んで、中原さんが「そろそろ行こうか」と言って外へ出ると、夕暮れの薄暗い空だった。


 私は後部座席に乗り、少し酔いが回って「何々が美味しかったね」などと話して、私よりお酒が強い中原さんが「いいお湯だった、また来よう」と上機嫌に言った。


 帰り道、1人しらふの織田さんが、山の中にダムへの看板を見つけた。


「ダムまで2キロだって」


 私はこのまま真っ直ぐ帰ろう、と強く言い、助手席の中原さんも「行かなくていいよ」と言った。


 ダムへの曲がり角に来た時に、織田さんが「少しだけ」とダムへの道を行ってしまった。


 あっ!ダメだよどうしよう、と思って前方を見ていると、花束はもうなかった。


 駐車場に車を停めて、辺りのあまりにも暗さに、さすがの織田さんも、「さて帰るか」と言ったその時に、車が1台ダムへの道に入って来た。


 私達は車の中に静かにいた。その車は駐車場までは来ずに道に車を停めて、中から数人が降りてきて、わーわー騒ぎ始めた。


 中原さんが、「どうする、向こうはこちらに気づいていないし、このまま少しやり過ごすか。」と言った。


 私は酔いが覚める思いだった。怖いのは霊ではなくて人間だ、と思った。


 その人達は、騒ぎながら倉庫の扉を開けた。1人を倉庫の中に入れてドアを閉めて、中に入れられた人もゲラゲラ笑いながらドアを開けて出てきた。そうして何か叫びながらふざけている様子だった。


 そのうち飽きたのか、その人達は車に乗り込み来た道を戻り、国道に出て山のさらに奥の方向へ右折して行った。


 私達はエンジンをかけ、徐行して走り出し開かれたままの倉庫の前を通り中を見た。

 

 「おい、嘘だろ」「何でだよ」

織田さんが中原さんに向かって言った。私も見ていた。倉庫の中に、輪郭だけの男の人がいた。顔も体も全体がペンで書いたような輪郭で、その線は色があり橙色だった。表情は怒っていた。


 そのまま徐行しながらその倉庫を通り過ぎて、国道に出て街の方向へと左折した。


 織田さんは、ハンドルを固く握りしめながら「悪かった」と、ひとこと言った。皆押し黙り帰り道を走っていた。


 しばらく行くとトンネルに入った。途中、車が車線をはみ出して走り出し、中原さんと私が「右の車線を走っている!」とあわてて言い、織田さんは前を向いたまま「さっきから右腕を引っ張っているだろっ」と語気を強めて言った。


 私は助手席と運転席の間から両手を伸ばして「引っ張ってないよ」と言い、中原さんが「車線を戻せ」と言い左車線に戻った。


 そうするとまた車が、中央のラインの上を走り出し織田さんが「ダメだ、引っ張られている!」と叫んだ。中原さんが助手席からハンドルを握り「アクセルから足を離せ」と言って、車は停まった。


 「何なんだ!」「大丈夫か」「落ち着いて」


 車内のライトを付けて、車内も車の外も見る限り何事もなく、中原さんが「ゆっくり行こう」と言い、顔面蒼白の織田さんは言葉もなくうなずいた。


 トンネルを抜けて左側の路肩に車を停めて、織田さんがハンドルに顔をうずめた。「大丈夫か?少し休もうか」と話していた時、反対車線にトラックが前方から走って来た。


 トラックはそのままトンネルへ入って行き、その後すぐドオーンと車内にいても大きく響く音がした。中原さんが助手席をおりて、トンネルを見ながら「さっきのトラックが乗用車とぶつかっている!」と大声で言いトンネルの中へ走って言った。


 私と織田さんも外に出て、トンネル方向を見ていた。私は、トンネルの手前、左側の生い茂る草むらの中に、両手を合わせて合掌しているお地蔵様を見た。織田さんには言わなかった。


 中原さんが走って戻ってきて「トラックの運転手は大丈夫だ、乗用車は運転手の足が車のドアに挟まって取れない」と言った。私は「それでどうなるの?」と叫んだ。「今トラックの運転手が電話して救急車を呼んだ」と中原さんは青ざめた顔で「あの場所だ、さっきの中央ラインに停まった所だ」と言った。


 私達は言葉も出なかった。鳥肌が立つとはこの事だ。車の外に立ち尽くし、しばらくするとサイレンの音が聞こえてきた。その音は段々に近づいて来て、山の中でもサイレン音を出してくるのだと思った。


 救急車が到着して、トンネルの前に停まってサイレン音を消しライトだけが赤く強烈な光で点滅していた。救助隊員がトンネルの中へストレッチャーを押して入っていった。

 

 事故車両から男性が救出され、トンネルの前へとストレッチャーでガタガタと運ばれ救急車に乗せられるその時に、その人の服が見えた。


 あれ?さっきの倉庫に入ってゲラゲラ笑っていた人だ。私達3人ともそれが分かった。


 もう一台救急車が到着して、またトンネルからもう1人男性がストレッチャーに乗せられてトンネルを出てきた。間違いない、さっきダムで騒いでいた人だ。鳥肌がぶわっと出てきて、腕のぶつぶつした毛穴を見て「お前も鳥肌ってる」と中原さんが腕を見せた。人の鳥肌を見たのは初めてだった。


 数人が救急隊員に支えられ、皆青ざめた顔で救急車に乗って、1台、2台とUターンをして山を降りて行った。パトカーも着て、トラック運転手と警官が話をしていた。


 私達は直接はその事故を見ていないが、一応警察官に、自分達がトンネルを出て停車しているところに、トラックが来てトンネルに入りすぐにクラッシュ音がしたと、中原さんが話した。


 「あの場所、さっき自分達もおかしな現象が起きて停まった所です」そう中原さんが話すと警官が、「あなた達もですか、ダムには行ったの?」と聞いた。「はい」と答えると警官は深くため息をついた。


 「このトンネルは事故が続いてね、注意の看板を立てる予定でね」とトンネルを振り返り、警官はお地蔵様の方を見た。中原さんと織田さんも同じ方向を見て「うぅっ」と織田さんが体を後ずさりさせて車にもたれ掛かった。


 その警官は、トラック運転手と他の警官の方へ歩いて行き、私は「少しここで待ってて」とお地蔵さまのところへ行った。


 (お地蔵さま、騒がしてしまいごめんなさい)と合掌して祈り(安らかにお眠り下さい)と言おうとしたが、山奥の草が生い茂る、こんなに淋しいところで可哀想に思い、「私は街街市まで帰ります、ご家族は?お墓はありますか」とお地蔵さまを見詰めて心に思った。


 さっき話した警察官と他の警官が話しているのが聞こえた。「正面衝突か。」私は歩いて行き、その話に加わって「あの場所は何かあったのですか?」と尋ねた。


 さっきの警察官が、「以前、ダムの帰りの車がトンネル内で事故を起こして、その車がトンネルの壁に激突してスピンしたところへ、後続車がさらに追突して最初に事故を起こした車の運転手が亡くなってね…」と話してくれた。


 「我々もね仕事柄、時々怖い思いをするよ」と言い事故車両の方へとトンネル内を歩いて行った。「気をつけて帰ってね」と他の警官が言った。


 私は中原さんと織田さんのところへ戻り、「帰ろう」と車に乗り込んだ。帰り道、車内は静かだった。


 街の街灯の明かりが見えだして、ほっとするような気持ちになり、織田さんが「もうあの道は二度と通らない」と言い、中原さんも「いい温泉だったけど」といいながらカーナビ画面で迂回が出来ないかと探していた。家まで送ってもらい、「何かあったら連絡してね」と言い2人に手を振って見送った。


 その日の深夜、夢かうつつかダムの男性が現れた。真っ白なふわふわした雲の中にいるようで、輪郭だけではなくしっかりとした顔立ちで、満面の笑みを浮かべて嬉しそうだった。私は(家に帰ったんだね)と思って、その笑顔に安心して眠った。


 私の憶測だけど、あの男性はダムを出てすぐに事故をしてお亡くなりになってしまったので、ダムの倉庫にいたのはダムから車に乗りたくなくて、そこにいたのではないかと思う。


 そして、あのトンネルが怖かったのかもしれない。その場所なんだよと、分かってもらいたかったのかもしれない。冥慮に安らかでありますように。そして笑顔を伝えに来てくれてありがとう。


 四つの白いダムの花束は、その後何もなかった。


 霊現象は、とても怖いときがある。見たときに心で話しかけない方がいい時もある。これはまた別の話しだが、山で白装束の女性を見た時は本当に怖かった。帰り道に電車の高架下のトンネルに、知人が車をおもいっきりぶつけた。


 その時のクラッシュ音もドーンと大きく、近くに住んでいる人が家から出てきた。私は白装束の女性のことを尋ねると、「あーあれは…」と言った。


 山に住んでいる人達は、遠く離れていてもその山に誰が住んでいるか知っている。「誰誰さんのとこの」

と後から来た人に一言を言った。知り合いなんだなと思った。詳細は霊人権があるので控えます。車は大きくへこんだけど、私達にケガはなかった。


 霊が出ると言われる場所へは、遊び半分で絶対に行ってはいけない。その場所にいるのは人なのだから、そっとしておいてあげて、静かに立ち去るべきだ。


 今、これを書いていて、白い霊が右側に見えた。何かメッセージがあるのだろうか。ここに書くことで、何か答えてあげることが出来るだろうか。


 少し痩せていたようにも思う。お供え物は本当に食べていただくので(その霊(人)が食べるので)私は部屋の隅にお水と日持ちするお菓子とお香をお供えしている。


 怖い話を書くのは、ただ怖いからだけではない。霊(人)という、非現実的な身近な存在を、過去から今に、今から未来に、その過去から未来へと連続している今に、普段は考えないことでも何か気づきがあるのでは、と思う。


 人は幸せになるために生まれてくる。誰もが幸せに生きたいと思う。その考えにあれば、他人の命も大切に思うことができる。

 

 そして、亡くなってしまっても、その人の時間は続いている。目に見えないから終わりではない。側にいてくれたり、時に会いにきてくれたり、それは極楽浄土からなのか、天国からなのか、神佛の冥助と共に。

 

 今からお香を焚いて合掌して祈ります。


 





 


 


 

 



 


 


 







 

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『道の花束』 かおりさん @kaorisan

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