第2話

『もう来られないからね』 


 これは、以前住んでいた街での話。

私は車でドライブに行くのが好きで、自然の中へよく出掛ける。


 その日も山の大自然から街中に戻り、家に帰るいつもの道に、花束が供えられているのを見た。白い大きな花束だった。


 私はその白い花束を黙って見て通り過ぎた。その道は、郊外から家に帰る通り道なので、必ず通るあの角の信号の手前の左側ガードレール。


 花束はしばらくの間その場所で見かけた。数ヶ月が経ち、そこに花束が置かれることはなくなった。


何もない白いガードレール。信号待ちに視線を向ける。私は心の中で、もう花束はないんだね、とか、今日もこの場所を見たな、など思いながら、その道を通っていた。


 ある時、その街からの引っ越しが決まり、思い出にと週末はドライブへ出掛けていた。そして、来週の引っ越しを控えたドライブの帰り、いつもの道の角の信号手前のガードレール。


「もう来られないからね」


私は心の中で、念じるように言葉を手向けた。


 引っ越しの荷造りに疲れて眠る朝方、寝室の姿見の一面鏡の中に、知らないおじさんが胡座をかいて座っていた。


 柔和なまなざしで、私に「ありがとう」と言った。私はその時に初めて、あの花束はこの人だったんだ、と知った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る