第396話:猫。
冬休み初日。子爵邸では別館の新築作業が忙しなく行われていた。幼馴染組と託児所の子供たちと庭に出て作業を眺めていると、随分と慌てた様子で新築現場の監督者さんが私の下へ駆け込んで来た。
「ミナーヴァ子爵さま!」
「どうされました?」
どうしたのだろうと監督者さんと目線を合わす。クレイグは先ほどまでの鳴りを潜めさせ、静かに様子を見守っていた。
ジークとリンは護衛として私の後ろに控え、妙な事態にならないか目を光らせている。サフィールもサフィールで子供たちを連れてこの場を離れているし、連携が取れているとでも言えば良いのだろうか。エルとジョセは、蝶々と戯れているルカをこちらへ近づけないように上手く誘導していた。
「猫っ……猫が……喋ったんですっ!!」
一体どういうことでしょうかと言わんばかりの勢いの監督者さん。私も猫が喋るだなんて聞いたことはないし、一体どうしたのだろう。
「え?」
「何故猫が喋るのでしょうか! 一応、王家から子爵邸内は何が起こるか分からないが、悪い事象ではないので気にするなと伝えられておりましたが……」
王家も無茶を言う。私でさえ驚いているのに、子爵邸の内情をあまり知らない業者の方にそれを伝えても理解を得られないのでは。王家から選ばれた方々なので、身元も信頼できるし腕も確かなのだろう。ただ、起こった事象が突飛過ぎてキャパを超えてしまい作業を一時中断されたようだ。
そういえば子爵邸に居付いたお猫さまが子供を産んだと、少し前に家宰さまから報告を受けていたと思い出す。まさかそのお猫さまたちが、子爵邸の魔素の濃さの影響を受けて奇跡でも起こしたのだろうか。現場に行って確認かなと、監督者さんやジークとリンに顔を向けるとひとつ頷いてくれた。
「俺は仕事に戻るわ」
「僕たちはエルとジョセと一緒に遊んでいるから」
クレイグとサフィールが面倒事には巻き込まれたくないと言わんばかりに、そそくさと持ち場へ戻って行った。
関わっても仕方ないし、後から私に話を聞けば良いだろうくらいに考えているのだろう。ちくせう、と逃げた二人の背を見送りつつ、喋ったお猫さまが居る場所へと監督者さんと一緒に移動。
『ナイの周りは、騒ぎが絶えないね』
「私が望んでいる訳じゃないよ、クロ」
クロの言葉に反論しておく。なんだか同意するとこれから先も騒ぎが絶えない気がするから。そもそも向こうから勝手に騒ぎがやってきて、私が巻き込まれるのが正解である。
まあ、私が巻き込まれて周囲の人たちも一緒に巻き込まれるのだから、申し訳なさを多少は感じなくもない。陛下や王国上層部に公爵さまたちはお仕事だから良いとして、ジークとリンにソフィーアさまとセレスティアさまには悪いなあと常々思っている。ただ騒ぎに一度巻き込まれると、終わるまで解放されないんだよねえ。
『ボクは楽しいから問題ないよ』
「クロは強いなあ」
楽しんでいられる辺り、強い。実際に強いのだろうけど、言い方に語弊があるけれどクロって基本的に何もしないし。
「子爵さま、こちらです!」
作業を行っている方たちは、手を止めて休憩を取っていた。喋るお猫さまに興味がある人たちは、監督者さんが指差した方を覗き込んでいる。
『なんだ、人間。子育ての邪魔をするな。向こうへ行け』
監督者さんが茂みを掻き分けると、黒いお猫さまが金色の眼を光らせて私たちを見上げる。別館を移築する為に茂みを刈り取って作業をしたいけれど、お猫さまがこの態度の為困り果てて私を呼んだそうだ。
「お邪魔をして申し訳ありません。少しお話したい事がありまして、馳せ参じました。この屋敷の当主でございます、ナイ・ミナーヴァです」
『む、この土地の主か。……主は魔力が多いな。――竜のお方まで引き連れておるのか! 主は本当に人間か?』
お猫さまの瞳孔が、驚きによって細くなった。クロに驚くのは分かる。だって竜だし、ご意見番さまの生まれ変わりだし。私は単純に魔力量が多いだけの人間だ。私に懐いてくれている彼らはソレに惹かれたに過ぎないし。
「えっと、魔力が多いだけの人間ですよ」
失礼な、れっきとした人間だ。ただ最近、古代人の先祖返りとか、女神さまがどうのこうのと言われているけれど。
『こんにちは。猫が喋るって聞いて驚いたけれど、猫又なんだね』
クロの言葉に反応して、お猫さまがゆらゆらと尻尾を立てて揺らしてた。猫又と言われた通りに、尻尾が二本あった。え、化け猫の類じゃないのと驚きつつ、一頭と一匹の会話に耳を傾ける。
『ええ。この地の魔素量が高い事に目を付けて出産したのですが、時を経るにつれて力が湧いてきまして』
何故かクロ相手だとお猫さまは丁寧な言葉遣いになっている。お猫さまの子供たちはみーみー鳴きながら、おっぱいを強請っていた。産まれたばかり、という感じはしないけれどまだ小さく親離れも出来ていない大きさだ。お猫さまのお相手はクロに任せても問題ないだろうと、子猫を眺める。うん、可愛い。
『で、尻尾が生えちゃった、と』
『有難いことに。猫としての格が一段上がりました』
お猫さまにも格とかあるんだ。ただの野良猫だと思っていたのに、いつの間にか尻尾が二本になって、喋るようになっていた。
『えっと。この場所にお屋敷が建つんだ。申し訳ないけれど、君たちがずっとここには居られない』
私の肩の上でクロが小さく頭を下げている。その姿にお猫さまは目を細めて、口を開いた。
『そうでしょうねえ。今日は騒がしいと様子を伺えば、人間が沢山居ましたから。何かしらあるとふんでいました』
今日の工事で何かあると薄々お猫さまは感じていたらしい。うーん、どうしたものかと頭を働かせる。お屋敷の中へお猫さまたちを迎え入れても良いけれど、愛猫という訳でもないしなあ。
お貴族さまが好んで飼う猫は、毛が長くて割と体格も大きい子が流行りらしい。特進科のクラスメイトの女子がご両親に強請って猫を飼い始めたと、嬉しそうに友人の子に語っていたのを耳に挟んだから間違いない情報だろう。
『しかし、この場を移動するとなると少々困ってしまいます』
『何が困るの?』
こてんと首を傾げるクロ。毎度思うのだけれど、よく首が取れないなあ。
『子供たちのご飯を下さる人間が居まして。野生で暮らしている猫とは違い、私たちは街中でずっと生活してきました』
今更、野に放たれても困るし、ご飯をくれる人間の側から離れるのも難しい。自分は良いけれど、子猫たちが生き延びる可能性が低くなってしまうのは母親として心苦しいそうだ。
『ナイ~、どうするの?』
クロが私の顔を見るのだけれど、どうにかしてあげてという雰囲気をありありと出していた。子爵邸内での事なのでお猫さまたちの世話をしていたのは、邸で働く方の誰かだろう。咎める気はないので問題はないのだけれど、さてどうしたものか。
「ちょっとエルとジョセの所に行こうか」
『うん』
まずは相談だよねえと、エルとジョセの下へ向かうのだった。
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