第395話:冬休み初日。

 帝国の使者の方が戻り、割と酷いことになっていた小麦畑の修復を試みたのが数日前。で、今日から冬休みに入った。学院の冬休みは割と長く一ケ月という期間を取っている。

 今回こそは夏の長期休暇で潰れた分を取り戻す為に何の予定も入れていない。帝国の使者がアルバトロスにやってきたことを、大聖女さまへの手紙に認めれば、あとは学院から出された課題を終えれば自由。

 ソフィーアさまとセレスティアさまは領地に戻って、少しの間過ごすようだし私も子爵邸で気ままに過ごす……つもりだった。


 ――冬休み、初日。


 とある様子を伺おうとジークとリン、仕事の合間にクレイグと子供たちを連れてサフィール、そして私は邸の庭へと足を運んでいた。

 元気な声が響いたり、怒号が響いたりと忙しそうな雰囲気をありありと感じられる。子供たちは興味深そうに目の前に広がる光景を何事だろうと眺めてた。保護した奴隷の姉弟――彼らは母国へ戻ることを希望しなかった――も、不思議そうな顔を浮かべて見ている。


 『聖女さま、こちらの館はどうされたのですか?』


 興味があるのか、子爵邸の庭で作業を眺めていたエルとジョセが私の下にやって来た。ルカは二頭の後ろを付いて来ていた。今日は妖精さんたちを玩具にして遊ばないようだ。


 「うん。名前の売れた聖女さまが居てね、身の安全を確保する為に身分の高い貴族の方が後ろ盾になったけれど、それだけじゃ危ないからって――」


 何故か子爵邸に小さめ別館を建ててそこで過ごすように計画が立てられていたのだ。聖女さま預かり費用はもちろん教会と王国が持つ。どうも子爵邸に施している結界の評価が彼らの中で高いらしく、一番いい場所だろうと。

 魔力が高い人たちが多いから、不思議現象にも直ぐに慣れるだろうというのが彼らの見解で。それにこの話を持って行ったアリアさまが大層喜んで受け入れてしまったので、とんとん拍子で進み最終判断者である私に話が届いた時は、ほぼ決定しているようなものだった。

 

 『なるほど。確かにこの場所ですと安全でしょう。それに魔素量も高いので、お城の魔力補填から戻った際は回復も早くなるかと』


 『王国の方々や教会の方々は良い案を考えられましたね』

 

 作業員の方たちが作業を執り行っている最中で、仕事の合間に興味のある人はこうして様子を伺っている訳である。

 

 『賑やかになるね、ナイ』


 「クロ。そうだねえ、賑やかになるかも」


 クロがなんだか楽しそうに私の肩の上で、建築作業を見ながら声を掛けられた。普通のお貴族さまの屋敷の様相ではなくなっているなあと、微妙な顔になりそうだけれど賑やかな方が楽しいし特に問題はないのだから。

 教会宿舎で生活している名前の売れている聖女さま方が、こっちに引っ越すだけと考えればそう難しく捉えなくて済む。

 

 「ちっとばかし手狭になってきたな」


 クレイグが思ったことを素直に口にした。何気ない台詞だけれど、他の子爵位の皆さまの敷地と比べると、我がミナーヴァ子爵邸はごちゃごちゃとしている。

 軍や騎士の方と託児所が併設されている小屋に、ここに来て別館が移築されている。本邸の裏には家庭菜園があるし、確かに貴族のお屋敷とは言い難くなってきているのだろう。王都の教会や商業地区に居住区画が手狭な所為か、どうしても広く感じてしまう所がある。


 「あー……ルカの遊び場所が狭くなっちゃったよね」


 エルとジョセの近くで季節外れの蝶々と戯れていたルカの側にしゃがみ込むと、私に気付いて顔を寄せてきたルカ。


 「ごめんね、ルカ」


 黒い天馬さまだけれど、エルとジョセが子育てしている為か随分と優しい子に育っているようで。子供らしく畑の妖精さんたちには容赦がないけれど、私たちに迷惑を掛けることもなく子爵邸の庭で遊んでいるのだから。

 もっとやんちゃをしても良いのだけれど、エルとジョセが駄目と止めている。ルカの鬣を梳いていると、エルとジョセも私の側に寄ってきた。


 『お気になさらないで下さい。この場所を選んだのは我々ですし、聖女さまが気になさることではありません』


 『ええ。ルカの成長は随分と早いですし、魔力も多く強い仔に育ってくれていますから』


 とはいえお馬さんが元である。広い草原をギャロップしているのが本来の姿だから、王都のお貴族さまのお屋敷の庭なんて狭いことこの上ない。

 どうにかならないかなあと考えるけれど、どうにもならない。遊ぶなら王城の庭が広いけれど、流石にそんなことをお願いできないし。辺境伯家のタウンハウスや公爵家も候補に挙がるけれど迷惑だろう。約一名、大喜びして決行しそうな方がいらっしゃるので口が裂けても言えない。


 『気にしていないよって、ルカが言ってる』


 「あれ、ルカってもう人の言葉が分かるの?」


 肩に乗っているクロがルカの気持ちを代弁してくれたようだ。もう言葉を理解しているとは驚きである。


 『ええ。どうやらそのようです。私が子供たちの相手を務めている時やみなさんの会話を聞いていましたから』


 『まだ喋ることは出来ませんが、聖女さまや皆さまがルカに語り掛けて下さいますので、人の言葉の理解は早かったですねえ』


 ふふふ、と嬉しそうなエルとジョセ。子供の健やかな成長は親の願いだろうから、気持ちは分かる。私だってルカが大きく育っていくのをリアルタイムで見ているから嬉しいし。

 

 「そっか。ルカとも早くお喋りしたいけれど、急いでも仕方ないし気長に待たないとね」


 なんとなく手持無沙汰でルカの鬣を三つ編みにしてみる。暇な土日の昼日中に競馬中継を見ていると、馬体を光らせた子たちが厩務員さんの手に寄って鬣を編まれた姿を見たことがある。髪留め用のゴムを持って来ていればよかったなあと、ちょっと後悔。


 「お前さあ……」


 「クレイグどうしたの?」


 ジークとリンは基本見守ってくれているから、こういう時に言葉を発するのはクレイグが一番多い。サフィールは託児所の子供たちの面倒を見ているし、必然的に私と喋るのはクレイグとなる。ジークとリンと私だけなら、ジークがよく相手を務めてくれるけれど、やり取りは必要最低限だ。


 「お前がそう言うと何でか実現することが多くないか?」


 呆れ顔で私に問いかけるクレイグ。失敬な、私は口に出したことを実現するなんて超能力を持ち合わせていない。むしろ努力でどうにかしてきた口だと思ってる。…………多分。


 「そうかな。私、急いでも仕方ないって言ったよ?」


 「その前だよ、そーのーまーえ!」


 片手を腰に当てて、反対側の手を私に向けて指さしたクレイグ。他の人ならムカつくけれど、気心知れた仲だから問題ナシ。


 「……早くお喋りしたいって言ったね」


 確かに言った。言ったけれど、すぐにそうなるとは限らないし。エルもジョセも何も言わないから、きっとまだ遠い先である。


 「ああ。あと二、三日したら喋りはじめたりするんじゃねーか?」


 「まさか。ルカはまだ小さいんだしあり得ないよ」


 大きなため息を吐くクレイグに、くつくつと私の後ろで笑っているリン。ジークはノーコメントだと言いたげな顔をしていた。クロはクロで何故か私の顔に顔をすりすりしてるし、ルカはまた蝶々と戯れている。あり得ないよクレイグと言って、しゃがみ込んでいた体勢から立ち上がった。


 「ミナーヴァ子爵さま!」


 いつもならば『聖女さま』と呼ばれるのが常だけれど、子爵家当主として名乗ったので子爵呼びのようだ。


 「どうされました?」


 確か、朝に挨拶を交わした工事業者の監督者さんだ。慌てた様子でこちらへ走って来て私と対面した。事故でもあったかなと、監督者さんと目線を確り合わすのだった。相変わらず、私がちっこいけれど。

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