第376話:竜とお嬢さま。

 ――緊張していたのかな。


 ご意見番さまの知識があって確りと喋っているとはいえど、卵から孵って数ヶ月しか経っていない。いつ喋りはじめるかのタイミングも見計らっていたようで、クロも気が気じゃなかったのかも。授業合間の休み時間、籠の中ですやすやと眠っているクロの背を撫でる。


 「お可愛らしい……」


 クロの背を撫でていると、セレスティアさまがいつの間にか私の横に立っていた。気配を消して移動したようで全く気が付かなかった。


 「クロはみんなと沢山お喋りをしたいようなので、気軽に話しかけて頂けると嬉しいです」


 少し声の音量を絞って、私の隣に立つ彼女と話を始める。クロは社交的だと思う。喋れるようになって幼馴染組や使用人の皆さまに、ソフィーアさまセレスティアさまたちと打ち解けようと自分から頑張って語り掛けていたのだから。

 でもクロに対してみんな気を使うのだろうなあ。竜だし亜人連合国の基礎を築いたご意見番さまの生まれ変わりである。事情を知っている人なら、慮るのが普通だ。


 「よろしいので?」

 

 セレスティアさまが鉄扇を広げ口元に当てながら目を細めて私を見下ろしている。身長差があるのでこればかりは仕方ない。


 「何がですか?」


 私はセレスティアさまを見上げる。どういう意味だろうか。


 「ナイには独占欲、のようなものはありませんの? わたくしであれば、心の中は嫉妬の嵐となりそうです」


 「クロの相手を務めるのがみなさんだと分かっていますから。見ず知らずの方がクロと仲が良さそうに話しているのであれば、寂しさは感じるかもしれません」


 これに尽きる。クロの相手を務めるのが、私が良く知っているみんなだと理解しているから安心して任せられる。

 クロに手を出さないのも分かっているし。紳士的な態度で接してくれるだろうし。妙な態度を取れば、亜人連合国のみなさまが黙っていないのも熟知しているだろうから。


 「貴女はやはり欲がありませんわ。もう少し我儘を言っても誰も怒りはしないでしょうに」


 我儘ではないような。強いて言えば、クロとみんなが一緒になって喋って欲しいと願っているから、我儘は言っているんだよね。お貴族さまの社会で生きるとなると、みんなで大口を開けて笑いながら馬鹿をやるって難しい。

 だからという訳ではないけれど、爵位や立場とかを別にして、気楽に誰かと喋ることが出来る場所があっても良いのではと考えてしまう。クロは竜でそういうものに拘らないし、相手とは対等でいたいという気持ちが強いようだから。


 バチンと鉄扇を閉じて、真剣な目で私を見るセレスティアさま。


 「人並に持っていますよ」


 そんなに難しく捉えなくても良いし、もちろん人間なのだから独占欲もちゃんと持っている。食べるご飯は必ず確保するし、美味しい物なら尚更で。お金は大事だし、仲間も大切。それらは何よりも優先すべきことなのだから、独占欲と例えてしまっても構わない。

 彼ら彼女らに何かがあるならば私は怒るし我儘を言うし、無茶をしてでもどうにかしたいと考える。今まで出会った人たちも大切なのだから、同じように立ち回るのだろう。


 「………………」


 ジト目で見られて、盛大な溜め息を吐かれた。いや、お貴族さまのご令嬢としてどうなのだろうか。呆れられている感がひしひしと伝わるけれど、セレスティアさまだって大概である。

 クロや天馬さまのエルやジョセにルカを見て、悦に入って顔を蕩けさせているし、最近は絵師を呼んで下さいましとよく叫んでいるのだから。ただコレを口にしてしまうと確実に怒られるので、心の中だけで止めておく。


 『……ん。――あれ、どうしたの?』


 籠の中で寝ていたクロが目を覚ました。頭だけを起こしてセレスティアさまと私を見上げている。


 「ごめん、五月蠅かったかな」


 片眉を上げつつクロに謝る。

 

 『ううん、単純に目が覚めただけだから平気だよ』


 特進科の教室に居た人たちがぎょっとした顔を浮かべて、こちらに視線を集中していた。そういえばクロが教室内で言葉を発するのはこれが初めてか。

 状況に気付いたソフィーアさまが席から立ち上がって、事情を知らないクラスメイトに説明を始める。面倒事を任せてしまったので、あとでちゃんとお礼を言わなければ。こういう気配りは有難い。

 

 クロがゆっくりと身体を起こしてこちらへ飛んで肩の上に乗る。目が覚めたのか授業を一緒に受けるつもりらしい。偶にこういうことがあるのだけれど、私の後ろの席に座るセレスティアさまにとって至高の時間らしい。

 視界に竜の背中を捉えて観察をしているそうだ。私の肩の上で尻尾を左右に揺らしたり、縦にぱしんぱしんと空を斬る。授業の内容を聞いているのか時折首を傾げてみたり、身体を揺らして何かを考えているようだと興奮気味に語っていたことがある。


 『セレスティア、ボク邪魔じゃない?』


 後ろの席だと見えなくなる可能性もあるから、クロは気を使ったのだろう。


 「問題は全くありませんわ。ナイの肩の上でお過ごし下さいませ」


 クロが起きている時は私の肩の上がほぼ定位置である。セレスティアさまは授業を聞いているフリをしつつ、クロの観察に勤しむのだろう。休憩終わりのチャイムが教室に鳴り響いて、席へと各々戻るのだった。

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