第354話:続報。

 ――とうもろこしさん。甘いとうもろこしさん。


 甘いとうもろこしさんが食べたい。溢れ出る食欲のお陰で大陸全土の冒険者ギルドに『甘い食用とうもろこしを探しています』という募集も掛けた。私の名前で出すつもりが、周囲からの大反対を食らった。騒ぎになるし、とんでもない量が集まりそうだからそれだけは止めろと。

 代替え案でソフィーアさまかセレスティアさまの名前を借りて募集を掛けようとしたが、お貴族さま周りには彼女たちが私の侍女を務めていることはバレている。ということは他国にも知れ渡っていてもおかしくはない。ならば、どうするか。


 そこで上がった名前は、ジークだった。


 彼の二つ名と顔は騎士と軍の人たちには知れ渡っているが、国外となると公爵家と辺境伯家のお嬢さまと比べると低い。

 適任ではと白羽の矢が立ち、そうなるとジークは頷くしかない訳で。ただジークの名前を借りるということは、ラウ男爵さまの名前も借りるということになる。こんなことで大陸全土にラウ男爵家の名前を轟かせる訳にもいかないし、申し訳なさもあるので念の為に男爵さまの許可を取りに行った。


 『かまいませんよ。アルバトロスでは食用のトウモロコシは貴族が贅沢品として嗜むだけ』


 食用のとうもろこしが存在していることに安堵しつつ、私が国から賜った男爵領は家畜用のとうもろこし生産で国内では有名だったらしい。食用のとうもろこしはアルバトロスでは珍しい故に贅沢品なのだとか。

 贅沢品ということはお貴族さまが道楽で食べるくらい。ラウ男爵さまも何度か食したことがあり美味しいと知っていた。王国で広まるならば喜ばしいことだし、いずれは平民の皆さまたちも食せるようになるなら喜ばしいことだと笑いながら許可をくれて名前を借りることができた。


 で、今日は冒険者ギルドに募集を掛けた途中経過の報告日。

 

 私の部屋で我が家の家宰さまであるギュンターさまに、ソフィーアさまとセレスティアさま、護衛のジークとリンが勢揃いしていた。

 報告会なのでとうもろこしさんの件以外ももちろんある。有象無象――知らない人ばかりなのでこう表現させて頂く――のお貴族さまたちからの、お茶会や夜会の誘いに、王国内での出来事に亜人連合国のドワーフさんたちに頼んだ依頼の進捗状況とか。


 「毎度のことだが、諦めないのは凄いな」

 

 「ええ、本当に」


 「仕方ありません、それが貴族というものですから」


 順にソフィーアさま、セレスティアさま、家宰のギュンターさまである。子爵邸に届いた手紙の数の多さに呆れているし、懲りない方は何度も送っている。私も手紙の多さに苦笑を浮かべつつ、お三方の話に耳を傾ける。


 どこそこのお貴族さまが私に嫉妬してるから気を付けろとか。本当にいろいろとある。


 「あまりご当主さまの耳に入れたくはないですし、関係ありませんが……」


 ギュンターさまが前置きして言葉にしたのは、奴隷の売り買いが秘密裏に行われているようで、見つけたら国へ報告して欲しいとお願いがあったことだろうか。

 アルバトロスは奴隷や人の売買は禁止されている。大陸では合法の国もあるのが、国内に限れば禁止だ。バレると割と重い処罰が下されるのだけれど、お貴族さまは珍しい人種や容姿が優れている者を欲しがるし、物珍しさから亜人を欲しがる人も居る。


 目的は多くを語らなくとも良いだろう。労働力を求めて買い付ける人も居るが、下種な理由で買う人も居る。


 亜人連合国と国交を開いたので、亜人を買ったもしくは以前から所有しているお貴族さまは気が気じゃないだろう。

 元々が違法な上に、亜人連合国の方たちの目もある。もっとも今回の件は別大陸から肌色の違う人たちの売り買いが問題視されているようなので、妙な言い回しとなるが、アルバトロスと亜人連合国との関係に亀裂が入るような事にはならないはず。

 

 「嫌な話ですな」


 「全くです」


 「ええ、本当に」

 

 ギュンターさまの言葉にご令嬢お二人が賛同する。アルバトロスでは違法だけれど、どうにも立ち行かなければそうなる可能性だってあった。

 死ぬか生きるかの選択で何かを選ばなきゃならないとなれば、そちらへ落ちる道もあったのだ。確かに嫌な話だと、ギュンターさまの言葉に頷いて話を終わらせると、最後にとうもろこしの番となった。滅多に喋らないジークが珍しく一歩前に出て、数枚の紙を机の上に置いた。


 「ナイ、とうもろこしの件だ」


 ちゃんと集まっていると良いけれど。募集内容は単純に食用のとうもろこしの種を求めているというもの。味や見た目がどういうものになるのかも添えて欲しいと、募集内容に付け加えておいたのである程度の情報は得られるだろう。


 「竜使いの聖女がとうもろこしを求めているだなんて、誰も考え付かないだろうな」


 ソフィーアさまが苦笑を浮かべて、机の上に置かれた紙に視線を落とす。美味しい物は正義だし、人間の三大欲求のうち二つを満たせているなら幸せだし。

 

 「本当に。ですが、まあナイらしいかと」

 

 「そうだがな。――ただ忙しすぎやしないか?」


 「大丈夫です。以前よりも余裕が出来ていますしね」


 教会上層部によるお金の使い込みが発覚して、聖王国へと足を向けた頃より落ち着いている。やりたいことをやって忙しいならば、それは良い忙しさだ。疲れるけれど、良く寝られるし問題ない。

 バターコーンを食べたいという欲求もあるし、ポテトサラダを食べたいという願いもある。マヨネーズは料理長さまが難儀しているようだけれど、もうすぐ形になりそうと教えてくれた。

 

 食に関して異様な執着心を見せているけれど、食事事情があまりよろしくはないので改善したい所もあるしなあ。

 お金を出して料理人さんや研究家の人を雇って、食文化を充実させるのも手かも。自分の知識じゃあ限界があるけれど、娯楽が沢山溢れていた世界に生きていたのでアイディアならば沢山出せる。その道のプロに任せていれば、ある程度のものは出来上がるという寸法で。本当なら自分で全部やるべきだけれど、無理なのでやらない。


 「いくつかの種が集まっているそうだ。時期がくればアルバトロスのギルドを通して転移魔術で送ってくれる」


 送料はもちろん着払いという名の私が払うことになっている。でもラウ男爵さまが仰ったように、贅沢品ではなく庶民の味にしたいので、頑張って男爵領で量産できる体制を整えないと。あとは届いた種がどんなものなのか精査して、気になるものから畑の妖精さんに預けて育てて頂く予定である。


 「そっか。甘いとうもろこしさんがあると良いけれど……」

 

 「ナイはそればかり口にしているな」

 

 「そんなに良いものでしょうか?」


 良い物なのです。甘い品種を見つけて育てて、塩茹でにしたヤツをお二人に食して頂こう。お醤油があればやきとうもろこしにするけれど、お醤油はこの世界に存在しない。

 残念極まりないけれど諦めるか、代用品で魚醤かと考えているけれど、しょっぱいし臭いが気になる。考え始めるとキリがないから、まずは塩茹でしたとうもろこしさんとバターコーンが目標だなと、心の中で強く決意する。


 私が魔力を注ぎ込んだら大変なことになるので、早く食べたい気持ちを抑えるのだった。

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