第353話:早く喋って。

 アクロアイトさまの様子が変だと、亜人連合国の方たちへ相談したのが昨日。

 

 無駄鳴きをしなかったアクロアイトさまが、ここ最近しょっちゅう鳴くようになった。原因はスライムのロゼさんだと分かっているし、ロゼさんが喋ったことによって私と会話を交わせないアクロアイトさまが怒った……というよりも拗ねた結果だろうけれど。


 ただ、あまりにも鳴くため喉を痛めないのか心配になったので、代表さま方に相談したのだ。


 聞いた話によると、鳴きすぎて喉を痛めることはないとのこと。魔力量が多い為に自然治癒力も高いから、痛めた端から治るというとんでもないものだった。仮にどこか怪我を負ったとしても、直ぐに治るらしい。ご意見番さまよりも優れている可能性を秘めているので、将来がとても楽しみだと代表さまが言っていた。

 そんな方を私が預かっていて良いのだろうかと悩むが、アクロアイトさまが私に懐いているし、こちらでの生活を楽しんでいるようだから構わないと。竜の方々に育てて貰った方が良い気がするけれど、本当に大丈夫なのだろうか。


 学院から戻って課題を捌きながら、私室のベッドの上で鳴いているアクロアイトさまへ顔を向けると私に気が付いてこちらへ飛んできた。ロゼさんは子爵邸の図書室に入り浸っている。学院に赴いている時は私の影の中だ。


 「本当に向こうで生活しなくて良いの?」


 言葉が通じているかどうかは分からないが、なんとなく把握していそうな気がする。こうして声を掛けるとちゃんと鳴いて返事をくれるのだから。ほら、不思議そうな顔をしつつ何度か鳴いた。恐らく否定の言葉である。私の肩の上から膝上に移動して貰って、アクロアイトさまと視線を合わせる。


 「念話を教えてもらえば、直ぐに喋れそうだけれど……」


 本当に。竜の方々は念話のようなもので私たちと言葉を交わしている。喉の形態が人間とは違うだろうから、念話を使っているのだろうと考えていたけれど。

 そういえば代表さまは念話の『ね』の字も口にしなかった。今の状況を面白がっているとは思えないし、アクロアイトさまや私が自力で解決できるようにと黙っていたのだろうか。


 『!』


 何かを感じ取ったのか、口を少し開いて固まっているアクロアイトさま。そんな顔は初めて見たが、もしかして念話の概念に気が付いていなかったのだろうか。天馬さまのエルとジョセも念話で話すし、お婆さまも念話で話している。竜の方々でなくとも師事できる方はいらっしゃる。

 思い立ったが吉日。お婆さまは気紛れな妖精さんなので、今どこに居るかなんて分からない。心の中で強く『魔力上げるから出てきて下さいっ!』と唱えれば、現れてくれそうな気もするが後が怖いのでやらないでおこう。


 「エルとジョセとルカの所に行ってみようか」


 何かコツのようなものを教えてくれるかもと、膝上に乗っているアクロアイトさまを抱えて椅子から立ち上がって部屋を出る。家族水入らずの時間を過ごしている所を申し訳ないが、アクロアイトさまの事なので大事なこと。

 私室を出ると、ジークとリンが部屋から顔を覗かせた。なんで分かるのだろうと苦笑しつつ、エルとジョセの所へ行くと伝えると二人も付いて来るそうだ。腕の中に居たアクロアイトさまが私の肩へと移動して、何度か身体を左右に揺らして顔を擦り付けてきた。


 「ご機嫌だね?」


 アクロアイトさまを見たリンが問いかけた。


 「みたいだね」


 「そんなに喋りたいのか」


 私の言葉の後にジークがアクロアイトさまを見ながらそう言うと、ジークの頭の上にアクロアイトさまが乗って長めの一鳴きをしつつ翼を大きく広げた。

 アクロアイトさまが喋りたいということはジークとリンも知っているからこその言葉だけれど、アクロアイトさまには気に入らなかったのだろうか。くつくつと笑いながら三人と一匹で階段を降り、一階の廊下を歩く。


 「ご当主さま、どちらへ?」


 若手の侍女の方に声を掛けられた。確か彼女は騎士爵家のご令嬢さまだったはず。お屋敷で雇っている人の履歴書を以前見せられていたので、なんとなくだけれど覚えていた。雇った当時は一代限りの子爵家だというのに、面接を受けてくれた奇特な方。いつも着替えの補助や食事の配膳等でお世話になっている。


 「エルとジョセの所へ行ってきます」


 天馬さまと言わずともエルとジョセでお屋敷で働いている方々に通じるのは、エルとジョセの頑張りだなとしみじみ感じつつ。


 「もう少しでお夕食の時間ですよ?」


 私がご飯の時間を楽しみにしていることは屋敷の皆さまにバレバレであった。料理長さまが言うには、美味しそうに食べるし、残すことがないので嬉しいとのこと。

 侍女さんたちはテーブルマナーはまだまだ鍛えなければならないが、美味しそうに食べているのは好ましいって。ただちっこいのでもっと食べても良いのではと料理長と画策しているらしい。普通に大人の方々が食べる量を摂取しているし、何も問題はないはずだけれど。

 

 お城の魔力補填を行った日は、いつも出して頂いている量では足りないので二割増しにして頂いているというのに。まだ食べさせる気満々らしい。いや、残さず食べるけれど。


 「直ぐに部屋へ戻りますので」


 「承知致しました。――いつもの時間でよろしいですね?」


 「はい。よろしくお願いします」


 当主なのでご飯の時間は自由に調整できる。ただ、準備している人たちや待機している人も居るので、時間はなるべく同じ方が迷惑が掛からない。長居はしないように気を付けなければと心にとめて、裏から厩の方へと足を向ける。

 小屋の外にエルとジョセにルカが居た。ルカは無邪気に庭を随分と確りとした足取りで駆け、エルとジョセは静かに見守っている。


 「エル、ジョセ」


 ルカはまだ言葉が分からないし、少し離れた場所に居た。エルとジョセが私の声に振り返って、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。

 

 「ルカは元気だね」


 本当に。無邪気に走ったりギャロップしたりと一人遊びを楽しんでいた。もう直ぐ空を飛ぶ練習も始めるそうだ。自然界で生きている為か、こういうことは凄く早い気がする。


 『ええ、とても』


 『はい。順調に日々を送っております』


 「ジョセは大丈夫?」


 子供は無事に産まれても、産後の肥立ちが悪くて亡くなった……なんて話はよく聞く。強い個体が産まれたと喜んでいたけれど、ジョセの体力や魔力を吸われた可能性だってある。言い方は悪いけれど。心配になってジョセに問いかけると私の方へ顔を寄せた。


 『大丈夫です。こちらで頂いていた食事は良質なものでしたから』


 「そっか」


 まだ本調子ではないだろうに。気を使ってそう言ったジョセの顔に手を当てる。目を細めてそれを受け入れてくれる彼女の顔から首へと手を移動させつつ撫でていると、気持ち良いのか口を動かしていた。


 「あ、本題があったんだ」


 よく脱線してしまうので、気を付けないと。私の言葉にエルとジョセが疑問符を浮かべ。


 「エルとジョセってどうやって喋っているの?」


 念話を使って周囲に言葉を理解して貰っているのだろうか。本当に不思議である。


 『私たち、ですか……――意識しないままこうして語れるようになっていましたが……』


 『どうしてでしょうね? 魔力に感情を乗せているとでも言えば良いのでしょうか』


 ありゃ。二人……二頭でも良く分からないらしい。参ったなあと頭を抱えていると、アクロアイトさまが一鳴きした。


 『おや。幼竜さまには伝わったみたいですよ?』


 『練習してみると仰っております』


 そんなに簡単に出来ることなのだろうか。魔力が多すぎて魔力操作が下手だと周りからいわれている私。

 代表さまにご意見番さまを超えるかもしれないと言われている、アクロアイトさま。感情を魔力に乗せるとして、細かい表現となる言葉を扱うのは可能なのだろうかと微妙な気持ちになるのだった。

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