第324話:解放された。
サロンからそそくさと撤退して扉の前を少し進む。どうにか面倒事には巻き込まれずに済みそうだと、息を深く吐く。
「散々だったな」
「これで少しは収まりましょう……」
ソフィーアさまとセレスティアさまが背中越しに声を掛けてきた。とはいえ気を付けるに越したことはないというのが、お二人の見解。ジークとリンも同意する。アクロアイトさまは呑気に私の顔へ顔を擦り付けてくる。お疲れさまとでも言いたいのだろうか。
「聖女さまっ!」
だんと勢いよく開かれた扉から悲痛な顔を浮かべた第四王子殿下が飛び出してくるけれど、ヴァンディリアの護衛の騎士さまたちに止められ、それ以上進むことが出来なかった。
「貴女を必ず僕の母の下へ連れて行きます!」
近づくのは危険だなと判断して、離れた場所から口を開く。
「殿下、先ほど申した通り国と教会を通して下さい。殿下のお母上をアルバトロスへ連れて来られるならば、可能性が少しは上がるかと」
そう伝えて、再び歩き始める。疲れたけれど、この後は王城の魔力陣へ魔力補填を終えた後、陛下方との面会がある。第四王子殿下の扱いは適当で良いと言われていたが、アルバトロス上層部と話し合って決めた方が良いだろうと、面会要請を出し直ぐに承認されたのだった。
露骨なお誘いをどうしようか相談するつもりだったが、痺れを切らして話を進めてしまったので、アルバトロス上層部は何を思うだろうか。
目的が分からないままよりは状況がはっきりとしたので、対策は取りやすいだろう。あとは殿下がすっぱりと諦めてくれれば良いが、先ほどの様子だと難しそうだから、それを重点的に対策を練ることになるのだろう。
学院の校門を目指しつつ歩きながら、どうしようかと考える。
ヴァンディリアへ赴くよりも、アルバトロスの王城で治癒を施す方が私の安全が保障されるから、殿下の願いが叶う可能性が高くなるはずだけど。
ただ眠りから覚めないと言っていたので、搬送が大変そう。魔術転移を使ってこちらへ来ることも出来るけれど、王子さまレベル、しかも私情でこちらへ渡る許可が両国から下りるのか微妙だ。
そうなれば、個人で側妃さまに治癒や魔力を注ぐなら、ヴァンディリアに赴かなければならないし、私が入国したことはバレバレになるだろう。向こうの王さまとは顔合わせを済ませているので、何を言われるか分かったものじゃないし。
そういえばヴァンディリア王も建国祭の時に私と接触を図ったけれど、第四王子殿下と同じ目的だったのだろうか。でもそれだと理由が付かない気がする。それこそ国同士でやり取りして、私や私に準ずる聖女さま方を派遣すれば話が終わる。
子爵邸へ戻る為に乗り込んだ馬車の中で、深くため息を吐く。
「大丈夫か?」
一緒に乗り込んでいたソフィーアさまが心配そうに問いかけたので『大丈夫です』と返した。
「目的はハッキリと致しましたが、気を払わねばならないことが増えましたわね」
確かに。あの様子だと諦めることはなさそうで、私の護衛が増えそうな予感がひしひしと。第四王子殿下にとっては他国なので好き勝手動くことは出来ないだろうけど、念には念をと言われそうだ。
子爵邸へ戻り着替えを済ませ、王城へと向かって魔力陣に魔力を補填して、通達されていた部屋へと近衛騎士の方に案内され。
王国上層部の主だった方々が集まっており私を迎え入れてくれた後に陛下が訪れる。や、私はただの子爵位ですから、そのように丁重に扱って頂かなくともと大声で叫びたいけれど、お口はチャックしたまま。
「では聖女よ。第四王子殿下への対応を協議しよう」
呆れているような疲れているようなアルバトロス王に申し訳ないと考えるが、思えば亜人連合国への使節団の長を私に任命しなければ、今頃違う未来があったのでは。
「申し訳ありません、陛下、皆さま方。話に進展があり、本日はそちらについて皆さまのお知恵を借りたく存じます」
頭を下げて今日の経緯を話すと、みんな難しい顔をしている。一部、王子殿下の私欲の為に黒髪の聖女へ言い寄ったのかと憤りを顕わにしている方も居るが、私が目的の人なんて大体そんな感じだから今更だ。で、私の警備を強化することと、ヴァンディリア王国へ第四王子殿下の苦情を入れようと話が纏まって。
――翌朝。
増えた護衛の人たちを見て苦笑いをしつつ学院へ着くなり、ソフィーアさまとセレスティアさまといつもの様に合流すると、雰囲気が違う事に気が付いて。私にソフィーアさまが近づいて耳打ちされた内容に驚く。
「え?」
第四王子殿下は昨夜ヴァンディリアへ帰国したと言った。あんなに私に固執していたのに何故と不思議になる。自分の意思で戻ったのか、国から帰国命令が下ったのかは定かではないが、戻ったことだけは事実なのだろう。
「あの男の行動が理解出来ん」
ソフィーアさま、ついに敬称を止めてしまっている。彼女の中で第四王子殿下は危険人物に認定されてしまったのかも。
「ええ。昨日あれだけ貴女に拘っていたというのに……」
鉄扇を広げて口元を隠すセレスティアさま。まあ帰ったというならば、取りあえずの危機は去ったと言っても良いのだろうか。
何が起こるか分からないから暫く警備は強化されたまま。帰国したというならば安全だと思うけれど、何を考えているか分からないので当然の対処なのだろう。
「戻ったならば、ヴァンディリア王が諭してくれれば良いのだが」
抗議の書状がアルバトロスからヴァンディリアへ届くので、マトモな人ならばソフィーアさまが口にした通りになる。個人で無理を通そうとしことと、王子殿下という立場を利用して私と接触しようとしたことを記して貰っているから。
「出来れば野放しなどにせず、自国で婿入り先を決めて頂ければ一番良いのでしょうね」
本人が居ないのを良いことに言いたい放題だった。まあ私も本人が居なくなったならば好き放題言える。心の中でだけれど。
――やっとあの演技掛かった気持ち悪さから解放される。
うん、これにつきる。あと暫くは警備体制が強化されるから、ちょっと我慢が続くけれど第四王子殿下からのアピールが無くなったので心が軽い。もう暫くすれば騎士科の模擬戦という名の大会があるから、ジークの活躍を楽しみにして待っていようと、背の高い門を潜る私たちだった。
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