第322話:どう思うか。

 ――昼休み。


 第四王子殿下と話をする前に、気になることがあったのでとある方を呼び出していた。


 「何の前触れもなく突然お呼び立てし、申し訳ありませんギド殿下」


 ということでギド殿下を学院のサロンへと呼び出ししたのだ。午前中の休み時間に声を掛けてお願いしたのだけれど、快く答えてくれた彼。犬耳を幻視しそうと思ったのは内緒である。気さくな方だし、そういう性格なのだろう。

 用意された紅茶からは湯気が立っており、熱そうだなあと遠い目になる。私が口にするのはもう少し冷ましてからだ。猫舌にはつらい熱さである。アクロアイトさまは膝の上に移動して頂き、お茶が冷めるまでナデナデしている。甘鳴きしているので気持ちいいようだ。


 「聖女殿の頼みだ。気にすることはないさ」


 それに学院生だから然程忙しくもないしな、とニッと笑う殿下。お貴族さまなのに白い歯を見せているけれど、それがNGなのって女性だけだったかなあ。取り合えず今は関係ないかと頭の片隅へと追いやる。


 「あまり時間もないので本題を言いますね。――アクセル殿下をどう思われますか?」


 ぶっちゃけてみた。ギド殿下になら遠回しに聞くより、直球で聞いた方が正しい回答や思いを聞きだせそうだ。


 「おや、聖女殿はアクセル殿に気があるのか?」


 意外、みたいな顔をギド殿下は浮かべる。


 「いえ、これといって全く」


 私の言葉でリームの護衛の皆さまが吹きそうになったし、一緒に来ていたソフィーアさまは『うわぁ、ぶっちゃけたコイツ』みたいな顔をし、セレスティアさまは鉄扇で顔を隠している。口元ではなく顔全体。そんなに顔に出てたかなあと首を捻る。後で聞いた話になるけれど、私の目から光が失われていたとのこと。

 第四王子殿下に無意識のうちに苦手だと思い込んでいたみたい。確かに気色悪い行動が多い人だったけれど、私の個人的な感覚の問題。アレが受け入れられる人も居る可能性だってあるから、完全否定する訳にはいかない。


 「もう少し婉曲に言っても良いんじゃないのか、聖女殿。歯牙にもかけていないと丸わかりだ」

 

 まさかギド殿下に男女の仲の保ち方というか、アドバイスを頂くとは。意外だなあとギド殿下の顔を見ると、苦笑いを浮かべている。

 恋や愛はまだまだ私には早いというか、そんな暇がないというか。そりゃ良い人が居るならお付き合いとかしてみたいけれど。前世も自分の生活で手一杯でそういう機会には恵まれなかったし、気付いていなかった節もある。会社の男性同僚から食事を誘われたりしたけれど、もしかしてアプローチだったのだろうか。


 「まあ、聖女殿の生まれを聞けば仕方ないと言えようが。――すまない、貴女の過去を知るつもりはなかったが偶然に耳にした」


 椅子に座ったまま頭を深く下げるギド殿下。知られても問題はないからそんなに気にしなくて良いのに。お貴族さまが貧民街の孤児と聞けば蔑みそうだけれど、有難いことに私の周りに居る人たちは差別せず受け入れてくれているし。


 「お気になさらないで下さい。調べれば直ぐに分かることですし、隠していませんので」


 事実なので隠す必要はないし、貧民街出身という事実に後ろめたいことはない。生きる為に犯罪に手を染めたことがあるけれど時効だろう。あと大陸の技術力だと、現行犯でないと立証できないだろうし。謝る為にワザと口にした可能性もあるな、ギド殿下と考えつつ私の問うた答えが欲しい所なのだけれど。


 「本当に済まない。――で、アクセル殿のことだな」


 「はい。第一印象でも何でも構いませんので、ギド殿下が感じたことを教えて頂きたいのです」


 腕を組んで頭を傾げて考え始める殿下。そう難しく捉えられても困るし、単純に私の知らない所の第四王子殿下がどんな感じなのか情報が欲しかっただけ。

 

 「と、言われてもなあ。俺よりも頭の回る方だし、ヴァンディリア王国よりリームの方が格下だが態度も丁寧。不快なことは特段なかったし普通ではないのか?」


 男性同士だから気楽に言い合えた部分があるのだろうか。私には目的を持って近づいたのだから、本性があるとするなら隠すだろう。どうにか彼の人となりを知りたいと考えて、ギド殿下を頼ってみたけれど収穫はなしか。


 「そうでしたか。ギド殿下も見ていたでしょうけれど、最初のお婿さん宣言がどうしても理解出来なくて」


 「確かにあれには驚いた。聖女殿に婿入り宣言だったからな。理解はし辛いが、君と縁を持てば自国と直接繋がることが出来るからな」


 緊急時に国同士を通さず直接依頼出来るなら旨味なのではないか、とギド殿下。確かに早いけれど国を通さなければ厄介な事になりそうだ。


 「ですが、私はアルバトロスの聖女です。その立場は変わるものではなく、個人で勝手に他国に渡る訳には……」


 失敗した時に責任を取らされかねないし、自国……アルバトロス王国も勝手をした聖女なんて守ってくれないだろうから。保身と言われればそれまでだけれど、自分の立ち位置を確りと見定めて置かないと呑み込まれてしまいそう。


 「今の聖女殿はそうして割り切ることが出来るから良いのだろうが、情が芽生えた時にそう振舞えるかどうかが問題じゃないか?」


 「確かに愛や恋心を抱いていれば、相手の言葉に惑わされるのかもしれませんが」


 それでも国と国を通して欲しいと願うと思うけれど。まあ、情があったり愛があれば動かされてしまうものなのだろう。

 愛は盲目と言うし、仮に第四王子殿下に懸想して甘い事を囁かれたら、彼の言う通りにしてしまうのだろうか。……あり得ないなと言い切れる辺り、第四王子殿下にあまり良い感情を抱いていないのかも。


 ――コレで悩むのも今日までだ。


 腹を割って話してくれるかどうかは第四王子殿下次第だけれど、私に目的は告げてくれるみたいだし。ただ目的次第で何か騒動が起こってしまいそうな気がするのは、どうしたものか。

 

 「済まないな。聖女殿が希望するような回答はできなかったようだ」


 「いえ、私が一方的にお願いしただけなので、無理を申し出てた上に快諾頂き本日は有難うございました」


 ギド殿下と話している間に熱かったお茶がある程度冷えたようで、猫舌の私に丁度良い温度となっていた。残すのは勿体ないのでティーカップを持ちあげて飲み干していると、何故か苦笑しているギド殿下。

 この辺りは単純に貧乏性なだけだから仕方ない。私の出自を知ったなら問題なく見逃してくれるだろう。殿下は私が飲み干すまで待ってくれて、特進科の教室へ戻ろうとする。


 「ああ、そうだ。騎士科では近々模擬戦があると聞いた。君と対戦出来ると良いのだが……」


 ギド殿下が私の護衛を務めていたジークへ声を掛ける。殿下の言葉通り、近いうちに学年別の模擬戦が開催される。騎士科の人たちの純粋な真剣勝負となり、魔力は魔術具で同じ値になるように調整される。

 そんな理由からかなり白熱したものになるらしい。ジークも腕試しに出場する為、みんなでお客として見学する予定だ。家族も見学できる為、クレイグとサフィールも誘ってある。魔術科も披露会があるらしい。娯楽が少ないし、こういう時はお祭り扱いだった。入場者は事前申請となっているし、警備も強化されるから妙な人が混ざる心配はない。ちょっと楽しみなイベントだったりする。


 「殿下も出場予定で?」


 「ああ。申請すれば普通科や特進科の者でも出られると聞いてな。魔力が制限され純粋な身体能力勝負、挑戦せずにはいられんよ」


 他国の王子さまが出場するとなれば忖度がありそうだけれど、その辺りはどうなのだろう。王子殿下だからあっさり負けたなんてカッコ悪い所を見せれば、彼の面子が丸つぶれである。


 「試合で殿下と当たるとなれば、手加減は出来ません」


 ジークが珍しく真剣な顔でギド殿下の言葉に答えた。魔術具で魔力を制限しての勝負だから、いつもと勝手が違うのかも。私の祝福を受けているけれど、その効果が魔術具によって制限されるかどうかは分からないし。


 「もちろん、手加減などしてくれるな。勝っても負けてもあと腐れなく笑い合えれば良いさ」


 もし対戦となったときはよろしくとジークに片手を差し出すギド殿下。ジークも笑みを返しつつ、力強く手を握るのだった。

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