第238話:聖女さま。

 ――アルバトロス、万歳っ!


 ――アルバトロスに栄光あれ!


 王城を囲う城壁へと群がった王都の人たちは声高に叫んでいる。王都の人たちの教会を正す為の行為から、王国への不満に変わる可能性は考えてはいた。いたんだけれど、こうも簡単に変わってしまうものなのだろうか。王国や教会を潰す訳にはいかないので、思考誘導できたのなら良いかと大きく息を吐く。

 

 「陛下、ありがとうございます」


 「いや、王家の求心力が下がると困るのは我々だ。此度の一件、無能な貴族を随分と一掃でき、教会の腐敗も正される……――」


 国のトップ、しかも王さまだから簡単に頭を下げたり礼を述べたり言えないのだろう。いまだ王都のみんなの声が消えない中、陛下と言葉を交わしていると少し違う声が混ざり始める。


 「聖女さま、万歳っ!」


 「アルバトロスに聖女さま在りっ!」


 「聖女さまー! こっちを向いてー!!」


 いや、陛下を差し置いてそれはどうなのだろうか。ほら、もっと王国に感謝を述べないと。教会の不正を正すのは勿論だけれど、逃げた枢機卿も追わなきゃいけないのだから、陛下には物凄く頑張って頂いて聖王国の教会からお金を返して頂かなければ。

 聖王国から派遣されてきた枢機卿さまだから、聖王国の教会には任命責任というものが発生するはず。アルバトロス王国に派遣された理由は定かではないが、なんだか碌な理由じゃない気がしてきた。


 「手を振って応えてやればよかろう」


 そんなアイドルじみたことはやりたくないのだけれど。声が収まりそうにないので、城壁の壁の傍に立って手を振る私。似合わないし、変なイメージが付きそうだけれど、そろそろ諦めなきゃいけないのだろうか、コレ。陛下や王国上層部の人たちを扱き使ってしまったし、その責任があるよなあと遠い目になる。


 ――聖女さま、万歳!


 その声が一層大きくなって、苦笑い。


 ちなみに逃げてしまった聖王国出身の枢機卿さまは、正式な手続きを経てアルバトロス王国の国境を越えている。

 まあ、黒革の手帳を紛失して直ぐにとんずらしたから、そういう事には頭が働くのだろう。聖王国へと戻っている時点で、彼の国に迷惑が掛かると考えていないのが残念だけれど。馬車での移動なのでアルバトロス王国から聖王国までは一ケ月以上かかるらしい。


 こっそりと王国の魔力補填を敢行していたので、王国上層部の人たちとはいろいろと話していた。公爵さまを始めとした、宰相さまや、外務卿さまは聖王国へと乗り込む気満々だった。陛下は少し考えた後に『分かった。行こう』と静かに告げた。

 そのことを亜人連合国の皆さまに伝えると『では、我々も行くか』『行きましょう。毟り取るわ』『ね。二度と舐めた真似できないようにしよう~』『私も面白そうだから行くわ!』。何故か一人増えていた。


 何度も聖女コールが巻き起こっていたけれど、飽きてしまったのか収まりを見せていた。


 「聖女さまっ! 竜は王都を襲いませんかっ!?」


 ふいに大きな声が私の耳に届く。あ、そうだった。派遣された竜の方がノリノリになって、結構な脅し文句を言っていたのだった。しかも見て見ぬフリをしていたのは同罪とかなんとか、脅したんだっけ。


 「私たちは教会の腐敗を見逃していた仲間になるのでしょうか!!」

 

 うわ。忘れていて欲しかったのに思い出してしまったのか、動揺と不安が一瞬で広がっている。参ったなあ、やりたくはなかったけれど仕方ないかあ。ふうと息を吐いて心を落ち着かせ魔力を放出する。王都の外で代表さまが待機してくれているので、これが合図となっていた。


 あ、アクロアイトさま、放出している魔力を端から食べないで下さい……なんて呆れていると、王都を守る高い壁の外に、突然大きな竜が現れた。


 「あ、あれを見ろ!」


 「あの時の竜かっ!?」


 一人が気付けば、多くの人たちがそれに倣って壁の外を見上げる。数日前に王都にやってきた個体は、代表さまではない。

 ただ大きさや色に差異があまりない所為か、王都の人たちは勘違いをしているようだ。知らぬが仏、黙っておこう。


 『聖女の嘆きをよくぞ聞き届けてくれた。――感謝する』

 

 短くそう告げて、代表さまは巨体を空へと浮かべたのち、王都の上空を何度か旋回して亜人連合国の方へと飛び立っていく。

 代表さまは適当な所で降りて、エルフのお姉さんズが回収へ向かうそうだ。本当、面倒な事を押し付けて申し訳ないと心で詫びつつも、あの人たちもノリノリだからなあ。本当に面白い方々である。


 取りあえずは王国への求心力が失われることはないだろう。なんたって竜のお墨付きを頂いた体だから。あとは教会をどうやって正常な運営体制に戻せるかどうかだけれど、難しいよねえ。上の人間が居なくなったわけだし、かなり頑張らないと大変そうだ。

 

 不安は拭えたかなと城壁の外を見ると、何故か壁の傍に無茶振りくんが立っていて、こちらを見ていた。


 「此度の王都のみなさまを扇動したのは私です! どうか集まった方々に累が及ばぬよう、陛下を始めとした皆さまには熟考して頂きたく! 罪があるというのならば、私一人で十分でございましょう!」


 確かに目立つ格好をしたものだ。教会の教典を持ち、肩にストラを掛けているから、どうあっても教会関係者だし。

 その言葉を聞いた王都の人たちの間に動揺が走る。一人で罪を背負い罰を受けるのは、酷だとでも言いたいのだろうか。無茶振りくんに同情の声が上がって、俺も私もとなっていた。


 「……皆さん」


 感動している場合じゃあないんだよ、無茶振りくん。余計な事を言ってくれたお陰で、最初の計画が駄目になるじゃないか。

 あ、どうせ無茶振り君を神輿にする予定だったのだから、いい機会かも。彼に仕事を擦り付けるなら、王都の人たちにも知って貰っていた方が監視の目になるだろう。


 「陛下、先に任せて頂いても?」

 

 「ああ、構わんが……無茶をするなよ、聖女よ」


 分かりましたと陛下に告げて、無茶振りくんを見下ろす。


 「確かに皆さまを扇動した罪はありましょう。罰をというのならば、教会再建の為にご尽力下さい。今や教会の評判は地に落ち、存続の危機でございましょう」


 えーと、後は何て言えばいいかなあ。こういうアドリブって苦手なんだよね。


 「敬虔な信徒のみなさまと、神の教え通りの教会を目指すのです」


 私は信徒じゃないから、関われないし。だから無茶振りくんには本当に頑張って頂かないと。あと、あの何もしなかった枢機卿さまと、紫髪くんの親であるリーフェンシュタール枢機卿か。彼らも真面目に教会運営をしようと頑張っていたようだけれど、聖王国から派遣された枢機卿さまには敵わなかったようだ。


 「そして王都の皆さま。彼が立派な方であるのか見守って下さい。もし、彼が道に迷ったときは手を差し伸べ、道を踏み外すというならば正しい道を指し示して下さい」


 相互監視社会じゃないけれど、王国と民から監視されるしかないよ。監査機関とか審査機関はないだろうし、こうするしかない。うんうんと頷いてくれている王都の民の人たちを、右端から左端へと視線を移動させて私も頷いた。


 「――陛下」


 「これでは首が切れんな……」


 勝手に無茶振りくんを裁く権利はないので陛下へバトンを渡すと、困ったような顔を浮かべる。だって死なせるわけにはいかないから。


 「確かに、民を扇動した罪はあろう。――出頭命令を出す。罰はそこで受けよ」


 「はい」


 そんな、と王都の人たちから憐憫の声が上がる。


 「いいのです皆さん。私は皆さんを煽り教会へと導いた。――聖女さま、陛下、感謝致します」


 頭を下げる無茶振りくんへ近衛騎士の人たちが駆け寄り、丁寧に城の中へと迎え入れられた。もう潮時なのだろう。他にも近衛や騎士団の人たちが王都の民を解散させようと、追い払っているのだから。


 取りあえず、騒ぎは収まって城の中へと戻るのだった。

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