第93話:モブくんの憂鬱。

 ――どこか懐かしい雰囲気を持つ女だった。前世で一般的だった黒髪黒目で小柄、顔が平凡故にだろうが。


 死んだ、転生した、貴族だった。そしてこの異世界は『乙女ゲーム』が舞台の世界だと確信したのは、王立学院に入学し特進科の教室でピンクブロンドの少女が、第二王子殿下に無邪気に声を掛けた時だった。

 その瞬間を見た俺は正直何をやっているのだと、頭を抱えた。平民の女が学院内とはいえ第二王子殿下に声を気軽にかけるものではない。

 貴族と平民との融和を学院は謳っているが、そんなものは建前だ。ある程度のことは許されるが、第二王子殿下を始め側近を篭絡した手腕は女として素晴らしい。だが平民が、それも国の中枢を将来司る人物たちを腑抜けにしたのは不味かった。


 主人公補正など生きていく上では存在しないし、もっと現実を見ればよかったのにと教室の片隅で溜息を吐く。


 ヒロインが辿ったルートは恐らくファンディスクのルート。無印版の攻略キャラ七人を同時に獲得できるという滅茶苦茶設定だったが、齟齬が出ていた。

 騎士科に所属しているジークフリードと魔術科へ特別講師として招かれる魔術師団副団長のハインツ・ヴァレンシュタイン。その二人はヒロインに攻略されていない。ゲームではなく現実なのでこういうこともあるのだろうと、自分を納得させたのを今でも覚えている。

 

 前世で男の動画配信者が乙女ゲーをプレイし、突っ込みどころに突っ込むという映像を見ていただけなので、記憶は随分と不確かだが。

 幸せになっていたハズの王子もヒロインも今では幽閉塔の中。本来ならば破滅していた悪役令嬢二人は、普通に学院へ通っている。

 

 そして一番の大きな変化。


 ナイ、という平民の女の存在である。入学した時から既に聖女だというのに、ゲーム中に一度も登場してこなかったし、黒髪黒目の女キャラも出てはこない。

 明るい派手な色合いの連中が多いこの国だ。俺も生まれ変わって金髪とまではいかないが、くすんだ金に近い色の髪で瞳も青。そしてそれなりに顔も良く、背も高い。


 「イケメンだよな」


 誰にも聞こえないようにぽつりと呟く。前世よりは確実にイケメンであるが、周りがそれ以上に顔が良いので、埋もれてる。ようするにモブだ、モブ。

 こんな世界で主人公をやれるほど能力はないのでモブで十分だが。それなりの爵位の家に生まれた三男坊、それが俺のステータス。運よく特進科に入れたものの、目立つ連中が沢山いるので注目なんてされたことがない。


 「ごきげんよう」


 貴族だからクラスの女子連中のセレブリティーな挨拶の声が響く。縁遠い世界だと感じていたのに、直接こうして聞くようになるとは。

 机に教科書を広げ自習している振りをしながら、教室の中を観察していると、件の黒髪聖女が教室の入口を通り、席へと着いた。周囲よりも小柄な彼女に声を掛けたい連中が多く視線が刺さっているが、気にする素振りもなく鞄の中から中身を取り出し一限目の授業の教科書以外は仕舞い込む。


 そうして手に取った教科書を開いて自習を始めたのだった。彼女は俺たち貴族に関わる気はないらしく、教室の片隅で静かに自習や予習をしていることが多い。


 「熱心だな」


 「ですわねえ」


 我がクラスでのヒエラルキーの頂点に立つ二人、ソフィーア譲とセレスティア嬢が聖女の前へ立つと、ゆっくりと開いていた教科書を閉じて立ち上がり挨拶をする。

 聖女はどうやら二人のお気に入りらしい。おそらくは周囲への牽制なのだろう、聖女は平民だというのによく声を掛けている。第二王子殿下の婚約破棄事件の際に、ソフィーア嬢との間に割って入ったというのに不問になっていたから、陛下にも顔は覚えられているのだろう。


 ――主人公だよなあ、物語ならば。


 合同訓練の時も討伐困難といわれる魔獣の攻撃を防ぎきり、魔術師団副団長の馬鹿火力な魔術から味方を守ったと聞いている。


 「ジークフリードとジークリンデが貴族籍に入ったと祖父から聞いた。これで妙なやっかみも少しは減るな」


 「ですわね。わたくしとしてはマルクスさまの地位が揺るぎないものになったので有難いですが、クルーガー伯爵家に入る予定もあったのでしょう?」


 確かに男爵家に入るよりも伯爵家に籍入りした方がやっかみという部分は減るはずだが。


 「伯爵閣下から打診を頂いていましたが、二人は望んでいませんでしたから……」


 「それでハイゼンベルグ公爵が出てきたのですのね」


 ジークフリードというキャラはクルーガー伯爵の落胤で、彼の嫡子であるマルクスと因縁の対決を繰り広げていたが、そんなイベントは起こらないまま。

 しかも幼い頃に死んだ筈のジークリンデが生きているのだから、驚きだった。ただ聖女と幼馴染だと後で知ったので、どこかで大きくシナリオが変わってしまったのだろう。


 確かクルーガー伯爵のお手付きになった侍女が妊娠。当主や夫人に迷惑が掛かることを恐れ無断で伯爵家を辞め、王都のどこかに移り住み子を産んだという設定だった。

 途中、侍女を探し当てた伯爵か伯爵夫人が支援をしていたというのに、悪意ある人物に支援金を詐取され病気になった母親は治療を受けることもできず亡くなる。幼い二人は家を追い出され貧民街に辿り着き孤児として生活をする中、劣悪な環境で妹は死に、ジークフリードは身一つで学院の騎士科へと入学したはず。


 それがどうだろう。ジークフリードにはジークリンデと聖女が居るのだ。


 しかも既に教会騎士として働き学院に通うようになったのは、ハイゼンベルグ公爵が手配したと小耳に挟んでいる。

 あの三人には公爵が後ろ盾になっているのだ。ならば、幽閉されているヒロインなんぞより注目すべきではないだろうか。


 長期休暇を終え二学期に入るとゲームは『続編』へ入るのだが。ゲームとどう違ってくるのだろうかと、俺は教室の片隅で溜息を吐くのだった。

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