第79話:鬼嫁候補。

 もうすぐ長期休暇……ようするに夏休みにはいるなあと教室の机で考えごとをしながら、そろそろ帰路に付くかと立ち上がったその時だった。


 「おい」


 最近よく聞く声に、鞄を取ろうとした手を止める。


 「マルクスさまっ!」


 「痛ぇ!!」


 ばしんと教室に良い音が響く。腰のあたりをシバかれるマルクスさまと、鉄扇でシバいたセレスティアさまが二人並んで私の席の前に立った。あ、これはまた夫婦漫才が始まるのだなと感じて、取りあえず何も言わずに待つしかなく。


 「なんでお前はいつも俺を鉄扇で叩くんだっ!!」


 「マルクスさまの態度がなっていないだけでございますわ。前回も同じことを申しましたのに。――叩かれて言うことを聞くのは畜生や小さな子供と一緒。貴方さまはソレらと同義されて?」


 「そっ、それは……」


 返す言葉に詰まったマルクスさまと怒りを露にしているセレスティアさま。仲が良いのか悪いのか、よく分からない。これがセレスティアさまの愛情表現だというならドMが誕生しそうだと、妙な思考に走る。


 「そろそろ本題に入ってやれ。――困っているぞ」


 二人のやり取りに呆れた顔をしたソフィーアさまが止めに入った。珍しい、彼女がこういう行動に出るだなんて。こういうことには酷くならない限り、傍観していたというのに。

 

 「ああ、申し訳ございません。マルクスさまの態度があまりにもなっていないもので……」


 「……お前の態度もどうかと思うぞ」


 ぼそりと小声で呟くマルクスさま。なんで余計なことを言ってしまうのかと呆れると、また良い音が教室内に響く。最近、日常化している光景なので、他のクラスメイトは気にする素振りを見せなくなっている。

 このことに気が付いていないのは、セレスティアさまとマルクスさまだけだろう。当事者なので気付き辛いようだった。


 「本当に、その軽い口はどうにかなりませんこと!?」


 「仕方ねえよ、生まれつきだ!」


 「まあ。では魂からやり直さなければなりませんわね!」


 「あ? お前のその口の悪さも大概だろうが!」


 「わたくしの口が悪いですってっ!?」


 「お前が怖いからみんな何も言わねえんだろうよっ!」


 ついに始まった罵り合いに『どうします、コレ』というような視線をソフィーアさまへ向けると『どうにもならん』と彼女の目で言葉が返ってくる。はあとため息を吐いた彼女は、数舜おいて大きく息を吸う。


 「――いい加減にしろ、馬鹿共がっ!!!」


 びりと窓が揺れた。驚いたけれど魔力を纏わせれば可能だなあと一人で納得。ただクラスの中に居た人たちは驚いたようで、ぎょっとした顔をしている。

 普段、公爵令嬢として振舞っているので感情を荒げることは珍しいし、このように声を大きく張ることも珍しいことであった。

 

 「っ! 本題からズレてしまいましたわね。――申し訳ございません、ナイ」


 「いえ、気になさらないでください」


 話が大きくそれてしまったのは、確かにセレスティアさまの行動からなので彼女が謝罪すべきことだけど、マルクスさまは赤髪をボリボリと掻いて面倒くさそうな顔をしている。


 「お前が邪魔をしなけりゃな」


 「……っ! ――いえ、止めておきましょう。マルクスさま、ナイに用事があったのでしょう?」


 振り上げた鉄扇を下ろすことはないまま堪えたセレスティアさま。手元に青筋が立ってるから、相当に我慢したらしい。

 ふんと鼻を鳴らしたマルクスさまを確認して、さらに手元に青筋が増えたのはご愛敬。我慢したようだけれど、口元が歪み始めていた。


 「ああ。アンタの護衛騎士の所に案内してくれ」


 「……ご用件は?」


 彼の父親である伯爵さまの件もある。いったい彼はどういった目的で二人に会いたいと言っているのだろうか。私が一瞬、気を張ったのが分かったのか、マルクスさまの片眉がピクリと上がった。


 「あ? お前には関係ないだろうが。本人に直接言う」


 マルクスさまの言葉に、一度咳払いをするセレスティアさま。ソフィーアさまは一喝して事態が動き始めたので、静観するようだ。


 「……『黒髪聖女の双璧』と言われ強いと聞いている、勝負したい」


 あの恥ずかしい二つ名を彼は知っているのか。いつの間にとも思うが、魔獣討伐の際に聞いたのかも知れないし、話が逸れてしまうので話題にしない方が良いだろう。


 「勝負は二人の返事次第ですが、目的は?」


 私闘は禁止されているので、学院の教師を説得しなきゃならないけれど、勝負を言い出したからにはもう根回しは済んでいるのだろう。


 「自分の腕の実力がどんなものか知りたいだけだ。深い意味はない」


 むっとした顔のまま私を見下ろすマルクスさま。父親の隠し子問題が発覚したというのに呑気なもの……ああ、自分の実力を誇示する為に二人に挑むつもりなのだろうか。

 能力が劣っているとなれば、伯爵家嫡子から引きずり降ろされる可能性がある。ジークやリンに伯爵家を継ぐつもりなんてないだろうし、そもそも伯爵家の籍へ入るつもりもないから、無意味なものになりそうだけれど。ただ、噂が広がってきているからこのままでは彼の地位が危ぶまれるだけだ。

 

 腕に自信があるのならば、勝負するのもアリなのか。


 「わかりました。二人の下へ行きましょう」


 「わたくしも参りますわ。――婚約者として勝負を見届けますわ」


 「すまない、部外者だが私も行かせてくれ。――騎士科や魔術科には興味がある」

 

 セレスティアさまの言葉は理解できるとして、ソフィーアさままでついて来るとは思わなかった。ただ私が許可を下す権限は持っていない。持っているのはマルクスさまとセレスティアさまだろうから、黙って二人に視線を移す。


 「構いませんことよ。――見ている方は多い方が良いでしょうし」


 「ああ、好きにしろ」


 マルクスさまもう少し言い方を考えましょう、相手は公爵令嬢なのだけれど。


 「すまない」


 とはいえ言われた本人であるソフィーアさまは、気にする様子はないので問題はないかと頭を切り替え、お貴族さま三人を従えて騎士科の校舎へと足を運ぶのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る