第80話:申し込み。

 以前通った騎士科や魔術科の人たちが居る校舎への道を今度は四人で歩いて行き、廊下の真ん中を闊歩していると騎士科と魔術科の人たちが廊下の隅へと寄る。

 伯爵家、辺境伯家、公爵家の子女たちがこちらへと訪れるとこうなるのかと感心しながら、騎士科ニクラスの内の一つ、二人が居る教室の前へ立った。


 「ジーク、リン」


 高位貴族の登場にざわついている騎士科の教室内を見渡すと、二人が居たので声を掛けた。


 「ナイ。――っ」


 私の後ろに居る人たちに気付いたジークが礼をする。それを横目で見ていたリンが彼に倣って、静かに礼をしてゆっくりと顔を上げた。


 「マルクスさまが二人に話があるって」


 「わかりました。聖女さまはどうなさいます?」


 他の人たちの目があるので、ジークはあくまで聖女と護衛の関係で通すようだ。リンはジークの横に立って様子を伺っている。


 「このまま話を聞かせて欲しいけれど……」


 そう言ってマルクスさまたちに方へ体を向けると、ぼりぼりと後ろ手で頭を掻く彼。


 マルクスさまが母方の血を強く引いたのかもしれないが、彼とジークとリンの共通点は髪色くらいだなあと今更なことを思う私。

 伯爵さまに似ていたのならば、魔物討伐の際に騎士たちの間で噂が立ちそうだけれど、聞いたことがない。

 緘口令でも敷かれたのか、面倒な問題にならない為に騎士の人たちが伯爵へ存在を知られないように口を噤んでしまったのか。真意は分からないが、今まで話題にならなかったのはこんな所だろう。

 

 「あ? ああ、別に構わねえよ。大した話じゃねーんだし、コイツらも居るしな」


 マルクスさまの後ろに控えていた二人に顎をしゃくっているのだけれど、家格が上のソフィーアさまとセレスティアさま相手に随分と乱暴な言動だが二人は気にしていない。

 なら私が気にしても仕方ないと頭を振って、マルクスさまとジークにリンのやり取りを見守る為に、立ち位置を一歩ずらした。


 「ジークフリード、俺はアンタに勝負を申し込む。――つっても決闘って訳じゃねーし、手合わせ感覚で受けてくれ。貴族だろうが平民だろうが、勝っても負けても文句はなしだ」

 

 マルクスさまはどうやらジークの方に勝負を挑むようだ。個としての戦闘能力ならばリンの方が高いから、てっきり彼女へ勝負を挑むと考えていた私。

 リンは女性だし、女に負けたとあらば評判はガタ落ちになる。それはセレスティアさまも望まないだろうし、ジークは彼にとって丁度いい相手になるのだろう。

 

 ――けど。


 対フェンリル戦の時に動いたジークと動けなかったマルクスさまだ。勝負が見えているような。ジークは私に視線を向けてくるけれど、ここは学院である。

 先ほど聖女と護衛騎士として振舞ったけれど、試合を受けるか受けないかは本人が決めるべきである。


 「ジークが決めるべき、かな」


 マルクスさまが言ったとおり、手合わせということであれば死ぬことはない。仮にジークが負けても、評判が落ちることはないだろう。

 負けて評判が落ちるのはマルクスさまの方である。大丈夫かなと少し心配になりつつも、ここまで事態が進んでしまっては止めることも出来ない。


 本当に不味い勝負ならセレスティアさまが止めているだろう。彼の評判が落ちるイコール婚約者であるセレスティアさまの評判も落ちるのだから。


 「俺に決める権限はありません。試合というならば騎士科へ申請を出して頂ければ、場を整えることが出来るでしょう」


 「マジかよ、面倒だな。――まあ仕方ねえか。分かった申請書を出せばいいんだな」


 本当に面倒そうに言い放つマルクスさまだが一応出す気はあるようだし、面倒事をジークに押し付けないで自分でやろうとする所は好ましい。

 今日中に手合わせできないと分かって諦めたのか、マルクスさまは片手を挙げながらこの場を去っていった。おそらく申請書を貰いに職員室にでも行くのだろう。


 「わたくしの婚約者であるマルクスさまがご迷惑をお掛けして申し訳ありませんわ」


 「いえ、お気になさらず」


 彼の背を見送ってセレスティアさまが間髪入れずにジークとリンに謝罪した。お貴族さまに頭を下げられれば、謝罪を受け取るしかなくなるのが平民の辛い所だろう。ジークが目を伏せながら礼をしたのだから。


 「おそらくマルクスさまは、そのまま職員室へ向かったことでございましょう。――少々お時間を頂くでしょうが、お手合わせよろしくお願いいたしますわ」


 「はっ」


 流石に辺境伯令嬢さまの言葉には失礼になるだろうと考えたのか、敬礼をして答えたジークに微笑んでセレスティアさまも騎士科の教室から去っていく。


 「騒がしくてすまんな」


 「いえ」


 最後に残っていたソフィーアさまが声を掛けてくれた。二人とは関係がない気もするけれど、第二王子殿下の婚約者と側近とその婚約者だし、幼い頃から付き合いがあったのかも知れない。

 

 「マルクス殿に悪気はないのだろう、根は素直だからな。単純な腕試しのつもりだろうから、深く考えずに試合を受けてやってくれ」


 その言葉は逆を言えば、物事を深く考えていないと聞こえるけれど大丈夫だろうか。本人が耳にすれば怒りそうだけれども。ではな、と言い残して去っていくソフィーアさまの後ろ姿も見届けて、ジークとリンを見る。


 「結局、なんで二人はこっちについて来たんだろう?」


 「さあな。――まあ、見張り役じゃないか。これ以上やらかさん為の」


 ふうと力を抜きながら息を吐くジークに苦笑をしていると、私の横にリンが立った。


 「兄さん、受けるの?」


 「断れば失礼に当たるからな。受けるしかない」


 そうなるよねえと遠い目になりながら、試合の日は何時になるのだろう。取り合えず、決まっていないことだと頭を振って二人と一緒に下校するのだった。

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