第52話:魔眼。

 ヒロインちゃんと牢屋で面会した翌日。


 ――王城。とある一室。


 調度品がすんごい豪華です。ええ、粗相をして壊したものなら一生働いても返せそうにないくらいに。

 そんな場所なので貧乏性の私は戦々恐々として落ち着かないのだけれど、目の前の二人は私のことなど全く気にせずに報告する騎士の言葉に耳を傾けている。


 私がこの場に呼ばれた理由は昨日に騒ぎとなった件だ。騎士からの報告とつじつま合わせの為だろう。違う部分があれば即訂正しろと二人から言い含められている。


 「――魔眼ですってぇぇえええ!」


 座っていた椅子から勢いよく立ち上がり彼女のドリル髪が揺れる。


 「声がデカい……」


 セレスティアさまの声が大きいのはいつものことであるが、今のは殊更に大きかった。ソフィーアさまがそのことに対して小さく苦情を呟くのもいつも通り。今日も彼女は元気だなあと眺めつつ、耳がきーんとするので気づかれない程度に左右に振って違和感を打ち消す。

 

 「はっ。――魔眼技術を専攻している魔術師と呪術師に調べさせたところ、生まれ持っての能力だそうで……」


 セレスティアさまの大声を華麗にスルーを決め込んだ騎士の人がさらに続けた。


 魔術師と呪術師は少々区分けが違う。魔力持ちで魔力を外に放出できるならば、基本は誰でも魔術師である。


 ただ変態が多いと言われる魔術師は時折突拍子もない魔術式を開発し、突拍子もない効果を生み出すことがあった。ようするに呪いの魔術である。

 派手な攻撃系の魔術より、地味で陰湿で汚い手だと言われているので、それを使う魔術師は嫌われる。だからこそ区分けされたという、なんともいえない過去がある。


 そのことが魔眼に繋がる理由は、昔々に自身の眼に魔術式を刻み他人に呪いをかけた変態がいた。


 確か動機は愛している恋人を寝取られた、とかだった気がする。随分と昔の文献でうろ覚えではあるが。で、相手を呪いで始末したものの、眼に刻んだ術式が消える訳もなく。そうして時間が過ぎて新たな恋人ができ、後に結婚。


 その人の胎の中に新たな命が宿る。


 十月十日後、産んだ子供も何故か同じ術式を眼に持っていたそうで、それを気持ち悪いと言われ両親から捨てられた。訳も理由も分からないままどうにか子供は大人になり、捨てられた理由を知る。他人に呪いをかける魔眼の持ち主だったからだ、と。

 発動条件も理解しないまま、その子供は両親を呪うことに成功し、時が経ちそしてまた子を産む。――その繰り返しが脈々と受け継がれたらしい。もちろん誰にも呪いをかけずに一生をすごした者も居れば、自覚のないまま生き抜いた者もいるんだとか。


 そうして魔眼持ちが増えていき、体質や資質で効果が変質・変化していった、と。


 今現在、その魔眼持ちだった血脈は随分と薄くなっており、先祖返りや隔世遺伝で魔眼持ちが生まれるようになった模様。


 科学的に検証された訳でないし信じがたいことではあるが、口伝や書物で細々と伝えられていたらしい。


 「魔眼の術式を仕込める技術を持っている者はいないからな」


 「ええ。存在するならば、今頃争奪戦ですわね……まあ、魔眼持ちも貴重ですが」


 ばさりと鉄扇を開くセレスティアさま。まさか呪いをかけたい相手でもいるのだろうか。ふと彼女の婚約者である赤髪くんの顔が浮かぶけれど、呪ったところで彼女や家にメリットがないなあと気付く。今から新しい婚約者を探すとしても有力どころは売却済みだろうし残っているのは、まあ……そういうことだろう。


 というか彼女ならばコソコソするより、正攻法で理由をつけて切りそうだなあ、もちろん物理的に。


 「しかし、よく気が付いたな、ナイ」


 私を見てソフィーアさまが問いかける。


 「偶然です。アレがジークに興味を持っていなければ気が付かなかったでしょうし」


 「報告で聞きましたわ。――少々下品ではありますが愉快ですわね、あの女に対してのあの言葉は」


 壁際で置物と化しているジークの顔がちょっとだけ歪んだ。まああの言葉は言われた方は実際に不快だっただろうし、仕方ない。ただ、お貴族さまからすればジークの言葉は下品なのかもしれないけれど、良い嫌味になっていたと思う。

 くつくつと鉄扇を開き口元を覆いながら笑うセレスティアさまの視線はジークに移ってた。彼女に無言で、揶揄われてるなあジーク。頑張って耐えておくれ。


 というかよく五人ものハーレム作ろうと思うよね。ジークを入れると六人になるし。まさか、他に粉をかけていた人はいないのだろうか。


 若さと無知って凄い。枯れている私には無理な行動である。


 「彼女の処分はどうなるのですか?」


 「王族と側近候補を誑かしたからな。ただでは済まないだろう」


 「ですわね。――温い処分を下せば他の方々に示しがつかないでしょうし、第二第三のアレを生み出しかねませんもの。――どうなるのかはまだわかりませんが……」


 二人の言葉に押し黙る。どう考えてもそうなるよなあ、正論だから何も言えないし。まあアレをどうにかしようとは考えていないけれど、ジークに言い寄っていたことは許せないし、リンに『なぜ生きているの』と言い放ったことも許せるはずもない。


 ただ私が処分に口を出せる立場ではないから、黙っておくしかないのだろう。口を出したいなら、それなりの身分や立場を手に入れなければ無理である。

 ふうとため息を小さく吐くと、二人は目敏く見つけてしまったようだ。私に顔を向けて苦笑いを浮かべる。


 「どうした?」


 「いえ、いろいろなことが起こり過ぎて、少し疲れただけです」


 「確か昨日は城の魔術陣に赴いていらしたと聞いていますわ」


 「ええ、丁度折よく騎士の方に捕まった訳です。――まあ、その騎士の人に責任はありませんが」


 仕事だしね。ヒロインちゃんを取り調べして、にっちもさっちもいかなくなって私を頼ったようだ。

 そうして牢屋へと連れていかれて、昨日の出来事である。あの後も騎士の人たちからいろいろと聴取されていた。とはいえ犯人でもないし、きちんともてなしを受けながらであったケド。次の日というか、今日も学院で授業があったから確実に睡眠不足である。


 「結果としては私たちは助かった訳だが、ナイからすれば巻き添えのようなものか……」


 殿下たちの行動を正せないなら、無能と判断されるものね。ヒロインちゃんが故意なのか無意識で魔眼を使ったのかはまだ分からないけれど、洗脳状態だったと判断されれば逃げ道が出来る。

 ふうと息を吐いて椅子に凭れるセレスティアさま。何かを考えているようだけれど、怖くて聞けない。


 「……確かにそうですわね」


 美人二人に見つめられると迫力あるなあと、現実逃避を決め込むのだった。

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