第50話:彼女の意図は。

 学院の生徒のみなさまに聖女だとバレて数日。今日は城の魔術陣まで赴いて、魔力を供給する日だった。

 

 といっても学院の授業が終わってからだし、学院から王城は近いのでそう手間の掛かるものではない。いつものようにジークとリンを引き連れて、城の奥まった孤立した場所にある建物の中へと進み一人で魔術陣のある部屋へと入る。


 魔術陣を起動する為の詠唱を紡いで、それ以降はなにもしない。私の魔力が魔術陣へ充填されるまで、突っ立っているだけだった。


 「――眠い」


 この気怠さと眠さは毎度のことで慣れてきてはいるものの、抗いがたい睡眠欲には難儀している。


 「お疲れ」


 「お疲れさま」


 「おまたせ」


 「大丈夫なのか?」


 「なにが?」


 「魔術具がないのに、魔術陣に魔力を供給しても平気なのか?」


 「うん、大丈夫。魔力を吸われてるだけだから。むしろちょっとだけ楽かもしれない」


 魔力を抑える魔術具が壊れてしまい駄々洩れ状態なので、むしろ楽というべきか。献血みたいなものである。


 「そうか、ならいい」


 部屋を出ると毎度のようにジークとリンが出迎えて言葉を交わしていたのだけれど、今日は何故かもう一人居る。

 

 「――失礼いたします、聖女さま」


 「どうしましたか?」

 

 合同訓練の時に殿下たちの護衛に就いていた騎士の指揮官の人が片膝をついて礼をする。礼は不要なんだけれど、形式上必要なことなので口には出さない。

 ここは許可が出ている人だけが立ち入れる場所なので、騎士団の人が居るのはかなり珍しい。勝手に入ってきたということはないだろうが、一体なんだろうか。


 「失礼を承知でお願いにあがりました。――アリス・メッサリナとの面会をお願い致したく……」


 「……――それは構いませんが、理由を聞いても?」


 なんで私がという言葉を飲み込んで、どうにか違う言葉にすり替える。目の前の指揮官の人は私に頭を下げる理由はないというのに、その状況に陥っていること。何故、接点のない彼女に私が会わなければならないのかと疑問ではあるので聞いてみる。


 「アリス・メッサリナが貴女を呼んでくれ、の一点張りで……殿下方との面会も望んでいますが……」


 殿下たちとの面会は上から圧力でもかかって、接触禁止でも言い渡されていそうである。教会からは『会うな』とは告げられていないので、教会内で彼女を問題視する声はないようだ。あれ、枢機卿の子息である紫髪くんがいたけれど、教会はノータッチなのだろうか。

 

 目の前の人もほとほと困っているみたいだし、会って話をするだけならば問題はないかと、指揮官さんの言葉に頷いて城の魔術陣がある真逆の区域へと案内されるのだった。


 王城の片隅にポツンと立つ石造りの塔。指揮官さんによると犯罪者を隔離するための施設で、それも王族に関する犯罪を……ってヒロインちゃんが既に犯罪者扱いになってるじゃないか。

 でもまあ第二王子殿下と側近四人に近寄り、しかも誑かしたのだからそう判断されても仕方ない。どこか別の国からの刺客かもしれないし、王家を良く思わない国内からの刺客かもしれないしねえ。

 会うのが気が重いなあと、階段を降りていく。どうやら地下に幽閉でもされているのだろう。暗いし湿気が多いし、とにかく不快だった。


 「ああ、やっと来てくれたあ! ジークっ!!」


 あー……私と話がしたい訳じゃなくてジークが本命だったのか。鉄格子を掴んで微笑むヒロインちゃんはそういう所には頭が回るのねと感心しながら、ジークを見るとすごく不愉快そう――を通り越してる気がするんだけれど気のせい気のせい。

 少しやつれているヒロインちゃんには悪いが、ジークと話をさせる訳にはいかないので私が前に出る。


 「どうして貴女はいつも邪魔をするのっ!」


 邪魔、ねえ。自分中心で物事を考えるヒロインちゃんに分かるように大袈裟に息を吐いた。


 「私が邪魔?」


 「ええ、いつもシナリオの邪魔をするものっ!」


 また『シナリオ』発言。どうにも不思議な感覚なのだけれど、彼女は本や漫画の世界の中にでも居るつもりなのだろうか。確かに、魔法――というより魔術なんてものが存在し魔物に魔獣なんてものも存在する世界だ。


 ファンタジーな世界だとは思う。仮にこの世界が物語の世界だとしても、誰かの行動が一つでも違えばその『物語』は別の物語となってしまい完成しないだろうに。


 「シナリオってメッサリナさんは言うけれど、生きることにシナリオなんて必要なのかな?」


 少し前髪を邪魔くさく感じて、利き手で一度掻き上げる。


 「要るよっ! みんなと仲良くなって結婚して幸せになるんだもんっ!!」


 「男の人とばかり仲良くなっても……それに王国だと多重婚は無理じゃあ」


 不都合が生じすぎるし、王国では国王陛下や王太子殿下にしか認められていない『特別』である。


 「大丈夫だよ、ヘルベルトさまが王さまになれば出来るから!」


 ええ、国王陛下の意向を無視する気なのだろうか。王太子の座はもう決まっていて第一王子殿下なのだけれども。他国から王太子妃殿下として婚約を結んでいるし、覆すことは困難だろうに。

 やばい、政治犯だよこの子。国家転覆狙ってるよ。そりゃ牢屋から出せる訳がない……思想が危なすぎる。上層部がまともで良かったと安堵して。

 王族に連なる人たちがどんな人たちかは、第二王子殿下しか知らないけれど。この子をこの場に閉じ込めた判断は正しい。そして騎士団から国王陛下へと報告されているだろうし。この子と第二王子殿下を隔離して正解だ。


 「無理、どうあっても覆ることはない」


 「どうして? どうして思い通りにならないの? ジークだって私の味方になるんだよ……フェンリルのリルくんを使い魔にして聖女になる筈だったんだよ……?」


 魔獣の前に飛び出したのは、そんなことが理由だったのか。馬鹿な子だなあと憐みの視線を向ける。


 「思い通りになんていかないよ、人生なんて。だから自分でしっかり考えて前に進まなきゃね。シナリオなんてものを頼りにしてる場合じゃないんだよ。本の世界じゃあるまいし――……もう遅いだろうけれど」


 彼女がどこかのスパイでないなら、このまま幽閉か流刑くらいかなあ。陸の孤島の修道院という手もあるけれど、処分を下すのは私じゃないし考えてもしかたない。


 「大丈夫だよ、私は主人公だもん……困っていたら誰かが……みんなが助けてくれるっ!」


 「――言葉が通じない……堂々巡りかあ」


 諭すのは無理そうだなあ。反省して刑を軽くできる道もあっただろうに、彼女にその意思はなさそうである。


 「ジークっ! 助けてっ! ここから出してっ!」


 彼女の望み通りになるのか試してみるかと、ジークに顔を向けて場を譲ると、深々と溜息を吐いたけれど言いたいことがあるのか仕方なくといった様子で変わってくれた。


 「無理だな。――それに名も知らぬ女に俺の愛称を呼ばれるのは不愉快極まりない」


 「だってジークがそう呼んでって……」


 「俺はそんな事をアンタに一言も言ってはいないし、許しているのはこの場に居る二人と残りの仲間だけだ」


 「なんでっ! どうして……ジークはその女と付き合っているの?」


 凄いところに飛躍したなあ。彼女の頭の中を見てみたいけれど、お花畑だったか。


 「…………」


 ジークがかなり辛そうな顔をして押し黙るのだった。

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