第16話 居場所
「あんた、かなりの腕をしている。何ものだ」
「流れ者よ。あんたこそ、良い眼をしている。私の仲間を思い出すよ」
アイは隣の男から差し出されたマッチの火に、口元の煙草を近づける。
着陸したステルス機は、アイの身なりを見ると、最初は狼狽と警戒の様子を見せたが、長く戦場にいた者として通じるお互いの雰囲気は、同類のものを相思させた。
ステルス機には3人の傭兵がいた。
赤髪のヒューズ。
黒髪のウルフ。
そして、リーダーの白髪のフランク。
フランクはアイのくたびれた服装と身体を見かねると、機内のシャワーとコーヒー、食糧を提供する代わりに、ここら一帯の戦況と残骸のデータを要求した。
「しかし、ここらの残骸も限界だな。敵と味方の区別もついてやしない。仲間討ち、共食い、なんでもありだ。」
フランクが煙草を吹かし、空中に消える煙を眺めながら朧げに呟く。
アイは短くなった煙草の灰を灰皿に落とし、顔を足に見下ろしながら暗い声で呟く。
「戦争が長引き、指揮を執るものが何かも分からなくなれば、兵士の正気も失われるわ。ましてや、そのリーダーが、」
「おっと、その話は有名だ。こっちも聞いてる。気が滅入るよな」
ヒューズが明るい口調で割り込む。
「あんたらのリーダーは、今頃、どこでなにをしているのかね~」
ウルフはステルス機の運転を任せられながら、アイたちの会話に興じる。
「リーダー、か」
フランクは自身の胸中を吐き出すように、いや、アイの仲間を思い浮かべるように悲しげな眼を彼女へ向ける。
「よかったら、手を貸そうか?」
「…。私に仲間は要らないわ。」
「そんな悲しいことを言うなよ。一期一会って言葉もあるし。」
ヒューズの言葉にアイの目の光が少し潤う。
「仲間を失ってきたのはあんただけではない。俺たち3人は、道の途中で失い続けた。しかし、今がある。仲間は過去にいない。今にいる。」
「ウルフ、たまにはいいこと言うじゃねえか。」
フランクの誉め言葉にウルフの嬉しそうな笑い声が機内に響く。
「まあ少し休んでけ。ここにはベッドもシャワーもある。あんたの腕の足しになれるかは分からねえ。だが、あんたと道を共にしたい。それが俺の今の気持ちだ。」
フランクは自室に戻りながら、アイの肩に手をポンと置き、労いの言葉をかける。
ヒューズは手元のスナイパーライフルの銃の手入れを再開した。
「申し訳ない。遠慮なく使わせてもらうわ。」
シャワーから流れる熱い湯が、アイの身体にこびりついた血と垢を洗い流す。
「仲間は今にしかいない、か。」
アイは過去の仲間の死骸に囚われている、自身の心臓のある左胸を眺める。
シャワーから上がり、提供された新しい軍服に身を包んだ。
操縦席から漂うコーヒーの匂いが、アイの鼻腔を満たす。
「コーヒーをもらうわ。」
「おう。うまいぞ。挽きたてだ。」
ウルフはうまそうにコーヒーと飲み、アイの分のコーヒーをコップに注ぐ。
助手席のヒューズは仮眠をとっている。
「あんた、来たときはひどい匂いだったぜ。」
「仕方ないでしょ。兵士の証よ。それより今、どこに向かっているの?」
「欧州イタリア、俺たちのアジトさ」
アイは口にコーヒーを満たし、喉を動かす。
豊満な豆の苦みが口内から広がる。
「イタリア、一流の武器の仲介屋がいると聞いたわ。」
「ああ。アジトに行けば会える。マフィアがうじゃうじゃいるが、フランクに顔が上がらねえ奴ばかりだ。」
ウルフとの雑談に興じるうち、アイは眠気に襲われ、仮眠をとることにした。
雨の降る森林の中に、アイはいた。
目の前に積み上げられた仲間の死体の顔がアイにこくりを向けられる。
口元がなにかの言葉を紡いでいる。
「…ね。…ne」
徐々に耳元に言葉が近づく
「死ね」
「はっ」
アイはベッドから飛び起きた。
身体の動機が激しい。汗が止まらない。息が切れそうだ。
コン、コン。
ドアのノックが聞こえる。
「…どうぞ」
ドアからフランクが入る。険しいしわを浮かべる顔に、哀しそうな眼を浮かべている。
「眠れたか?」
「ええ。でも、悪い夢を見るわ。」
「俺もある。戦争の呪いだ。自分の流した血は覚えてねえのに、仲間から流れた血は一生こびりついたままだ。」
「それが仲間なら、今は一体、なんなのよ」
「だから、背負うしかない。復讐は胸に。仲間は背中に。どちらも胸に抱え込むと、仲間さえ敵に見えてきちまう。」
「…。」
アイはフランクの言葉をかみしめた。自分の3年間が、水の泡だと思い始めるとともに、力の抜けた背中に一筋の線が通ったような感覚を覚える。
「あんたは間違ってない。抱え込みすぎだ。」
「…。」
アイの目から涙がこぼれ堕ちる。
フランクは、やはり、哀しそうな眼を彼女に向けて部屋を後にした。
仲間は、今、ここにいる。
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