第12話 希望

 ぱんっ。

 鋭い銃声音。

 倍率スコープ越しの相手の服に黒いインクが広がるのを確認したアイは、鬱蒼とした森林の中でスナイパーライフルを手にしゃがみ込んでいた。

「今ので6人目かな。」

 アイは匍匐状態になり、淡々とした表情でスナイパーライフルの弾倉を交換する。

 約3時間前―

 アイたち17名の部隊は鬱蒼とした森林のキャンプ地に集合していた。

「今日、お前らには紅白戦をしてもらう。アイとビリー以外の者は各班3名ごとに組め。この2人は単独でのみ行動しろ。時間制限はなし。移動可能範囲は森林の全域だ。開始時間は10分後。速やかに準備にかかれ。」

「イエッサー」

 恐らくテッドは1人の部隊員の亡き今、改めて部隊の連携を試そうと同時に、次の作戦への手立てとしてテッドと私を独りにさせた―

 と、アイは今回の訓練の魂胆を図った。

 他のメンバーが直ちに森林に分散する中、アイとビリーはその場に立っているままだった。

「お前もはやく動かないのか?」

「あんたこそ」

 アイはビリーを敬遠するように返し言葉を吐いた。単独で行動する以上、3名で固定化された班を出し抜くには変異的な行動ルートと潜伏場所を選ばなければならない。

 だが、単独で動くのは私だけじゃない。ビリーも同じだ。そして、お互いに厄介な存在であることも。

 こちらが先に動けば、ビリーはそれに対応した位置取りをするか、先制攻撃を仕掛けてくるかの2択をするだろう。

 時間がない。ここは―

「よし、じゃあなー」

 アイが思考を張り巡らせる一方、ビリーの颯爽とその場を立ち去った。

 では、こちらも作戦開始。

 アイはまず周囲の気配や音に集中した。人や動物の気、音、足跡に神経を配りながら、目的地までの移動ルートを計算する。開始2分前、全身の服を脱ぎ下着の状態になると、肌の四肢と顔の部分に地面の泥を塗った。匂い消しだ。開始1分前までには服を着て、計算して導き出されたルートを素早く辿り始めた。

 移動中も足跡の痕跡に注意を払いながら、なるべく腰を落とした状態を維持する。

 目的地に着くと、ちょうど発煙筒の合図の打ち上げを確認した。

「ふう。案外、1人の方が動きやすくていいわね」

 自然と小言を漏らしている自分に驚くと共に、その声が意気揚々としていることに気づく。

 なんだ、私、楽しんでいるのか。

 部隊のメンバーとして、連帯感をもつことは重要だが、それを時々、しがらみのように重く感じる。これが間違った感覚で、部隊は結束していなければならないというのも分かる。

 でも、仲間は死んだ。

 結局、死ぬのであればその場の判断も行動も全てその人次第なのではないか?

 多分、ビリーも同じことを考えている。

 私は?

 死ぬ間際になって、あの時になってこうしていればとかあれだこれだと後悔するのか?

 そんなの御免だ。

 仲間を失っても、兵士であることに変わりはない。戦いは終わらない。

 バッグからスナイパーライフルのパーツを取り出す。各部品が揃っているのを確認すると、速やかに組み立て始める。


 そのスナイパーライフルの弾倉を交換を終えたアイは、しゃがみ込んで周囲を見渡した。すると、800m先に佇む人影を目視した。銃声をきかれたか。気配を消し、対象の様子をうかがう。

 対象は、遠目でみても分かるくらい、服の一部を赤く染めていた。

 銃を構え、倍率スコープの中に対象を捉える。

「ん?あれは、」

 次の瞬間。

 とっさに地面に身を隠した。

 あれは、私?

 ばさばさ。

 遠くでなにかが草をかき分けている。

 ばさばさ、ばき。

 木の枝を踏む音。

「…はどこ」

 ぶつぶつと呟くような人の声が混じる。

 銃を握る手が震える。息も荒い。対象は―

「アイはどこ」

 耳元のささやき声。後ろだ。

 咄嗟に振り向くと同時に、腰を回転させ、蹴りをだす。相手は両手でガードしながら後退した。血に濡れた両手には鋭利なナイフが握られている。

「あなた、アイね。」

 対象は―いや、私に酷似したナニカは不敵な笑みを浮かべている。

「私は私よ。あなたは何者?」

「ワタシはアイよ。オリジナルのね。」

 は?いみがわからない。

「あなたはもういらないのよ。だから、死んで」

 対象のワタシは目に見えないはやさで私の懐に入り込む。私は銃を捨て、腰のナイフを右手で取り出した。ワタシの右手の攻撃にナイフを合わせ、キンッと音が鳴る。

 私の左手はワタシの左手のナイフを掌で受け止めていた。

 ワタシの顔が真正面に映る。

「だから、いみがわからないって」

 突き刺されたままの左手でワタシの左手首を掴む。背中をのけ反り、勢いをつけて頭突きをワタシの顔面に食らわす。

「うっ」

 ワタシは少し狼狽し、後ろにさがる。鼻血を出しているのをみると、クリーンヒットっぽい。

「痛ってえな。左手使えないのもいたいけど。」

「嬉しい。ワタシも同じ気持ちだわ。」

「なんかきもいなお前。決めた、ぶっ殺す。」

「ワタシも同意」

 いつしか、ワタシに抱えていた気味悪さは燃え上がる闘志となっていた。

 またもや懐に飛び込んでくるワタシ。私は前蹴りを繰り出す。よけられる。ワタシの右と左両方からくるナイフを寸前で後ろに屈んでこちらも避ける。両手を地面につき、勢いをつけて後方にバク転し、距離をとる。

 今度はこちらから仕掛ける。ワタシに接近すると、接触範囲外から左手の血をその目に目掛けて全力で振いかける。ワタシは反射的に右腕で目を覆う。その隙に、右手のナイフでワタシの腹部を深く3度突き刺す。

「うっ、がはっ」

 ワタシは崩れ落ちるのと同時に左からナイフを繰り出す。

 私はそれを半身でよけると、ワタシの腹に蹴りをいれる。もちろん、さっき刺した場所に。

「うっぷ、おえ」

 ワタシが跪いて真っ黒な液体を吐く。

 あまり良い気分になるものではないな。 

 そう思い、ワタシの喉元めがけて突き刺そうとしたナイフを止めた。

「で、あんた本当は誰なの?」

「ワ、ワタシは、あなたのオリジナルよ」

 苦しそうな声だが、その声まで私そっくりだ。

「ふーん。」

 地面に付いているワタシの左手に、ナイフを突き立てる。

「うぐっ」

「そこは痛ってえな、じゃねえのかよ」

 左手から、今度は右手にナイフを刺す。

「っ」

 ワタシは地面にうつぶせに倒れる。懸命に起き上がろうとするが、もう限界のようだ。

「尋問とかあまりしたことから、加減できなくてすまんな。じゃあ、次で最後の質問だ。あんたはどこから来た」

「ワ、ワタシ、いや、ワタシタチはオ―」

 ざぐっ。

 その台詞を最後に、ワタシは息の根を止めた。



 

 

 

 

 

 

 

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