第11話 オリジナル

 手。視界を埋めるのは無数の手だ。私の顔を剝がそうとする。

「やめて。いたい。」

 声を発する口は顔面を埋める手で塞がれた。

「顔をちょうだい」

「もうあなたは要らないのだから」

「ただの機械-データなのだから」

 はっと目が覚める。アイは自室のベットで上体を起こしていた。目の奥が痛む。時計の針を見ると午前3時6分を示していた。

「はあ。」

 安堵と疲労を込めたため息をつく。帰還して3日が経つ。任務を終えた達成感はなく、仲間を失った喪失感を胸の中に渦巻いていた。ふいに外の空気を吸いたくなる。

 アジトから外への通路を辿り、キューのいる本棚部屋を通る。キューは本ではなく、分厚い液晶画面のついた機械で映像を観ていた。

「キュー、お疲れ」

「やあアイ。今からお出かけかい?」

「ちょっと散歩にね。なんの映画を観ているの?」

「『独裁者』という白黒映画さ。この映画、人間が作ったにしては機械の身に染みる。アイも観てみるかい?」

「いや、遠慮しとくよ」

「そうか、それは残念。」

 キューはションボリした様子で液晶画面に向き直る。アイは断った建前ではあるが、映画の男が放つ言葉に、出口の方へ向いた足をテレビに向けた。

「『you are not machine. you are men.』」

 アイは無意識にその言葉を繰り返した。

「あなたは機械ではない。人間だ」

 キューが驚いたような感嘆したような様子で振り返ってきた。アイはなんとなく居心地が悪く感じ、出口へ向かった。

 外へ出ると、閑散とした街並みの中を歩き続けた。道端で身動きしない不定職者や娼婦ロボット。以前はネオンの輝きに満ちた町も、今は点々としている。アンドロイドと人で埋もれていた繁華街も、今は一定の数で留まっているようだ。街角のひっそりとした中華とも和風ともとれる外装の店に入る。

「あら、いらっしゃい」

 店の妖艶な女主人が真っ赤な液体グラスを片手に、カウンターの席に座っている。   

 店は半人機械ご用達のバーであり、アイや他のメンバーの行きつけでもある。

 女主人はアイの姿を確認すると、数秒間の間、アイの顔をじっと見つめた後、グラスをテーブルに置き、紫色の長髪を片手で耳にかきあげながら席から立ち上がった。

「どうも。」

 アイがカウンターの席に座ると、女主人の用意したグラスが目の前に差し出された。白濁とした色でありながら、どこか透き通っている液体が注がれている。

 3杯目のグラスを空にした時、店にビリーが来た。

 ビリーが席に着くと、女主人はアイのと同じ白濁色のグラスを差し出した。ビリーはアイが酔いに身を任せている様子を傍目にし、ふっと微笑みながらグラスを口に運ぶ。

「機械ではない人間っているの?」

「さあね」

 アイの問いかけにビリーは曖昧に答える。

「少なくとも、どちらも絶対という言葉は当てはめられないという意味では同じかもな」

「なるほどね。」

「俺たちは兵士だ。そこに間違いはない」

「ええ、そうね」




 


 



 

 

 

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