第8話 回帰

 チャーリーは、自身の幼少期を顧みていた。

 ふと、兄のタキとの会話が脳内に蘇る。

「兄さん、今回の試験は何位だったの?」

「まあ、いつも通り1位だ。」

「兄さんはすごいな。俺なんか、いくら頑張ってもクラスの中間止まりだ。」

「チャーリー、順位なんか気にするな。重要なのは、お前が『何を学んだか』だ。」

 そうだ、よくこんな会話を、図書館の勉強時間の合間にしていたな。

 俺は、兄さんにあこがれていた。その頭脳に。集中力に。成績に。

 だが、兄がそれらの能力を背負い、自殺したきっかけになったのは、『母』が亡くなったことだ。

 実際の父母は、その顔すらも分からないのだが。

 というのも、チャーリーとタキは、人口体外受精卵から生まれた、戦争孤児であったからだ。彼らは身元引受人が見つかるまで、日本軍の訓練兵として、養成所に引き受けられた。『母』は、そんな彼らの教師であり、軍師であり、教育係であった。

 彼らは、最前線の武力の一員として過酷な戦争に向かう、『母』の姿を、日本軍の知識と学業を修めることで支えようとした。

 『母』は彼ら2人に、

「実際の戦場で大事なのは、いかに『指令』を全うするかということだけよ。あなたたちの『指令』は、そのための予備知識を蓄えること、いいわね。」

 と語りかけながら、よく頭を撫でていた。

 しかし、その『母』の真意は、彼ら2人を研究班に加えさせることで、実際の戦場へは赴かせたくないというものだった。後に、母の遺書から明らかになった事実である。

 母の願いは叶い、チャーリーとタキは晴れて研究班に配属された。

 タキは、戦争の殿をAIに任せる研究の第一人者、謂わばAI戦争期の第一役者になり、チャーリーはその助手だった。両者の研究に募らせる思いは、『母』の身を戦争という危険地帯から遠ざけたいという彼の願望からきていた。

 その母が亡くなったのは、20XX年、ある外国の武力派組織との抗争に巻き込まれた時だった。当時、日本軍の持つ機密書類が漏洩したことで、その情報を争い、外国との戦争が勃発した。

「今回の『指令』は、日本軍から奪われた情報の漏洩の有無を確認し、その対象を排除すること。」

 母は、任務に向かう前、その任務内容である『指令』を自身に言い聞かせるように呟く癖があった。

「情報が漏れだしたのは、ウチ《日本軍》の奴らのせいじゃないか?AI搭載型半身機械の研究書類は、今、まさに俺たちが手掛けているものだ。俺たち研究班の管理する書類は、ビッグデータの一部に厳重保護されている。それを突破できる者は、上層部からその閲覧の許可を得られる、トップの一部しかいない。」

 チャーリーが研究の中止によってもたらされた、長らくぶりの休日を味わうようにゆったりとした口調で言う。

「うるさいぞ、チャーリー。研究の邪魔をするなら、部屋を出てくれ。」

 タキは、3カ月に渡って絶え間なく研究に没頭するあまりか、その集中を妨げる弟の声に強く苛立って注意した。

「落ち着きなさい。2人とも私が必ず取り戻してくるから。安心して待っていて。」

「「あろがとう、母さん」」

 タキは自身の研究書類が奪われることに対する苛立ちよりも、それによる研究の中止に対する焦りを募らせていた。

 その『母』が、兄弟の開発した研究の情報を手に入れんとする戦争へ向かい、亡くなった。

 タキは、跡形の無い母の亡骸を拝むことなく、母の死の報せが来た翌日の日に、自身の研究室で首を吊って亡くなった。タキの机には、遺書が置かれていた。

『俺がAI搭載型半身を開発したのは、日本軍の勝利にその身を投じて貢献せよという『指令』からでもなく、戦争に向かう『母』に一滴の血でも流し、流されてほしくないという願いからでもなかった。俺は、自らの研究で払う犠牲に『母』を含めたくなかっただけなのだ。しかし、この研究を更に、更に突き詰めてゆくためには、日本だと狭すぎたのだ。外国の協力が必要だったのだ。許してくれ、母さん、チャーリー。』

 チャーリーは、兄の遺書から明かされた真実により、穢れある工作員の血縁者としての烙印を押された後、極刑を下され、27年に渡り囚人牢獄に投獄される身となった。18年3カ月目の11月9日、チャーリーの牢獄にボスのテッドが訪れた。

「君は、兄の犠牲になる『覚悟』があるか。」

「どういうことだ。」

 チャーリーのノミのようにか細い声が、うす暗い牢獄に響き渡る。

「君の兄が開発したAI搭載型半身機械は、私たちにとって十分に価値のある遺産だ。いずれ、戦争に赴く兵士はその身に機械を宿らせ、日本帝国の名を他国に響かせるだろう。君には、その礎になってもらいたいのだ」 

 テッドはそういうと、ポケットから3㎜程の球を指先に取り出し、チャーリーに示して見せた。

 チャーリーはその球を見ると、古ぼけた記憶の網をたどり、いつかの兄の話を思い出した。

「チャーリー。この研究は、この球は俺たちの日本の『核』だ。いつか、日本が窮地に陥っても、これがあれば、他国は怖くて近づけやしないだろう。しかし、これを宿すことが出来るのは『指令』を背負うことのできる者だけだ。己の血肉を、骨を、魂を、この『核』に修めることができる者だけだ。日本の『指令』を背負う未来の者たちに、全ての尊敬と希望を込めて託そう。」

 いつかの話は、チャーリーの脳内を駆け巡り、眠っていた心臓を跳ね上がらせ、全身の血流を瞬時に駆け巡らせた。新たな『指令』。兄からの『指令』。

 テッドがチャーリーの眼前に顔を寄せる。

「チャーリー、お前に『指令』を任せたい。その身にこの『核』を宿らせ、われら『ALL AI DO』の礎となってくれないか。」

「タキ…、いや、ボス。俺に『指令』を与えてくれ。」

 兄の為に。

 母の為に。

 ボスの為に。

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