第7話 指令
アイはボスの命令を受けて、目前に倒れている2人の仲間を見下ろし、2者の生存確率を比較した。サリーはそれなりの処置をすれば元通りに活動できるようだ。しかし、チャーリーはその胸に空いた銃弾の穴からどす黒い血を垂れ流し、今にも息絶えそうな、生気の無い表情を浮かべている。アイがそう思案していると、その表情が
「うぅ…」
という苦しそうな男のうめき声と共に苦悶なものとなり、チャーリーが息を吹き返した。
「生きていたの、チャーリー」
「あぁ、お前が乱暴に引っ張ってくれたおかげで目が覚めた。それより、サリーは無事か?」
チャーリーは途切れ途切れの息に、大量の血を混じらせながらその台詞を吐いた。
「えぇ、彼女は一時的に気絶させているだけ、直に起きるわ。それよりも心配なのはあなたよ。こんなに血が…」
バン。
辺り一面に轟音が鳴り響く。
グォォォォォォ。
機械的で、獣じみた雄叫びが腹の底に響き渡る。
アイたちの近くに、全長30メートルの黒龍操行機が舞い降りた。灰色の瘴気を纏っているその巨竜は見失った駆除対象を見つけ出そうと、味方機の『Pyー6y』を蟻のように踏み潰しながら、口から黒色の雷を吐き出して、灰色の更地を展開している。
チャーリーはアイに、自分の顔に近づくようにハンドサインを送る。
「時間がない。アイ、サリーを連れていけ」
アイは先ほどの轟音で遠くなった耳を必死に凝らし、チャーリーの口元に近づけた顔に苦渋の表情を浮かべる。
「わかったわ」
「じゃあな。『Bad Luck』」
「『Bad Luck』」
アイはチャーリーの右手首の『B』の彫りにキスをすると、すぐにサリーを連れて合流地点に向かった。
チャーリーはアイたちの遠ざかる姿を見送ろうと挙げた右手が震えているのに気づく。その震えが、死への恐怖によるものなのか、先ほどからこちらに迫っている黒龍の地響きの振動によるものなのか、チャーリーには分らなかった。
しかし、それはどうやら両者であったようだ。
ガン。
黒龍の巨大な脚がチャーリーの背中に覆いかぶさる。
「ぐ、ああぁ…」
チャーリーは全身に強烈な圧迫感を覚え、視界が赤黒く染まると同時に、筋肉と骨・機械パーツが砕ける音を聞いた。
バキ、グチャ。
下半身の感覚がなくなり、黒龍の口元から零れ落ちた真っ黒な血生臭い液体が視界全体に降り注ぐ。
グチャ、グチャ、ごくん。
どうやら、喰いちぎられた自身の下半身は咀嚼されているらしく、その液体が頭に降りかかっているようだ。
…頭に血が上るってのは、こういうことか。いや、正確には『降りる』か。
そんな冗談を思い浮かべながら、自身の手首の『B』の彫りを眺めた。
黒龍の口がチャーリーの上半身を包み込む。使い古された機械油と腐った血肉の匂いが混ざり合った匂いが、生暖かい吐息と共にチャーリーの上半身を覆う。
…あいつら、合流に間に合ったかな?俺はおれの『指令』に間に合いそうだ。
チャーリーは左手で右手首の『B』の彫りの部分をなぞると、その肉片を躊躇もなく抉った。すると、黒く変色した肉塊の中に、およそ直径3㎜の球体、通称『核』が埋め込まれていた。
チャーリーはその『核』を左手で摘まむと、その指先に力を入れた。
パキン。
『核』が割れる。
視界の全てが光に包めれ、周囲の一切の音が消える。
「よう、久しぶりだなチャールズ」
光の奥から懐かしい兄の姿が微笑みかけてくる。
「ああ、兄さん、久しぶり。俺、やっと『指令』を果たせたよ」
チャーリーは幻の兄の姿に語りかける。
バァン。
『核』がその衝撃波で黒龍の腹を破ると、巨大などす黒い黒煙でロシアの大地を覆った。
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