第9話 帰還
合流地点に向かうアイの背中が、チャーリーの『核』の莫大なエネルギーの放出による、瞬い閃光に包まれた。
ふと、アイの脳内に2人の幼子の会話がどこからともなく流れる。その会話は次第に大人びたものになると、遂にはチャーリーの1人声のみが続いた。
その中には、アイ達と過酷な訓練を共にした日々の記憶が遺っていた。
「Bad Luck」
それを最後に、アイの脳内に流れるチャーリーの
声が途絶えた。
そうか、これがあなたの、チャーリーの思い
次にアイの左手首の『B』の彫字が、その周囲の血管を黒く染めるように黒々と蠢く。仲間が『B』の彫字に埋め込まれている『核』を自ら消滅させる時にのみ生じる、共通信号だ。
この共通信号により、『B』を刻む者は、『核』の膨大なエネルギー放出と、その持ち主のメモリー機能、即ち魂の消滅が同調することで、一時的に仲間の記憶を共有出来るのだ。
アイは、意識を失ったままのサリーをより一層、力強く抱きかかえると、合流地点へ向かう脚を更にはやめた。チャーリーの思い出を背負うアイの背中が、その歩を進める毎に、何者かに後押しされるような感覚を強くした。
ロシア軍事基地周辺の紛争地帯を抜け、森林地帯に入ると、針葉樹林の深緑な樹々がざわめく音の中に囲まれる。それから森の奥の合流地点へ向かうにつれて、ヘリコプターの降下音が次第に強まった。
「もう直ぐよ、サリー」
アイは荒い息遣いにサリーを励ます声を交える。
ぱんっ。
背後から銃声音が鳴る。アイが振り返ると、50メートル後方に3機の「PX-3y」がこちらを追跡する姿を見せた。
厄介だ。サリーを抱えながらでは片手での応戦を要され、数手が足りない上、一機の撃墜に費やす時間が大きい。
アイは両足の踵部分に収納されているジェット噴出機を展開すると、その噴出口から青白い炎を吐き出し、稲光の如く加速した。
鬱蒼と茂った樹々の中を抜け、視界が開けた場所に出ると、目の前にこちらにスナイプ銃の銃口を向けたチャーリーの姿が現れ、その引き金を瞬時に3回引いた。
3発の銃弾はアイの右頬を1発、左頬を2発掠めると、後方の3機の「PX-3y」の頭部を、ほぼ同時に撃ち抜いた。
光のように加速したアイの身を、2人の仲間、ジョンとキングが受け止める。2人は5メートル程後退し、アイのジェット機が機能停止するのを確認すると、アイとサリーを抱えて、側の黒色の装甲に包まれたヘリコプターに乗り込んだ。
仲間は既に、合流地点に揃っていたようだ。
「ありがとう」
アイが疲弊し切った声で2人に呟く。
「どうってことない」
ジョンが神妙そうに答える。
「チャーリー、お前も早く乗り込め」
キングは平常な声で呼び掛ける。
「ああ、今行く」
チャーリーはスナイプ銃を器用に解体し、背中のナップザックに仕舞った。それから、周囲に追っ手がいないかを素早く確認する。
「合流地点クリア、ヘリで帰還する」
チャーリーは無線機に語り掛けながら、ヘリの助手席に乗り込んだ。
「皆んな準備は良い?帰還するわよ」
操縦席のユリは5人が乗り込むのを確認すると、ヘリを激しいプロペラ音と共に空高く浮遊させ、日本への帰途を辿った。
ヘリの車内の6人には、1人の仲間を喪失した事実が、その仲間が座るはずの座席が空席であるということが、何よりも重い現実として突き付けられた。
「チャーリーはもう、戻らないんだな」
ジョンは、空席となっている後部座席を振り返り、悔恨の念を込めて呟いた。
「もっと早くにサリーの異常に気づいていれば、チャーリーを救えたかもしれないわ。」
アイは、自身の行動を顧みて、その視野の狭さを呪うように言う。
「しかし、今回の任務で明らかになったのは、俺たち『新型HB8号機』の中でも、ナノ粒子の影響を受ける者と受けない者でそこに何らかの差異があるということだな。」
キングは相変わらず冷静な口調で、気絶したままのサリーを眺めて言った。
「キング、お前は本当に血も涙もないのか」
チャーリーが咎める。
「そして、もう1つ。アイの状況判断機能が極めて正確であるということだ。もう3秒ほど判断が遅ければ、サリー諸共、ロシアの黒龍型装甲機『BD–03』の餌食になっていた可能性が高い」
キングは淡々の述べる。
「ありがとう、キング」
「何か礼のされることを言ったつもりはない」
キングはアイの返事に、相変わらず気持ちを込め
ず応える。
「そろそろ着くわよ」
ユリが5人に伝えると、ヘリはオホーツク海北部の海上軍部施設のヘリポートに降下を始めた。
ヘリが到着すると、リーダーのテッドがアイ達の帰還を迎えた。アイ達はヘリを降りた後、直ぐにリーダーを迎える隊形をとる。
「帰還報告。1班・2班、1名を除き、6名の帰還を完了。」
アイが明瞭な声を張り上げる。
「報告受領。1名の勇気ある使命を『B』に刻み、この命が続く限り、これからの任務遂行にその使命を、その命の燈を遺してゆけ。」
テッドの言葉は、6人の『B』の彫字を、『新型HB8号機』としての生き様を象徴する様に、何処までも透き通るような黒に彩った。
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