第4話 仲間

 アイは食事を終え、B8階の宿泊棟にある自室に戻って着替えをしていた。自身の左手首に刻まれている『B』がつと視界に入り、茫然として見入ると、文字を刻まれた時の、肌の焼きただれるような激痛が蘇った。しかし、その刻印が刻まれる瞬間の痛みを思い出すことはできるものの、それまでの記憶、つまり「ALL I DO」の傘下に加わるまでの自分の記憶は、自身の心の奥深くに閉ざされているかのように、その断片すらも拾い集められなかった。

 ずっと以前に、そのことについてビリーに訊いたとき、

「覚えていたら、なにか良いことがあると思うか?俺とお前も、お互い別々のスラムから拾われて今ここにいるってのは、ボスから散々言われながら鍛えられたろう?ちなみに俺が覚えているのは、よく警察のガラクタ野郎どもと追いかけっこしてたってことだけだな」

 という、いかにも不良が使いそうな自慢台詞を、そのセリフにそぐわないやけに神妙そうな顔で言われたということは明確に思い出せるのだが。いずれにせよ、ビリーの言ったように自分の出身、いや、拾われどころがどこかのスラムであるということだけは確かなのだ。

 ボスは、彼ら2人を含めた374名の『ヒトの候補者』を、同時に、別々のスラムから拾われたときから半人兵器としての軍事戦闘力をその身に宿らせるまで、ありとあらゆる戦闘訓練・演習をもって鍛え上げた。

「スラムのごみは、文字通り吐いて捨てるほどある。この中にダイヤの価値を持つものがいれば、自ずと拾いあげてやろう。しかし、そうでないものは、掃き溜めのごみ箱の底へ逆戻りだ。自らの精神・肉体を削り、その価値を示すしかお前たちの生き残る道はない。」

 訓練中のボスの口癖である。

 それらの訓練を施された者の内、最終的な選考で残されたものは18人だけであり、新たな18個の『B』の文字が、其々の身体に刻まれた。

 アイとビリーはそれらの訓練の成績で常にトップを争う仲だった。しかし、当時の2人の放つ独特な乾いた空気感は、他の誰よりも陰湿な過去を表していたかのようだった。

 ボスは18人に、特殊軍事演習プログラムとして、「新型HB8号機」の実装を施した。具体的には、其々の人体の半部分を「核内包兼ナノ粒子対応型電装機」として、新たな「ALL  I DO」の武力に加えたのだった。

 それから、18人がチーム編成されて、初めての任務「ロシア基地付近におけるのPNー6yの排除」が遂行された。

 ロシア内部では、極秘でAI核ミサイル開発が進行されている最中、その警戒に新型武力警備機「PNー6y」が、軍事基地周辺で大量に運用されていた。そこで、日本はロシアに「新型HM8号機」を送り込むことで、ロシアの研究開発の進行を阻むとともに、両国の武力関係の調整を図った。

 アイたちは自分たちの初任務として、いかにその実力を発揮しようかと戦意に溢れていたが、その戦意は意外な形で削がれることになる。アイが意気揚々として壊滅させようと狙いを付けたロボットたちは、その銃の引き金を引かれるまでもなく、次々と自爆していったからだ。まるで次の瞬間には自分が攻撃されるということを察知したかのように、そのロボットたちは自爆行為を繰り返した。その時、ロシア軍基地周辺は、電磁パルスの散布区域と化しており、その影響で「PNー6y」のプログラムのバグが引き起こされていた。ロシアは自分たちの軍事開発の脅威を把握した上で、その進行を妨げる存在に対処するべく、自国の新型武力警備機をデコイにしたのだった。

 その影響は「PNー6y」だけでなく、アイのチームメンバーの1人、サリーにまで及んでいた。

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