第11話 天使の嫉妬

そして夕刻。部屋着のままのナルミアーナが大食堂に姿を現した。飾り気はなくとも、いや飾り気がないからこそ、彼女の魅力が一層とあらわになっている。一見するとナイトウェアとも見える、レースをあしらった白いワンピース。そこから見える白磁のような首筋はひどく輝いて見えた。特にタダオにとっては。


「おう! 全員揃っとるかぁ!」


美しくも芯があり、隅々まで通る声でナルミアーナが言う。


「全員揃っております。ではお嬢様、こちらをどうぞ」


「おお、ありがとのぉ。おーし! 全員酒ぁ持ったのぉ! ほんだらワシの卒業を祝って乾杯じゃあ!」


「乾杯!」

「かんぱーい!」

「お嬢様ご卒業おめでとうございます!」

「お嬢様に乾杯!」


乾杯の合図と同時に軽快な音楽が流れ始めた。


「おお? 楽団呼んだんかぁ?」


「差し出がましい真似とは思いましたが少しでもお嬢様に楽しんでいただきたく」


「ええ、ええ。さすがぁタダオじゃあ。よおやった。で、よお今の時期に来てくれる楽団があったのぉ?」


「おそれながら、有名どころは全て予定が埋まっておりました。しかし彼らはその前衛さゆえに酒場でしか活動ができない集団です。そのため今夜の予定を酒場からこちらに変更してもらいました」


「ほお? ワシが歌うような讃美歌とはえれぇ違うんじゃのぉ。じゃが……ぶち楽しそうな曲じゃあや。ワシぁこいつら好きじゃのぉ」


通常の場合楽団と言えば最低でも二十人はいる。多い時には百人はゆうに超える。

しかし、彼らは四人しかいなかった。しかも演奏しているのはそのうちの三人。楽器はナルミアーナが見たこともない弦楽器だった。


『なーひぃー!』


『へい!』


『はっ!』


軽快な曲の合間合間に掛け声が入る。演奏をしていない者は声を出す役割があるらしい。


「ええのぉ。あいつぁええ声出すじゃねぇか。ますます気に入ったでぇ。あいつら何てぇ楽団じゃあ?」


「マギカルと申します」


「分かったでぇ。覚えといちゃるわ」


ナルミアーナはリズムに身を任せ踊り始めた。それは普段のパーティーで踊るようなワルツやタンゴとは全く違っている。マウントマウス家に長らく仕えている彼らでさえ見たことのない踊りだった。

ナルミアーナ本人とて、自分がどのように踊っているかなど自覚していないだろう。ただ音楽に身を任せて体を動かしているのだから。


もしもこの場に流行に敏感な有識者がいたならば、その音楽をこう言っただろう。

『ロカビリー』と。


「おらぁおめぇら! ぼーっとしてんじゃねぇどぉ! 今夜はとことん楽しむんじゃあ! もっと飲め! そんでおめぇらも踊れぇや!」


家臣達はただ呆けていたわけではない。ただ、ナルミアーナの踊りがあまりにも軽快かつ蠱惑的だったために目が離せなかっただけのことだ。特にタダオは。


「おらぁタダオぉ! おめぇが先に踊らんで誰が踊るんかぁ! さっさと来いやぁ!」


「は、はいっ!」


いつも冷静沈着なタダオらしくもない。急に我に帰り、ナルミアーナの側に駆け寄り、踊り始めた。


「ぎゃはははぁ! やるのぉタダオぉ! それじゃあそれそれ! がんがん踊れやぁ! おらぁおめぇらもじゃあ! 踊れぇ! 夜ぁこれからじゃからのぉ!」


タダオの踊りは正統派ワルツだった。その姿勢は美しく、流麗で隙のない踊り。それゆえに音楽とまったく合っておらずナルミアーナに笑われてしまったのだ。


しかし、笑いはしても咎めることなどないナルミアーナだ。他の家臣も続々と踊り始めた。思い思いのスタイルで。


『へい!』


そして一曲目が終わり、束の間の静寂が訪れた。


『えー、聖女と誉れ高いナルミアーナ・クレ・マウントマウス様の卒業パーティーで演奏らせてもらえるなんて最高です。俺らのやってる音楽はー、ここから遥か西の地。ブリテイン領でセツオ・ブライアンって男が生み出したロカビリーってのが元になってます。どうやら聖女様にも気に入っていただけたようで……ありがとうございます! 今夜ぁとことんいきますぜ! 次の曲は!』


『血塗れの夜』


この夜、ナルミアーナは貴族としての身分も忘れ聖女としての肩書きも忘れ、心から楽しむことができた。


終盤は彼らからステージに迎え入れられ、一緒に歌うほどに。


『そろそろ時間のようですから、最後の曲いきます。聖女様を前にすれば……きっと天の御使いだって嫉妬する。俺たちはそう思ってます。だから作った曲です! 聖女様! 一緒に歌いましょう!』


「ええでぇ!」


『天使の嫉妬』


身の丈ほどもある四本弦の楽器が低音を弾き出す。

軽快で規則的な打撃音が踊り出す。

肩から吊り下げた六本弦の楽器が歌うように音を紡ぎ出し……

最後の一人は跳ねるように歌い出した。

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