第10話 王子トシスイの依頼

トシスイと入れ違いに屋敷に帰ってきたのは執事のタダオだった。


「お嬢様、ただ今帰りました。何やら屋敷の様子がおかしいようですが……」


「おおタダオ。大したこたぁねぇ。ちーとワシぁ自分の器の小ささが嫌んなっちょるとこじゃあ……」


「器の? お嬢様ほど器量の大きい方を私は知りませんが?」


「世辞ぁええんじゃ。おうタダオぉ……今夜ぁ飲むでぇ。おめぇも、いや屋敷中のモン全員で飲むけぇのぉ……」


「は、はい」


そう言ってナルミアーナは自室へと歩いていった。その後ろを追随するのはもちろんウニミだった。タダオに向かって一度だけ頷いてから。


玄関ホールから二人が消えた後、タダオが口を開いた。


「で、何があった? 説明してくれ」


説明するマサオ、説明を受けるタダオ。


「なるほどな。ではマサオ、お前から見て今日のお嬢様はどうだった?」


「はい。いつも通りの振る舞いをされていたかと思います。ですがトシスイ王子のことはもう信じられないともおっしゃってました」


「いつも通りか……あのようなことがあった翌日にもう……分かった。ご苦労だった。下がっていい。みんなも解散してくれ。今夜はお嬢様と楽しく過ごすことだけを考えておいてくれ」


現在は家令がマウントマウス領にいるため上屋敷詰めの家臣の中で最上位なのは執事であるタダオだ。場を仕切るのは当然のことだ。




ナルミアーナの自室にて。


「お嬢様……本当にお歌いになるおつもりですか……?」


「当たり前ぇじゃあ。ワシに二言ぁねぇ。と言いたいところじゃが、昨日から二言だらけじゃのぉ。自分が嫌んなるでぇ……」


「女とは気まぐれなもの。それでようございます。それよりお嬢様、王子の気持ちを取り戻すことはもう必要ないと考えてよろしいのでしょうか?」


「おお。はぁええ。三日後、婚約披露パーティーたら言うたのぉ。それで歌ぉて全部終わりじゃあ。トシのこともきれいさっぱり忘れるとするわい。せいぜい本気で歌ぉちゃるけぇのぉ」


「さすがお嬢様。どこまでも高潔でいらっしゃいます。では後のことはお任せください。お嬢様はどうか心安らかにお過ごしください」


「ウニミぃ……ありがとのぉ……」


「もったいないお言葉です」


それからナルミアーナは服を脱ぎ、浴室へと歩いていった。


「おっと、そのコートは捨てんなよ? 臭ぉて汚ぇコートじゃがのぉ、ワシにぁ大事なもんじゃからのぉ」


思い出したかのように振り向いて言う。


「存じております。穴を繕い、洗っておきます」


「さすがウニミじゃあ。頼んだでぇ」


ウニミ・イガールはこんな時いつも思う。どんな襤褸ぼろを着ていても美しいお嬢様ではあるが、本当に美しいのは浴室に向かって堂々と全裸で歩く後ろ姿ではないかと。

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