第9話 来訪者トシスイ・ヒコットランド
「お嬢様! おかえりなさいませ!」
「おかえりなさいませ!」
「おう。帰ったでぇ。誰が来たんなぁ?」
門番にも気さくに声をかけるナルミアーナ。
「そ、それが……」
「と、とにかくお入りください」
ナルミアーナは門番にそう促され、屋敷に入った。すると、玄関にいたのはトシスイ。第二王子トシスイ・ヒコットランドだった。
まだ応接室に通されてないという事は、ちょうど今来たばかりなのだろう。
「と、トシ……な、なんしに来たんじゃ……?」
「ナルミアーナには仁義を通しておこうと思ってな。私は今日、ヒラミヤコ家のフランソワーズと婚約をした。そして三日後、婚約披露パーティーを行うことになった」
後頭部を鈍器で殴られたかのような衝撃。目の前が真っ暗になる。ナルミアーナは地面に倒れてしまいたくなった。
だが……
「それかぁ……今さらワシにゃあ関係ねぇじゃろうがよ……なっしワシに知らせに来たんじゃあ……」
「仁義を通すと言っただろう。言わずとも知れることだが、私の口から知らせることがせめてもの情けでもある。お前なら分かってくれるだろう?」
分かるはずもない。お前こそ自分の辛い心の内が分かるのか……と叫びたいナルミアーナだったが、この後に及んでもトシスイの前ではつい虚勢を張ってしまう。だから返答は……
「お、おお、そうじゃの……分かったいや。達者で暮らせぇのぉ……」
マウントマウス家の家臣達、ウニミやマサオに限らず、トシスイの声が届く範囲にいる者は例外なく激昂していた。どれだけ無礼な真似をすれば気が済むのかと。もしナルミアーナが一言でも「いけ」と言えば全員が刃物を構えてトシスイに飛び込むことだろう。
「それから、これは無理なら無理でいい話だが」
「なんじゃあ。言うてみぃ……」
ナルミアーナはとっくに冷静さを失っている。自分を捨てたトシスイがあっさりと他の女と婚約をし、あまつさえそれを自分に知らせに来た。
取り戻す、もう信じられん、忘れた。ナルミアーナが言ったことは全て本音なのだろう。
そんなトシスイが目の前に現れて他の女の話をしている。それでもトシスイを憎めないのがナルミアーナなのだろう。
「婚約披露パーティーで奉祝曲を歌える者を探している。だが声の美しさで選ぶならお前しかいない。フランソワーズもお前の歌声を聞きたがっている。どうだ?」
「ふん、美しさかぁ……まあええ。やったらぁ。歌ぉてやる」
「さすがは聖女ナルミアーナだ。楽しみにしている。ああそうだ、当日は教会の大司教猊下もお呼びしている」
「ジジイもか。まあええじゃろう……お前らの婚約……せいぜいええ
「用は済んだ。おっと、当日はそんな汚い格好で来ないでくれよ。美しいお前には美しいドレスが似合う」
「ワシがどんな服着ようがのぉ、はぁおんどれにゃあ関係ねぇんじゃ……」
「ふっ、それもそうだ。ではナルミアーナ、三日後を楽しみにしている。これは招待状だ」
「おお……」
結局玄関先の立ち話でまとまってしまった。家臣達は怒りが収まらないようだが、ナルミアーナがそう決めた以上口を挟むことはない。
そしてトシスイは身を翻し、颯爽とマウントマウス家を出ていった。その背中はナルミアーナが知る彼よりも自信が漲っているように見えた。
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