第8話 上屋敷の来訪者

学園をぐるりと一周。それなりの距離はあるのだが二人は悠々と歩いたようだ。


「のおマサぁ。後輩ってのぁかわいいもんじゃのぉ。」


「そうですね。ですがそれもお嬢様の人徳かと。身分、性別、年齢を問わず常に同じく態度で接するなんてお嬢様にしかできないことかと。」


「どうだかのぉ。それにしても……ワシぁもうここに来ることもないんじゃろおのぉ……」


「いえ、お嬢様ならば学園側から講師として招かれることもあるかと。」


「そうかのぉ……まあええ。そん時ぁそん時考えるとするわい。おし、帰るでぇ。たまにぁこうして何も考えんと歩くんもええもんじゃのぉ。」


「僕もそう思います。そもそもお嬢様は今までがお忙しすぎたのです。これからしばらくはのんびりとされてください。」


「それもそうじゃのぉ。それよりマサぁ。おめぇワシがマウントマウスに帰ったらどうすんじゃあ? おめぇも来る気なんかぁ?」


「当たり前です! お嬢様が住む場所の庭は全て僕がお世話をするに決まってます!」


マサオ・エルボリバは捨て子だった。おそらく親は大きい屋敷なら育ててもらえるとの目論見でもあったのか。それとも孤児院前に捨てられない事情でもあったのか。いずれにせよマサオは王都のマウントマウス家の上屋敷、その門前に捨てられていた。

相談の末、子供のいない庭師夫婦の養子として育てられ今日まで生きてきたのだ。

ナルミアーナより四つ歳上のマサオはすでに庭師としてどこに出しても恥ずかしくないほどの腕を持っている。マウントマウス家専属とならずとも、独立して生きていくことも可能なのだ。事実、そのことを知ったナルミアーナからはいつでも好きにしていいとの言葉も貰っている。いるのだが……マサオの返事はいつも同じだった。


「おめぇも物好きじゃのぉ。あねぇな辺鄙な所に来んでものぉ。王都の方が何でもあろうがよ?」


「いえ、お嬢様がおられないならそこは不毛の地も同然です。庭師の小倅にしか過ぎない、それも捨て子の僕を家臣と呼んでくれるような貴族が一体どこにいましょうか!」


「家臣も家族も似たようなもんじゃけぇのぉ。まあええ。おめぇが来てぇんなら来りゃあええ。マウントマウスぁ山しかねぇけど、その分ええとこじゃけぇのぉ。」


「大違いですよ。しかも家族とまで言ってくださるんですか……もう一生ついていくしかないじゃないですか……」


「好きにせぇや。トシだってワシの家族になるはずじゃったんじゃがのぉ……」


「お嬢様……」


「へっ、さすがに昨日の今日で忘れられるはずぁねぇわのぉ……やれやれじゃいや……」


後輩達の前では強がっていたナルミアーナだが、やはり身内の前では本音を語るようだ。


「お嬢様……」


「バカたれぇ。おめぇがそんな顔してどねぇすんじゃ。振られたんはワシじゃあ。おめぇは振られたワシを笑っときゃええんじゃ。のぉ?」


「笑えるわけないですよ……僕はトシスイ王子も……あの女狐も……絶対許しませんよ!」


「ほっとけや。もうワシらとあいつらにゃあ何の関係もねぇ。おめぇもマウントマウスに来るんなら……あっちで楽しくやろうでぇ?」


「そ、そうですね……お嬢様がそうおっしゃるなら……」


「おーし、話しよるうちに着いたかよ。タダオは帰ってきちょるんかのぉ。今夜ぁ飲むけぇのぉ。おめぇも来いのぉ。全員でバカ騒ぎするでぇ!」


「はい!」


「ん? あの馬車ぁ……」


上屋敷に帰り着いたナルミアーナが見たものは、馬車。それも王家の紋章の入った馬車であった。

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