決戦前々日
例年四日間にわたって行われる学祭の二日目は、冷たい雨に降られた初日に続いてどんよりと雲がかかった、実に冴えない天気だった。
もっともセレモニーだけの初日と違い、模擬店と展示がはじまる祭り本番の日ということもあって、周囲には景気の悪い空模様を感じさせないほどの熱気があふれている。
「――モコモコのルームウェアとかスリッパを贈る」
「やりそう」
「とりあえずピンクのやつは褒めとけみたいな風潮」
「わかる」
「すっぴんの方が可愛いよとか言っちゃう」
「え、それ何がダメなん?」
そんな中、かみやんをふくむ友人たち三名は何故か真剣な表情でよく分からない議論に熱中していた。
「……さっきから皆して何やってんの、それ」
いや本当に顔寄せあって何してんだろう。
「はー? 空ばっか見てないでちゃんと聞いとけよなー、いおりん」
「これだから彼女持ちはよー」
「それ関係ある??」
「ここはむしろ有識者のしのっちにこそ積極的に発言してもらいたさある」
「有識者って、だから何の話をしてたのさ」
「「「テーマ、非モテがやりがちなこと」」」
「ええ……」
何だってそんな不毛で景気の悪い遊びをはじめちゃったんだ。
あと自慢じゃないけどそのテーマだと有識者の意味が非モテ的な方向に変わってくるぞ、僕の場合。
……あれ、もしかして最初からそっちの意味なんだろうか。
「イメトレイメトレ」
「やらかさないためにはこういう普段からの気づきが大事みたいな?」
「むしろそっち側に思考引っ張られてやらかしそう」
「は? 黙れ非童貞」
「ミスコンファイナリストと回る学祭は楽しいか?」
「いきなりピキるじゃん……」
ちょっと沸点低くないかな。
あと普通に楽しみだけどって追い打ちは、せっかくのお祭りだし止めておこう。誰も幸せにならないしな……
なお当の
「っかー、我ら生まれる日は違えども童貞を捨てるのは同じ日、同じ場所でって誓ったのになー!」
「身に覚えが全くないな……」
「ナニ園の誓いだよ、誰子もそこまでは言ってねーわ」
というか同日で同じ場所ってなると、それは単に皆で中洲のそういうお店に行こうって話になるのでは?
そこまで切迫した非モテ話はした覚えないぞ。
「でもまぁ、そんなに女子と回りたいなら適当に声かけてみたら? ウチが無理でも他学の子とかさ」
規模で言えば市内の大学にはもっと学生が多いところもあるけど、立地と模擬店の多さもあって賑わい的には負けてない。
いかにも外部っぽい女子グループなんかも結構見かけるし、雰囲気的には割とハードルが低いと思うんだよな。
「や、それはちょっと……」
「別にそういうんじゃないし……」
「弱い」
「いやいやしのっち、今日はまだ男子会なだけだから!」
「「そうそう」」
「今日『も』じゃない?」
別にそれに文句をつける気はないけどさ。
じゃあ自分が声かけて見せろって言われても非常に困るし。
「はー? 今日『は』であってますー」
「明日はよっしーの伝手で福祉大の子たちの案内すっことになってっから!」
「へえ、そうなんだ」
「いおりんには紹介してやんねーけどな!」
「いや、それは別にいいけど。紹介されてもむしろ困るというか。でもそこ頑張ったなら今日ちょっと声かけてみるくらいできない?」
「いや、そこはほら、心の準備とかあるじゃん?」
「断られて少年のハートに傷がついたら耐えられないし……」
「明日のために本気とっておいてるだけだから……」
「うーん、この」
露骨にトーンダウンするけど、こんな調子で明日は大丈夫なんだろうか。
「ほならね、いおりんがお手本見せてみろって話なんですよ」
「むしろそこはいおりんが彼女持ちとして俺らにアドバイスくれるべきじゃね?」
「しのっちの経験は今日この日のためにあったのでは?」
「絶対に違うと思う」
あと女子にスマートな対応をしたいなら、確実に僕以外に話を聞いた方がいいと思うぞ。
「そこはほら、簡単な心構えとかでいいからさ、頼むよしのっちー」
「うーん、でもまぁ相手が乗り気なら話とか振ってくるだろうし、無理にいいところみせようとするよりも受け身でよくない? 聞き上手がモテるって聞いた気はするし」
「聞き上手ってそれ日ごろから話をする関係性が前提じゃね?」
「乗り気じゃなかったらどうすんのよ」
「そんな状況をどうにかできるアドバイスは僕の力を越えている……」
「はーつっかえ!」
「解散、閉廷! 帰っていいよ!」
「そろそろ怒っていいかな、これ」
理不尽な流れにちょっと声が低くなると、友人たちは素直に頭をさげた。
「ごめんて」
「わりーわりー」
「あ、そーいやミスキャンはどんな感じなん? 俺も一応知り合いに声かけといたけど」
「あ、それはサンキュ。うーん、SNSなんかは結構反応あるけど、どうかなあ」
露骨に話題を変えてきたな……まぁ引っ張っても不毛だから乗っておくけど。
「結局あれって特設サイトの投票結果見えないしなぁ、実は出来レースって話は結構あったわ」
「まぁ、そういう話は出るだろうね」
「いやいや、でも四年の人に聞いたら、わりと毎年読めないっつってたぜ?」
「グランプリは割と納得ってのが多いらしいけど、特別賞だっけ? あそこら辺は結構意外なのもあったってさ」
「お、おう……そうなんだ」
なんだろう、思ってたより結構皆しっかりと調べてるんだな。
とはいっても意外な選出っていうのも、ステージでのパフォーマンスとかは動画で残ってるわけじゃないし、あくまで個人がそう感じたってだけかもしれない。
「ただまぁ、今年はレベルたけーしなあ。
「ネットで百瀬さん関連のつぶやき誰かがまとめてたもんなー」
「そんなことになってるのか……」
うーん、しかしやはり厳しい戦いになりそうなのは間違いないか。
天道の勝利を祈る、同時に過剰に期待して凹まないようにする、と高度な柔軟性を保ちながら臨機応変に対応していく必要があるな。
「しっかし、SNSつったら天道もだけど、葛葉宛っぽいエグイコメントちらほらあったよな」
「あー、それ俺も見た。秒で消してたりとか、そこんところ本人はどうなん? 大丈夫そ?」
「そりゃ面白くはないけど、まぁ直接名前出してたりするのは少ないし……つかささんもわざわざそういうの首突っ込んだりはしないだろうし」
さすがにミスキャンの公式SNS宛てにはなかったけれど、タグをつかった発信なんかでは二人を揶揄しているらしき発言も探せば見つかった。
敵視してる女子っぽいコメントもそうだけど、葛葉のほうはちょいちょい元カレっぽい病み発言とかもあるんだよな。
「――まぁ? つかささんをつかまえてブス呼ばわりしてるのは失笑したけど?」
「お、おお……しのっちが黒い」
「いや、言いたい気持ちはわかるわ、完全に負け惜しみだろソレ」
「それな」
「きっと芸能人みたいにお綺麗なんだろうなあ、って自撮りの画像探して履歴を漁っちゃったよ」
「コイツ、なんて目を……」
「わかった、この話はやめよう。ハイ、やめやめ」
自分のことではなくてもエゴサはやっぱり精神健康上良くないんだなって。
あやうくクソリプを飛ばすBotみたいになって、SNSのダークサイドに落ちるところだったもんな……。
「メシ、なんかメシ食いに行こうぜ。俺らの明日といおりんの午後のために!」
「かみやん! オススメ頼んだ!」
「え、俺? えーっと、確か普段鉄板焼きでバイトしてるのが焼きそばやっててヤバそうって話」
「うし、じゃあとりあえずそこで。いおりんもいいよな」
「いいけど、焼きそばって女子には評価されない食べ物じゃないかな」
女子が食べないなんて言わないけど、男女で、それもまだ付き合いの浅い状況だとちょっと選びにくい気はする。
そんな素朴な疑問を口にすると、友人たちは途端に黙り込んでしまった。
「――あー、なんか、ごめん」
「いや、いい勉強になったわ……」
「そうか、そうだよな、焼きそばはエモくねえし映えないもんな……そういうところやぞ」
「映え要素は否定できないけど、エモさは関係なくない?」
しかしなんか僕いっつも焼きそば食べてる気がするな……。
§
「そう、
「ええ……」
合流後、午前のうちの話を聞いた天道は実に楽しそうに笑ったけれども、果たして非モテ男子たちの日常に対してその感想は適当なんだろうか。
「それで、焼きそばはおいしかったの?」
「そこはまぁ、言われてただけのことはあったかな」
「なら私も明日食べてみようかしら」
「つかささんのお眼鏡にかなうといいんだけど」
話題になるだけはあって、学食で普段出てくる焼きそばよりも上だった気がするけど、あんまり期待のハードルはあげないでほしい。
「あら私、別に美食家気取ったりしないわよ? なんでもおいしく食べられるし」
「そうかな……そうかも」
確かにプールやお祭りやらでも、確かに天道が食べ物に注文つけたことはなかったかな。
コンテスト本番はまだとはいってもすでに本日も気合ばっちりな彼女の姿に、なんか気負ってしまっているのかもしれない。
そう考えると当然のように繋がれている手もなんか汗ばんでる気がするな……。
「伊織くん、なにか緊張してる?」
「ソンナコトナイヨー、で、どっから行こうか。お腹は空いてない?」
自分でもようやく自覚した心中をあっさり読んでくるのを適当に誤魔化す。
「ええ、軽く入れておいたから大丈夫。お菓子とか、飲み物くらいなら付き合えるけど」
「僕ももうちょっとあとでいいかなあ」
天道はもちろん、僕の方もなんだかんだとサークルの展示の詰めやら友人の手伝いでバタバタしていて、今日のところはわりとノープランなんだよな。
「うーん、じゃあ行っておきたいところとかは?」
「そうね、グリークラブの発表は明日で、
人の流れを遮らない位置に動いてパンフレットを広げると、当然のように天道がそれをのぞき込む。
それでさすがに今更動揺したりはしないけど、ボーイズオンリーイベント(スリーデイズ)だった去年の僕が見たら目を疑う光景だろうな。
相手が天道であるってことを考えると二重の意味で。
「僕、お茶の作法なんてまた聞きのうろ覚えなんだけど、大丈夫かな」
「別に少し間違えたからって怒られたりしないわよ」
「でも無作法なもの知らずって後々まで語り継がれると恥ずかしいし……」
僕一人だけならともかく天道と一緒に参加は余計印象に残るだろうし。
「じゃあ行く前に手順を説明してあげる、あとは実際に私を見て確認しておけば、そこまで複雑でもないから大丈夫よ」
「それならまぁ、なんとかなりそうかな。お願いします」
「ええ、任せておいて」
自信満々なのはいつものことだけど、そういう天道は実に頼もしかった。
やはり持つべきものはお嬢様の恋人だなあ、逆に恋人がお嬢様でなかったらお茶会にいく機会がそもそもない気もするけど。
「それと明日、明後日はちょっと約束してる発表があるんだけど、大丈夫よね?」
「うん、平気。でも案外つかささんも付き合い多いんだね」
「『案外』は余計。伊織くんは? なにか約束はないの?」
「んー、僕の方は特にはなかったかな……」
「そう、やっぱり友達少ないのね」
「チクチク言葉はやめよう?」
僕からはじめてしまった話だけども、きっちりやり返されるな……。
「別にキミはそれを気にしてたりしないでしょ?」
「それはそうだけど」
うーん、敵わない。
まぁ天道が楽しそうだから良いか……。
「それじゃあ行っておきたいところは? 私はね、台湾スイーツの模擬店」
「へえ、そんなのあるんだ。でもお茶を飲みに行くなら、ちょっと時間を開けた方がよくない?」
お茶だけじゃなくて多分菓子も出るんだろうし、まぁ量的には大したことはなさそうだけど。
「そうね、じゃあ裏千家に顔を出して、次に伊織くんの希望のところにいって、お腹が空いてきたら模擬店でなにかつまむ、どう?」
「ん、じゃあそれで。えーと、今日のプログラムだと、アメフト部のタックル体験はちょっと行ってみたいかな」
「いいけど、大丈夫?」
「人相手にするわけじゃないし、部員がちゃんとしたぶつかり方教えてくれるらしいから、大丈夫じゃないかな」
「ならいいけど、怪我はしないでね」
「気をつけとくよ、それとほら希望者には本人許諾がある場合のみタックル用のバッグに顔写真貼らせてくれるんだって」
「よくそんな企画通ったわね……というか誰かに恨みでもあるの?」
「いや、特にはないけど」
僕の場合あえて誰かの写真を貼るとしたら父のかな……。
最近迷惑していると言えば葛葉だけど、そっち選んだら天道がどうして私にタックルしないのとか言いだして収拾が着かなくなる気がする。
「あ、ごめんひとつ忘れてた。漫研の知り合いに展示見に来てくれって言われてたんだけど、つかささんってそういうの興味ある?」
「正直に言えば全然ね」
「だよね」
天道もメジャーな漫画やアニメとかなら全く知らないってわけじゃないけど、オタク趣味からはほど遠いところにいる存在だしなあ。
僕の付き合いでゲームとかにも、多少は触れはじめているけどハマるような気配もないし。
「伊織くんについていくのは構わないけど、あちらに迷惑じゃない?」
「や、別にそこまでは言わないと思うけど……」
漫研にだって女子は普通にいるし、ミスコンファイナリストなんて属性的には陰と陽で対極みたいな存在とはいえ、ぶつけて対消滅するわけじゃないだろうし……。
「そもそもどういう発表をしてるの?」
「えーとたしか会誌を配ったり、絵とか造形物の展示とか? あぁ、あと今年はコスプレもあるって言ってたかな」
「そう」
学祭で十八禁ってことはないだろうし、天道なら興味がないからってディスりはしないだろうし、案外楽しみそうな気はするんだよな。
とは言え、やはりオタクならざるものを積極的にそういう場に連れていくと、気まずい空気になりがちなのはよく聞く話だ。
僕としてはどっちでもいいけど、やっぱり一人の方がいいかという結論に傾きつつあると、考えこんでいた天道が何かに気づいたように顔を上げた。
「伊織くん、コスプレって、漫画とかゲームのキャラのよね」
「うん、多分」
「それってマネキンに着せたりして飾るの?」
「や、多分誰かが着るんだと思うけど」
そもそもコスプレって衣装が自作にせよ既製品にせよ「そのキャラになりたい」から始まる趣味っぽいし。
仮に衣装を作るのは好きだけど、自分が着るのは……って人がいたとしても、それなら誰かに着てもらう方向になるだろう。
「そう、じゃあ私も一緒に行くわ」
「あ、そう? えーとじゃあアメフトのあとでいい?」
「ええ」
なんだか急に乗り気になった天道をちょっと不思議に思いつつ、僕らは茶会が行われる和室へ向かった。
天道は当然のように絵になる姿を見せた一方で、僕の頭は教えてもらったそばから手順が抜けて冷や汗をかくことになった。
§
「あれー、伊織クン、つかさちゃんも。どうしたとー?」
「どうして」
「やっぱり」
昔のアメフト漫画の技を真似しようとして普通に止められたタックル体験を終えて、向かった漫研のスペースに待ち構えていたのはコスプレをした葛葉
ピンクのウィッグを被り、黒い衣装に身を包んで人気漫画のキャラに扮したその姿は、似合っているとか似てるとかいうそれ以前に、なぜ葛葉がコスプレしているのか、を問答無用で納得させるものがあった。
「ちょっと真紘、剣を振り回さないで」
「あ、ごめんねー」
「……葛葉って漫研入ってたっけ?」
「入っとらんよー。あんね、このコスプレはウチしかできんけんって頼まれたと」
「それはそうでしょうね……」
天道が呆れたように言うのも分かる。
なにせコスプレ元は、体の一部がスゴイデカイ設定のキャラなのだ。ついでにニコニコと愛嬌のある感じなのでその点でも葛葉にマッチしていた。
谷間の見せ方は場を考えてか原作より少し控えめで、それ以外の露出は元々それほどでもないのだけど、大多数の人にはまず再現不可能だろう。
下手をすれば天道でも胸が小さいって言われそうだからな……。
まぁ詰めたり盛ったり、あとは画像加工とかならどうにでも出来るんだろうけど。
「原作再現にこだわっちゃったかー……」
「ねえねえ、二人ともウチを見に来てくれたと?」
「違うよ、たまたま知り合いに呼ばれてたから来ただけ」
知ってたら来なかったよ、とまでは言わないけども。
というかそうか「今年は……すごいぞ」って知人がやけに貯めて言ってたのは葛葉のことだったんだな。
まぁ言いたくなる気持ちは理解できたけど、それはそれとして緑のカラコンってちょっとこわい。
「えー、なんでー、つかさちゃん教えてくれとらんと?」
「どうして私がわざわざそんな塩を送るようなことしなきゃいけないのよ」
「だってウチ今伊織クンに連絡せんでっていわれとるもん」
「葛葉って変なところで律儀だよな……」
コンテストで白黒つけるまで、天道に見えないところではアプローチ禁止ってことになったんだけど、最初の接近禁止とかもなぜかちゃんと守ってたし。
「えへへー、えらかろー? 見直した?」
「でもまぁ、猫を助ける不良みたいなものかなって」
「えーひどかー」
そもそも接近禁止を言いたくなる振る舞いしてるから、その後で大人しくしててもマッチポンプ感が酷いんだよな。あと僕別に猫好きじゃないし。
「あれ、でもつかささんは葛葉がコスプレするの知ってたの?」
やっぱりって言ってたし、漫研行くって聞いたときもなんか変な感じだったしな。
でもそれなら止めたり、日を改めさせてもよさそうなものだけどと視線を向けると天道は渋い顔をしていた。
「ええ、でもどこのサークルなのかは知らなかったから」
「ああ……」
サブカル系のサークルは漫研がたしか最大手だけど、過去のオタク性の違いだかによるいさかいで、分裂・乱立してるんだよな……。
最近だとシン・漫研を名乗る非公認サークルもあるとかないとか。
「あれ、ウチ言わんかった?」
「漫画のキャラのコスプレをする、しか言わなかったわよ」
「えー、ごめんねー」
「それより葛葉、僕らと話し込んでていいの?」
「あ、そうやった」
撮影スペース付近の順番待ちしてるらしきカメラマンと何か言いたげな部員がときおり僕らに目を向けては、天道を見てすっと反らすというムーブをさっきから繰り返している。
「もうちょっとで休憩とらせてもらうけん、二人ともそれまで
「約束はしないわよ、こっちにも予定があるんだから」
「もー、つかさちゃんの意地悪ー、あとでちゃんと
うやむやにしてそんな視線をぶっちぎるかと思った葛葉は、あざとい仕草で舌を出すと、大人しく撮影に戻っていった。
天道が悪い子ではないとギリギリのラインで擁護するのはこういうところなんだろうか。見た感じはもうちゃんと仕事に集中してるみたいだし。
「にしても驚いたね」
「真紘のこと、伝えておいた方が良かった?」
「や、そっちじゃなくて、漫研に出禁喰らってなかったんだなって」
葛葉と漫研の付き合いは童貞好きの彼女の生態を考えれば意外でもないけど、それだけに過去にサークルクラッシャーみたいなことしててもおかしくないからな……。
「ほら元カレとかいそうだし」
「あぁ、そういうこと? ちょっともめたって聞いた気はするけど……確かもういないはずよ」
「ヒエッ」
やぶをついたらホラーが出てきた、とんだヒヤリハットだな……。
それ「関係者全員」とか「学内に」がついたりする「もういない」じゃないだろうな、いや深く聞くと後悔しそうだからこれ以上は止めておくけど。
「――真紘、人気みたいね」
「まぁね、衣装の出来もがよかったし」
カメラに向けて楽しそうにポーズをとる友人を見て、天道がポツリと呟く。
「でも、コンテストはまた別の話だと思うよ。ここはほら、はじめからそういう人たちが集まってるんだから」
葛葉が主役で、他はわき役。
そんな空気が出来上がったスペースで、もしかして不安になったのだろうかと僕の口から出てきた不器用な言葉に、天道は小さく笑った。
「心配してくれてありがと、でも大丈夫。ただね、今年は伊織くんがいてくれるし、来年はもっと楽しいといいなって思って」
「――ん、そうだね。僕も去年より楽しめてるし」
「うん。ほら、その時は真紘の彼と一緒に四人で回るのもありでしょ?」
「いいけど、ハブられた水瀬が怒りそうだなあ」
「でも英梨だけ一人って言うのもそれはそれで気まずいと思うのよね……」
――そうして、葛葉にはすぐ帰りそうな物言いをした天道は、なんだかんだと僕が知り合いと話しを終えても彼女の休憩を待っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。