いつだって「もしも」はない
学祭最終日の日曜日は、この日のためにとっておいたような快晴になった。
雲の少ない晴れ渡った空から降る午後の日差しは、秋の終わりに差し掛かって少し弱いけれども、まだ暖かい。
売り切れで店じまいになる模擬店がちらほら出始め、各所でのイベントや発表のプログラムも最終に入る。
祭りの最後を盛り上げるような、あるいは終わりを惜しむような独特の雰囲気の中で僕はちらほらと人が集まってきている特設ステージ前で
学祭最後のビッグイベント、ミスキャンパスコンテスト。
僕の恋人であり、大変に顔とスタイルの良い女子である
――とは言え結局のところは学祭での一イベントに過ぎないわけで、たとえ過去の受賞者が人生の転機だったみたいな話をしていても、僕を巡っての天道と
「しのっち、だいぶ顔色わりーけど大丈夫??」
「大丈夫大丈夫、なんかちょっと胃が痛い気がするけど」
「いやもうその発言がダメでしょ」
大した差があるわけではないんだ……!。
友人である
「てかなんでまだそんな緊張してんの? お披露目の時に一回やった流れでしょ」
本番当日ということで、例によってカメラを首から下げて気合十分の水瀬は、棘はなくなったものの変わらない切れ味でそう聞いてきた。
「いや、僕もあれで慣れたつもりだったんだけど……」
単純にこういうコンテストに縁がなかったからか、精々あって妹のピアノの発表会くらいしか記憶にないしな。
天道家に乗り込んだときか、大学受験以来に落ち着かない気持ちでいるのは事実だった。
「まーまー、いうてお祭りなんだし? 天道さんもなにがなんでも優勝狙いってわけじゃないっしょ。俺らはまわりみたいに楽しんでいいんじゃね?」
そんな僕の緊張を察したかみやんが、普段以上に呑気な調子で告げる。
言われてよくよく見てみれば応援する参加者がいるらしき観客も、精々がアイドルの推し活みたいな感じで、ピリピリした空気は発していない。
「――まぁ、そうだね」
あるいは自信からくるものかはわからないけども、天道本人もメイクがバッチリ決まっていることをのぞけば普段通りにリラックスしていたし。
「あとさ、賞に選ばれるか選ばれないかで考えれば二分の一っしょ? 十分いけるって」
「いや、六人中三人に特別賞、準ミス、ミスキャンパスで普通に二分の一だから」
「あっれ、ガチでぇ?」
「ははっ」
かみやんに鋭くマジレスを決める水瀬の姿に軽く笑いが漏れた、それでちょっと息とともに肩の力が抜けた気がする。
スマホを取り出すと間もなく開始の午後二時半になろうとしていた。
ついでにトークアプリを起動して、天道との会話履歴を開く。
FPSゲームなんかでおなじみの定型文で、今回は文字通りの意味で送った「good luck,have fan」のメッセージには、返信でサムズアップの絵文字が来ていた。
「――」
勘のいい彼女のことだ、観客席の僕をきっとすぐに見つけるはずだ。
その時に辛気臭い顔をしてたんじゃ、楽しむどころじゃないだろう。
じたばたしたってどうせあと二時間もしないうちに結果が出る。
ここまできたらごちゃごちゃ考えずに、ただ純粋に天道の晴れ舞台を応援しつつも楽しむ以外、僕にできることなんてない。
「よし」
気持ちを切り替えようと、両の頬を軽くたたく。
「お、気合入った?」
「テンションあげすぎてつまみ出されたりしないでよ」
「大丈夫だって」
二人の言葉にかえしたところで、ステージの両側に設置されたスピーカーから流れていた音楽が止まり、スタッフが壇上に現れた。
§
『――それではただいまより、第四十三回ミスキャンパスコンテストを開催します、選ばれた六人の登場です。皆様、拍手でお出迎えくださいー』
司会に促されたとおりに巻き起こった拍手の中、番号順に一人、一人と参加者がステージ脇から姿を現す。
「イエー!」
僕以上に盛り上がっているかみやんに負けないよう、ついでに撮影で手が塞がっている水瀬の分も込めて拍手した。
お披露目の時から番号が繰り上がって五番手で登壇した天道は普段よりも派手――いや、華やかな、というのがぴったりで、彼女に続いて最後である六人目の葛葉はこちらはいつもより一層童貞を殺しそうなあざとい感じだ。
そのほかの参加者も、それぞれが自分の魅力を理解し、それを引き立てるような衣装を身にまとっている。
はえー、と間の抜けた声をもらす男子に、限界オタクみたいにキャーキャー騒ぐ女子が出るのもわかる話だ。
かくいう僕もシンバルを叩くサルのおもちゃみたいになりながら、前者の一員に加わっている。
外見がいい上に気合も入ってお洒落している女子に混じって見劣りしないどころか、そこにいて当たり前という印象さえ抱かせる天道の姿に、改めて圧倒されてしまったのだ。
「解説のしのっち、いかがですか」
「――そうですね、顔がいいと思いました。とくにつかささんが」
「
「事実じゃない?」
「違うとは言わねーけど、変わっちまったなしのっち……いやー、でもあらためて見ると迫力やべーわ」
「あー、うん、特に後半ちょっとね」
折り返しの四番に優勝候補の
しかも褐色金髪ラテン系、強気系お嬢様、あざといゆるふわモンスターと胸焼けしそうなくらいに個性派だ。Vtuberかな?
長身ですらりとした体型の
『では改めまして、皆さま一人ずつ自己紹介と意気込みなどなにか一言をお願いします――』
司会に促されて参加者が順にマイクを手に前に歩み出る、お披露目イベントの時もあった流れだけど、観客の数も熱量もあの時以上だ。
だというのに天道に限らず、全員堂々としている。
僕にはとてもできそうにない。
「――しかしここで『隣にいるお友達のつかさちゃんに一緒にって誘われたから』っていえる葛葉強い、強くない?」
「それもだけど俺はそのあとの『今日は二人とも良い結果になると』云々ってのがこえーわ、ガチに聞こえたもん。天道さんもニコニコしてっし」
事情を知っているかみやんに同意を求めると、友人は神妙な顔で頷いた。
女性はみんな役者的な言葉は聞くけど、少なくとも天道と葛葉に関してはそっちの才能はありそうだ。
「女子コエー」
「ほら、逆にみんなそんなもんと思えば覚悟もできるというか?」
「でも俺は、オタクに優しいギャルはきっといるって信じてるし――」
「本気の目だ……」
僕らがそんな非モテトークをしている間にもコンテストは進行する。
拍子抜けするくらいに滞りなく、ちょっと忙しなく感じるようなペースで。
天道がコンテストに出場すると聞いてから、それとなくSNSや学内での反応を意識して見てきた結果わかったことがある。、
それはどんな悪いうわさだろうと、そしてそれが事実であろうとも、結局第三者は自分に直接害が及ばない限りは割と流してしまうものなのだ、ということだ。
あえて悪い風に言えば、僕らはきっとそこまで他人に興味がないんだろう。
あとまぁネット上のあれこれに関しては、葛葉がかなりヘイトを分散して受け持ってるようなところも関係してそうではあった。
そのあたりの層に悪い意味で天道より刺さるものがあるのか、あるいは気が強そうな天道よりも文句が言いやすいのはありそうだった。
もちろん、サークルの先輩のことをひきずっていた|小倉(おぐら)みたいな根が深そうなケースもあれど、それも結局表立って声をあげる多数派になることはないのだ。
だから天道にも(そして葛葉にも)、観客からは普通に歓声と拍手がおくられる、そこに彼女たちのうわさの、その影を感じることは出来ない。
今日この日に限ってはそれは安心できることだ。
ステージ上の天道がこちらに視線を向けたように感じたので、小さく手を振ると彼女は笑いながら少しだけ小さく頷いた。
『……ありがとうございましたー、では次のコーナーに移りたいと思います。題してー』
そうしてはじまった「恋人と手をつなぎたいときどうしますか」というシチュエーションコーナーで天道は、相手役を務めるスタッフの手を取るなり、戸惑う様子の相手に構わず指を絡めた。
「――なぁに?」
そして何か言いたいことでもあるの? と言わんばかりに相手の顔を下からのぞき込んで見せる。
会場は「おお……」みたいにどよめいた。
何の感心だろうか。
というよりちょっと挙動不審な相手のリアクションが見覚えはないけども身に覚えはすごくあるんだけども、事前に演技指導でもしたんだろうか。
「しのっち、あれ……」
「それ以上いけない」
「いやでも……」
「ダメだ、かみやん」
ここはあるんだか知れない僕の名誉のために黙秘を貫かせてもらう。
それでも何とも言えない表情のかみやんをはじめ、僕と天道の関係を知っているらしき人間からちらほらと視線を貰ってしまった。
ひどく辱められた気分だな……!
――なお葛葉はあざとい仕草で手をプラプラさせて誘い受けの構えを見せた。
しかし結局一番会場を沸かせたのは、ディーヴァこと百瀬さんが女王様みたいに甲を上にした手を「さぁ取れ」とばかりに差し出した時だった。
まぁ、男子よりは女子が黄色い声を上げていたんだけども。
§
そうこうするうちにあっという間にコンテスト開始から一時間が過ぎ、いよいよ最後のアピールタイムがやってきた。
約三分の持ち時間の間に各人が自由なパフォーマンスを披露する、というもので歌ったり踊ったりと毎年コンテストの山場になるらしい。
エントリーナンバー一番の三年生はギターの演奏、曲はロックでそれまでどちらかというと可愛い路線で推していた人だったのでギャップがあった。
二番の劉さんは、所属しているチアリーディング部のコスチュームに着替えて、部員二人とあわせての演技。
ジャンプの高さや柔軟性もすごかったけれど、パッと見て分かる隣の部員との脚の長さの違いがなによりエグい。
同じ動作をしていても迫力が全く違って見えるんだから、体格って才能だよな。
その直後、意外な路線で攻めてきたのは三番の人で、こちらはパネルを持ち込んで実際の市内の道路交通情報と、夕方から明日にかけての天気予報を行った。
少々地味だけれども、よどみのないアナウンスと観客をカメラに見立てたように語りかける姿はプロっぽさがあって拍手を呼んだ。
そうして続くエントリーナンバー四番、優勝候補の大本命、百瀬さんのパフォーマンスはダンスだった。
「うーわ」
「うへぇ……」
衣装こそごく普通のスポーツウェアだったけれど、ぴったりとした服装でわかる体のラインと、動きのキレが半端じゃない。
思わず隣のかみやんと二人してうめき声を漏らしてしまったくらいだ。
ドン、ドンと体が揺れを感じるくらいの大音量で、スピーカーからは洋楽のポップなダンスナンバーが流れ、ステージライトが明滅する。
それにあわせてちょっとセクシーなダンスを披露する姿は「本人の曲かな?」くらいの迫力で、あっという間の三分が過ぎたあとに巻き起こったのはそれも当然と思えるくらいの大喝采だった。
「これエグいって、ガチでー、なんでこの人TVとかでてねーの?」
「うーん、納得の優勝候補……」
ハイレベルな見た目とパフォーマンスが合致しすぎてるんだよな……。
「この人のあとって、天道さんもちょっとついてねーなぁ」
「で、でも場はあったまってるから……」
震えた声でそう強がると、まだ観客が微妙にざわついているなかで、ステージでは次の天道の準備が完了していた。
ステージの中央に立てられたスタンドマイクの前へ、ゆっくりと自然な動作で彼女が歩み出る。
そのままスタッフにちらりと視線を向けて頷く、淀みない動作には緊張も気負いも感じられなかった。
『――――♪』
高く、わずかに震える歌声が天道つかさの喉から発せられ、すぐにそれを追いかけるように鍵盤楽器の軽やかなメロディが流れだす。
静かな出だしだったイントロが終わると、ドラムとシンバルの大音量が改めて曲のはじまりを告げるように体を揺らした。
「え、天道さんこういうの歌うんだ」
誰かの興奮した声が曲名をあげ、僕と同じく曲を知っているかみやんも意外そうな声を漏らした。。
そうして低く抑えた迫力あるAメロが終わり、サビへと向かうBメロにさしかかると先ほどの僕らみたいに「うわ」と言った呻きが聞こえた。
カラオケなんかでもたまにあるある「普通」の上手さなら感嘆の声になるところが、それを越えたレベルだと半笑いになってしまう、あの現象だろう。
『――――♪』
そうしてサビに入ると、いよいよ天道は場の空気を完全に掌握した。
彼女が選んだ曲は間違いなくネットでは人気で知名度もあるけれど、軽快なテンポにややダークで皮肉な歌詞をあわせた雰囲気は、手放しで一般向けとは言い難かった。
だけど駆け足で進むメロディーに乗せて、絶えた望みを、愛を、自分も、全てさえも冷笑するような歌詞とその世界観を、天道つかさは抑えた低音と伸びやかな高音を使い分けて、豊かな声量で難なく歌い上げる。
例えはじめて聞く歌でも、歌詞を知らなくても、極々単純な『歌が上手い』という暴力は、その曲の持つ魅力をたやすく理解させるものだ。
――というか天道がここまで歌が上手いなんて僕も知らなかったんだけど??
舞台が大きくなると、それだけ実力を発揮できるとかだろうか。
少年漫画の主人公かな?
ラスサビのころには不思議と静まり返って、息さえ止めようとするようだった観衆が、歌い終わりと同時に上げた喝采は先ほどにも負けない大きなものだった。
「――これは勝ったんじゃない?」
「しのっち、フラグフラグ。いや、凄かったけど、まだ早いって」
思わず僕が何も考えず口にした願望をかみやんがたしなめる。
拍手の中でステージ上の天道は、額に入れて飾りたいくらいに得意気な表情を一瞬見せたあと、軽く一礼してステージを下りて行った。
あれは多分同じようなこと考えてた気がするな……。
――結局のところ順番で一番割を食ったのは、ダンス、歌と続いたところで有名なK-POPのダンスを踊った葛葉だったかもしれない。
振りは完璧で曲もキャッチ―だけど、それがかえって無難に感じられてしまったのか、前二人ほどの熱狂を生み出すことはできなかった。
まぁ、これに関しては誰が悪いということも無く運が悪かったんだろうけど。
『これにてアピールタイムは終了です。参加者はドレスアップを行っておりますので、結果発表まで皆さま少々お待ちください――』
§
そうして数十分後、日は傾いて西から差し込む光にオレンジ色が混じりはじめる。
秋の短い夕暮れを迎える中で、ドレスへと着替えた参加者たちがステージに再び現れた。
ドレスはウェディングドレスよりというかお姫様の仮装というか、大きく広がったスカートの丈が床につく日常的にはとても着れないようなもので、頭には皆ティアラもつけている。
天道のドレスは明るいグリーンで、葛葉は淡いピンク、他もみな赤や青など華やかだ。
結果発表の前には参加者たちがコンテストを振り返る最後のスピーチが行われるのだけど、マイクを受け取った一番の人がドレス姿で一歩前に出るのにかなり苦労していたのが印象的だ。
「おおおお、おちつこう、まだ慌てる状態じゃない……」
「ってかもう慌ててもしょうがねーみたいな?」
いよいよ動悸もしはじめてきた気がする僕をかみやんがなだめる。
参加者たちが壇上を下りている間に行われた中間発表では、やはり当初の予想通り一位、二位は前評判通りに百瀬さんと劉さんだった。
今日の内容を見てもそこが大きく崩れるのは考えにくいし、あとは天道が三位に食い込めるかどうかだろう。
『続いて、エントリーナンバー五番天道つかささん、お願いします』
「バズれっ……、バズれっ……!」
「いやいや、もう発表って言ってるから。しのっち落ち着けって」
僕がSNSのダークサイドに陥りそうになってる間に天道がまずコンテスト運営と関係者への感謝を述べる。ここら辺はまぁ、お決まりの定型文みたいな感じだ。
『私は今年、自分を変える色々な出会いがありました。そうして大学での一年目を振り返って、今年は新たなチャレンジをしてみたいとコンテストに参加しました――』
それに対して動機には、かなり彼女の実感がこもっていたと思う。
ちょっと綺麗に言い過ぎだとか一部には反感を買いそうだけど、なんもかんも打ち明けるワケにもいかない過去だし、葛葉との対決に関しては聞かされても「ええ……」ってなる話だしな。
『――コンテストに参加した大きな目的は、今の時点でも十分達成できたと思っていますが、応援してくださった方々のために良い報告ができると嬉しいです』
そうして実に彼女らしい強気で不敵な表情でのまとめは本心が十割だろう。
本当に、こんな舞台で、僕にはとても言えないようなことを言えるな、と羨ましさなんかは通り越してただただ感心してしまう。
「……天道さんカッケーなぁ」
「でしょ。いって」
しみじみと言ったかみやんにドヤ顔で返すと肩に軽いパンチを貰ってしまった。
そうして葛葉のスピーチも終わり、まずは壇上の全員にここまでの健闘をたたえて花束が贈られる。
『――それではまず特別賞の発表です』
そうして、いよいよその時が来た。
秋の夕暮れ時なのに、体は熱く背中にはじわりと汗が広がっている気がする。
『第四十三回ミスキャンパスコンテスト、特別賞は――エントリーナンバー五番、天道つかささんです!』
「おおおおお! やったじゃん!」
「うん、うん……!」
歓声の中、司会に促されて天道がよどみなくステージの中央に歩み出る。
プレゼンターから賞状とトロフィーを受け取ると、天道は満面の笑みを浮かべてこちらに――いや観客席に頭を下げた。
望んでいた、そして同時に少し恐れてもいた光景は僕の胸に大きな歓喜と、そして少しの、本当に小さな失望を呼び起こした。
成し遂げたことは素晴らしくて、それは容易に手に入ったものでもない。
ここ一か月くらい続けてきた、天道の努力の結果なのだ。
だけど僕はきっと天道つかさは無敵だと、頭のどこかで思っていたのだろう。
彼女はきっと望んだもの全てを手に入れられるのだと。
§
コンテストが終わると、特設ステージでは後夜祭に向けた準備が始まった。
すでに日は傾いて、気温と共にさきほどまでの熱狂の余韻も冷めた中、僕はまばらに人が残る会場で空っぽのステージをなんとなく眺めていた。
後夜祭まではまだ一時間以上もある。
天道は賞をとったことで、着替えの前にインタビューや写真撮影があると連絡があり、水瀬は例によってカメラマンとしてそちらの手伝いに、かみやんは友人たちと食事に言って一旦別行動だ。
僕も食事についていったり、一度自分の部屋に戻っても良かったんだけど、なんとなくそんな気になれなかったのは、あるいは予感があったからかもしれない。
「
黄昏時、建物の陰が落ちる位置から声をかけてきたのは葛葉|真紘(まひろ)だった。
結局一位、二位は中間発表から動きがなく、ミスキャンパスには百瀬さん、準ミスは劉さんが選ばれた。
天道と明暗の別れることになった彼女へなんと声をかけたものかは少し悩むところだ。
「お疲れ様――残念だったね」
「ん、そうね……」
無理もないことだけど、葛葉の声は沈んでいる。
彼女もまた別の意味で無敵っぽいと思っていたけど、僕は色々と認識を改めるべきなんだろうなあ、と少し反省した。
だけど彼女が天道よりいい結果を残すことを望んでいなかった身としては、あんまり親身になって慰めるのも違うよなあ。
「ウチとつかさちゃんと、何が違ったとかなあ」
うつむいたまま呟いた言葉に、僕はすぐに返事することができなかったけれど、あるいは初めから答えは期待されていなかったのかもしれない。
「慰めてくれんと?」
「僕の役割じゃないよ」
純粋にコンテストの結果に落胆してるだけなら、話は別だけど。
僕を見る葛葉の表情はそれだけではない追いつめられたものがあった。
「伊織クン、あんね」
「つかささんとは別れないよ」
「――なんで?」
「僕が好きなのは葛葉じゃないから」
話を遮るのは行儀がいいことじゃなかったけど、言わんとしていたところは読み違えてなかったようだ。
僕を見る視線を少し強くしたあと、葛葉は肩を落とした。
「なんで皆ウチのこと好きでいてくれんとかなあ――つかさちゃんがうらやましか」
覇気のないその言葉は、ただ聞き流していたらいつまでも問題が片付かない気がした。
「その、さ。自分の思い通りになってくれる誰かといるのって、多分一人だけでいるのと変わらないと思うよ、葛葉」
なにせ当初の天道はまったく僕の思い通りになんてなってくれなかったし、それは彼女にとっての僕もきっと同じだろう。
世間一般の男女がどれくらいの頻度で関係に危機を迎えているのかはわからないけど、少なくとも僕と天道は、出会いからの半年足らずでも数度のそれがあった。
それはたとえば、婚約初期の扱いに天道が耐えかねたりだとか、逆に僕がドン引きしたりだとか、夏のプールの件は彼女が諦めてしまう可能性もあっただろうし、僕が天道家への直談判を決心しなければそこで終わっていただろう。
――なによりあの夏の日に、天道が僕にビンタとともに訴えることがなければ、僕はきっと彼女のことを
「つかささんだって、苦労しなかったわけじゃないよ。僕だって無条件で受け入れられたわけじゃないし」
「――ウチが悪いって言いたいと?」
「そうじゃなくて、上手く言えないけど……関係を続けたいなら、我慢したり、話を聞いたりするのが大事じゃないかって、一般論」
相手の気に入らないところを全部受け入れる必要はないだろうけど、全部を受け入れないのなら、それも破局は避けられないだろう。
「それにさ、もし僕がつかささんと別れるとしてさ、そういう心変わりって葛葉的には受け入れられるの?」
そうしてそもそも、天道に対する僕の態度を葛葉が評価しているのなら、略奪に成功した時にはその美点は損なわれるのだ。
「そいは……」
そこを見落とすほど葛葉は馬鹿じゃないだろうけど、あえて見ない振りをしていたのか。
葛葉の頬が真っ赤に染まって、愛嬌のある大きな瞳が潤んだ。
「じゃあ、じゃあどうしたらよかと!?」
「え、普通にこう、互いのことをちゃんと話しあうとか」
「できんもん! だってウチみたいなのが処女じゃなかったら嫌がられるの、わかっとると! だけんかわりに色々してあげるとじゃいかんと!?」
言わんとするところはわかるけども、だからって時計の針は戻せないんだよなあ。
「悪かないけど。そう思うんだったらよくよく話しあって、そうじゃない男子とつきあった方がいいと思うけど……」
「じゃあ伊織クンが付き合って!」
「ヤダ」
「なんでー!?」
「葛葉は名前呼びやめてくれないから」
ぴたり、と葛葉が止まる。
「……つかさちゃんも呼んどるよ?」
「最初にやめてって伝えたときはやめてくれたよ」
その後正式に付き合う前に押し切られたのは黙っておいた方がいいだろうな。
「それが、そがん大事と?」
「少なくとも尊重されてないなって感じたね、童貞くさい僕としては」
ちょっと恨みを込めてそうと告げると、しばし黙り込んだあと葛葉は長く息を吐いた
「――わかった。ゴメンね、伊織クン」
「それでもやめないのか……」
何がわかったんだろうな、という疑問の答えはすぐに来た。
「そんかわし、今回は諦めてあげるけん」
「――それなら、まぁ、いいかな」
どういう意識の改革が起きたのかは分からないけれど、葛葉の表情はまだ晴れ晴れとは言えないものの、昏さは無くなっていた。
「伊織クン、つかさちゃんと別れたら教えてね」
「なんでだよ、縁起でも悪いこと言わないでくれ」
「そんときは今日ウチにえらそーに言ったこと、聞かせてあげるけん」
「それはマジで凹みそうだからやめてほしい……」
偉そうに男女関係について語ったことをフラレ男に聞かせるなんて、エグい復讐考えるな……!
「そがんこと起きんって思わんと?」
「起きるかもって思って努力した方がいいからね」
まぁそれでもっと前向きになろうって趣旨のことを天道に言われたりするけど。
「へえ」
渋い表情の僕に何か思うところがあったか、じろじろと人の顔を眺めてくれたゆるふわモンスターは少しだけ口元を緩めた。。
「なにさ」
「あんね、ウチ伊織クンのそういう理屈っぽいところ、|いっちょん(ちっとも)好かん」
前から言おうと思っとったけど、と強烈なパンチを見舞ってくれた葛葉は、声をあげて笑う。
「ふふっ」
「ええ……」
「じゃあ、ウチそろそろ行くけん、つかさちゃんもそろそろ来ると思うけん」
「もう僕にちょっかい出さないって言わなくていいの?」
「やーよ、くやしかもん。伊織クンが言っといて」
そういうと葛葉は、こちらをもう振り向くことなく小走りで去っていった。
§
後夜祭の始まりを前に特設ステージ付近には再び人が集まりはじめた。
それと入れ替わるように少し離れたベンチに移ってスマホを弄っていると、天道からの「お待たせ」というメッセージが通知に出た。
「なんだかお疲れね?」
「――つかささん」
ポンと背から肩を叩いてきた恋人はベンチの横に腰かけると、ステージ上で見せたみたいに僕の手を取った。
「特別賞おめでとう、格好よかったよ」
「ありがと。伊織くんのおかげよ――それと応援してくれた人たちね」
僕だけじゃないよ、という言葉に先んじてそう言うと天道は体を押し付けるように身を寄せてくる。
「真紘来なかった? あの子早々に着替えて帰っちゃったんだけど」
「ん、来たよ。それでまぁちょっかいかけるの、やめてくれるってさ」
「そう、ありがとうね」
「何を話したか、聞かないの?」
「友達が振られた経緯をわざわざ聞こうなんて思わないわよ、伊織くんがちゃんと断ったのは聞かなくてもわかるし」
「そっか」
そう言われれば僕としても助かる。
あらためて彼女にこうして僕は君の友人を振りました、なんていろんな意味で地獄だしな。
「でも優勝は惜しかったね」
「そうね、まぁちょっと相手『も』悪かったから、しょうがないわ」
実際のところ、天道は他の参加者にくわえ自分の過去――というには他人にとっては昔のことでもないだろうけど――とも戦っていたわけで、実際どれくらいのハンディキャップになったのかは分からないけれど、そこを含めて考えれば本当に、とんでもない大健闘だったろう。
それでも、だからこそ、その過去を悔んだり、あるいは改めてその重さを突きつけられるようなことはなかったんだろうか。
「つかささんは、ああしておけばよかったとか考えた?」
「いいえ。私、反省はしないでもないけど、後悔はしないようにしてるの」
だって精神衛生上よくないでしょ、なんてのたまう彼女に、やはり無敵の存在なんじゃなかろうか、とそう思えてくるな。
「まぁ、建設的な考え方だと思うよ」
だからこそ恨まれそうだよなぁ。
改めてしばらく周囲の動きには気をつけようと心に誓ってしまうくらいだ。
「――でもやっぱり悔しさもあるから、来年は伊織くんがミスターキャンパスでかわりに優勝してね」
「いや無理、ほんと無理」
応募の時点で落とされる自信があるぞ、どういうシステムかは知らないけど。
「そう?」
残念と呟いた天道は、さっとあたりを見渡すと触れるだけのキスをしてきた。
こちらの反応を確かめるように、じいっと目を合わせる彼女は感触を反芻するようにやたらえっちな仕草で自分の唇をなぞったあと微笑む。
「――ね、来年の学祭も楽しみね」
「うん」
それは間違いない。
色々あったけれども今年は去年より楽しかった、その今年より来年を素晴らしいものにできるか、それはきっと天道つかさの存在が鍵になるだろう。
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