君にできることはまだあるかい
十月初旬の夕方はまだまだ明るい。
とは言え日暮れまでに限ったことではなく時間は当然に有限で、にもかかわらず学祭企画のためのサークル会議は紛糾していた。
「おい注目ー、はい注目ー」
僕が所属しているサークル「SWゲーミング」はオフで顔を合わせるのが月一の定例会(自由参加)くらいのユルさだけど、本日に限っては申請期限をぶっちぎった学祭の出展内容をまとめるために珍しく召集がかけられていた。
「――ハイ、皆さんが静かになるまで六百秒かかりました、本題に入りまーす」
まだなってないんだよなあ。
なにせ今もソシャゲのデイリー消化にいそしむものがいて、机に突っ伏して寝るものもいて、明らかに音ゲーしてるっぽいものがいる。
PCゲーマー、とりわけ対人ゲームを好んでやる人種のモラルなんてだいたいお察しだ(あくまで個人の感想です)。
そも今話している会長その人が「e『スポーツ』を広めるにはまず我々プレイヤー一人一人がバッドマナーを是とする風潮と決別しなくてはならないのだ!」とか言った舌の根も乾かぬうちに敵をキルしたあとで屈伸運動はじめるからな。
なので会議は踊る前にまず始まらない、僕らはさながら猿山のサルだった。
「これはひどい」
「毎度のことすぎんよー」
僕と同じく少数派に属するかみやんも苦笑いでお手上げのポーズをとる。
成人しているのも多い大学生の姿か? これが……。
「えー、では学祭ではそれ用のフラグムービーを作成して上映と、動画チャンネルへ誘導するフライヤーを配布。留守番はシフト制で全員ノルマってことで、なにか質問あるかー? あ、低ランクは人権ないんで。言いたいことがあるやつはせめてダイヤになってくれな?」
「横暴すぎる……」
ダイヤ帯以上なんて大抵のゲームで、プレイヤーの一割を切るような上澄み中の上澄みなんだよなあ。
「ちな、しのっちはダイヤいってるっけ?」
「や、今シーズンはプラチナでスタックしてる」
「うーんこの。もうはじめからカイチョーが決めてくれりゃいいじゃんね……」
「わかりみが深い」
ただそうなるともういよいよ召集をかけた意味が不明になるな。
現状あったかと聞かれると困るけど
「うーし、じゃあ今日から全員神プレイ一つ分は動画の素材を提供するように」
「横暴だー」
「無茶ぶりにもほどがあんよー」
不満の声はあがっているが、案自体に反対する者はいない。
まぁ実際無難なところだし、結局は会長案がそのまま通ることになった。
近年まれにみる無意味な時間だったな……。
「んじゃ、誰か告知あるやついるかー、なければ解散ってことで」
おっと、僕にとっての本番だ。
「すみません、会長。いいですか」
「お、珍しいな。おーしお前ら、志野が面白いこと言うぞ、注目―」
「無茶ぶりすんのやめてもらえますかね……」
席を立って壇上に向かうと、会長のせいで気ままに遊びまわっていたサルたちが、行儀よく僕の発言を待つホモサピエンスに戻ってしまっていた。
うーん、やりづらい。
思いつつ咳ばらいを一つ、精々声が裏返らないように気をつけつつ口を開く。
「えー、今年のミスキャンにですね。僕がお付き合いさせていただいている
軽く礼をして頭を上げると、そこには能面みたいに無表情になったサークルメンバーの姿があった。
ホラーかな?
死ね、とかぼそっと言うのはやめて欲しい。
「あ、他に知り合いが出場する予定だったら、無理にとは言わないんで――」
そうつけくわえた途端に、メンバーの表情が一変した。
「Booooooooooo!!」
「吊るせー、コイツどうせお前らには知り合い程度の参加者さえいねーだろとか言いやがったぞー」
「ええ……」
それはうがちすぎの卑屈すぎでは?
――こののちにサークル内で彼女持ちと無しの間での抗争がはじまり、みにくい争いは彼女に悲惨な振られ方をして抜け殻となるものが出るまで終わらなかった。
僕は悪くないと思いたい。
§
「おつかれー」
「つかれーっす」
暴徒たちが沈静化して、ようやく解散の運びになったころにはあたりはすでに薄暗くなっていた。
ただ生ぬるい空気と、西の建物の輪郭を縁取るオレンジの光だけが影の落ちた世界に昼のなごりをとどめている。
「――うん、うん……あ、
白々しいLEDの外灯が照らす道に一歩を踏み出しスマホを取り出したところで、天道つかさの涼やかな声が聞こえてきた。
少し離れた掲示板の前に綺麗な立ち姿で佇んだ通話中の彼女は、横目で僕の姿を認めるとひらひらと小さく手を振って笑顔を浮かべる。
そんな何気ない仕草に不覚にも、ドキッとした。
本当に突然シアーハートアタックを仕掛けてくるのはやめて欲しい。
僕は絶対に太れないな、心疾患とか抱えようものなら多分キュン死した世界で最初の例になってしまう。
「ええ、じゃあ、うん、またね――」
通話の相手は
いやそれを言ったら僕だって特別扱いされてると思うし、同性の友達相手は恋人と対応違って当然なのはわかっているけどまぁどうしても多少はね?(早口)
「お待たせ、ごめん、遅くなって」
「ううん、伊織くんこそおつかれさま」
まぁでもそういうみみっちい思いも、普段より早足で僕の方へとわざわざ近づいてきてくれる天道を見るとどっかにいってしまう。
「それで話し合いは、どうだった?」
「うーん、体験入山、って感じかな……」
「どういうこと?」
口を突いて出た本音に首をかしげる本日の天道は、ブラウスとガウチョパンツの上下ともに白で、そこにベルトやらなんやらでポイントに色を入れたいかにもお洒落で格好いい感じだ。
そんな彼女に腕を組まれた僕は例によってYシャツにジーンズと特筆すべき点の無い地味スタイルである。
つり合いがとれないこと
「結局まとまりはしたの? 実行委員をもうかなり待たせてたらしいけど」
「うん、まぁそこは無難なところに落ち着いた感じ」
「そう、なら良かったわね」
まぁ集まったこと自体には実に意味も甲斐もない空虚な集いだったけど。
猿山のサルの気持ちが体験できたと考えれば貴重だろうか、でもそれってホモサピエンスとして人生を送る上では特にする必要のない経験だしな……。
「それで、つかささんの方は?」
「エントリーは間に合ったわ、
「ん、そっか」
つまり無事(?)スーパー容姿に自信のある女大戦
まぁでもよく考えたら、天道たちが参加しなくてもミスキャンパスって元々そんな催しだな? つまり平常運行ヨシ!
「ごめんね、勝手に話を決めちゃって」
「へ?」
「コンテストに出るの、事前に伊織くんに相談しなかったでしょ」
「ああ」
珍しく(それもどうかと思うけど)申し訳なそうな天道は、例によってちょっとしょげた顔でこちらの顔色をうかがうような視線を向けてきた。
いつだかも思ったけど本当にこういう表情が似合わないなあと思って、だから天道家の人々も彼女を甘やかしてしまったんだろうか、なんて考える。
「なぁに、やっぱり怒ってる?」
「や、違うよ、大丈夫。ただなんて言ったらいいか考えてただけ」
「そう?」
ここで別のこと考えてたなんて言うとこっちが怒られそうだな……。
「ええと、まぁなにも一々僕の意見を聞く必要なんてないだろうし、葛葉との勝負にしたって僕を景品にしたわけじゃないしね」
気にしてないよ、と続けると、天道はなにやら今度はフクザツそうな顔になった。
「それはそれでちょっと納得いかないわね……」
「ええ……?」
なんだか面倒くさいこと言い出したぞ……。
「ちょっと?」あ、マズい。
「ごめん、顔には出さないようにしたつもりだったんだけど」
「それはつまり本音が表情に出てたのよね?」
うーん正直な自分が憎い。
「や、だってつかささんは僕にどんな反応を期待してるのかなあ、って」
「んー……」
細いおとがいに指を当てて考えむことしばし、天道はかなり歩きづらくなるくらい僕の腕に身を寄せて口を開いた。
「あまり目立ってほしくはないけど、それでもいい結果がでたらちょっと自慢できるかな、みたいに独占欲と顕示欲の間で揺れ動いてほしい……?」
「面倒くさい以外に言い表しようがないと思うんだけど、その要求」
もしくは僕はそんなに拗らせたややこしい男だと思われているんだろうか。
ちょっと否定はしづらい。
「だって、伊織くんの反応が淡白なんだもの、『なにをしてもいい』と『どうでもいい』って近くて全然違うものでしょ?」
天道のアクションへの反応が、前者なら許容できるけど後者はダメってことだろうか。理屈はわかるけど難しいことを要求されてるな……。
「え、じゃあ勝手なことしてくれたな、みたいにキレた方が良かった?」
「
ンモー、また幼児みたいに言うー。
「じゃあつかささんが他の男子の注目を浴びるのは少し嫌だけど、ステージでどや顔決めてるのはちょっと見てみたいし、諸々に時間を取られるのは大変そうだし、なんか嫌な思いとかしないといいけどって心配もあるって言えばいい?」
「ええ、それならとっても満足ね」
「……さようですか」
やっぱりお嬢様だな(偏見)。
天道が嬉しそうなのは何よりだけど、色々とぶちまけたこっちの意地とか見栄とのトレードは釣り合うんだろうか。
「ね、伊織くん、今ここでキスしていい?」
「いいわけないじゃん……」
そこまではしゃぐところあった?
これなら釣り合うかなあとか単純にもちょっと思ったけどさ!
ちょうど大通りの交差点に差し掛かって信号待ちなんだよなあ。
向こう側の歩道やら停車中のドライバーやら、どれだけの人目があると思ってるんだろうか。
公開羞恥刑はちょっとやめて欲しい。
「もう、意地悪なんだから」
「ごく一般的な判断だと思うよ」
まぁ恋人つなぎにした指はすりすりにぎにぎしてくるし、腕には柔らかいのが当たってるし距離が近いからもう良い匂いするしの状態だと今更な気がするけど。
それでも最後の一線(?)は守り抜きたい気持ちもある。
「それよりさ、実際コンテストの結果で葛葉をどうこうできそうなの?」
「ええ、私が勝てば多少は大人しくなってくれると思うわ」
「ちょっと頼りない返事だなあ……」
そこが曖昧だとそもそも天道が出る意味がない気もするんだけどな。
「そうね、あの子の主張って結局自分の方が可愛いから、自分と付き合った方が伊織クンも嬉しいって流れだったでしょ」
「あらためて言葉にするととんでもないな……」
ポストアポカリプスの世界か、野生動物みたいな極端な価値観してない?
一体どんな環境がそんなモンスターを作り上げてしまうのか。
「で、互いの主張だけじゃなくて、客観的な事実があればそれを否定する根拠になるし、ついでに私には伊織くんの自慢できる彼女になれるってメリットもあるし」
「すごく俗っぽい言い方でアレだけど、顔とスタイルが良くて実家がお金持ちって時点で自慢できると思うよ」
「ありがと、でもそういう要素は多い方がいいでしょ?」
「今日サークルでつかささんの応援頼んだだけでブーイングされたし、これ以上はやっかまれるだけじゃないかな……」
「あら、そういうのだって程々ならいいものよ?」
うーん、これだからモテるものは。
人生でモテざるものとして生きてきた僕にはピンとこない理論だな……。
「あ、それでね伊織くん、前に話したコンテスト用の撮影なんだけど明日の夜に行ってきてもいい?」
「あー、なんだっけ、水瀬さんにSNS用の写真撮ってもらうって話?」
お父さんの影響でカメラが趣味だって話だったっけかな。
「そう、
「それはいいけど、葛葉は敵では……?」
「伊織くんを巡ってはそうだけど、別に絶交したわけじゃないから」
「あ、そうなんだ」
「縁を切ってほうがいいいなら、そうするけど……」
「いやいや、そこまではしなくてもいい……かな、うん」
「そう?」
結構今までに迷惑もダメージも受けたけど、究極的には僕が葛葉に絶縁状叩きつければいいだけの話だしなあ。
天道の貴重な交友関係が、僕を理由に壊れたとか言われるよりは少し気楽だ。
いやその場合も僕より葛葉の責任の方が重い気はするけど、一対九くらいで。
「それと二人ともカメラマンを英梨に頼んで、対等な条件での勝負にするって意味もあるのよね」
「思っていた以上にバチバチだなあ」
「まぁそもそも伊織くんは私を選んでるんだから敵と呼べるかも怪しいし」
「つよい」
「あとは私がいない時を狙って伊織くんにちょっかいかけられても困るし」
「最終的に怖い話にするのはやめよう?」
もう夜にインターホンが鳴ったら脳裏にその可能性がちらつきそうなんだけど。
地下鉄駅への階段をくだりながら思わず背後を振り返ったぞ。
「それでついでに前から話してたラブホ女子会しようってことになって、映えそうなホテルに行ってくるんだけど……位置情報見て慌てないでね?」
「いや、別に普段から見てないし……」
人をそんな束縛強いストーカー彼氏扱いしないで欲しい。
ガチめの名誉棄損だぞ。
「伊織くんと行くときのための下見も兼ねてるから」
「僕はなんて言えばいいの、それ」
「楽しみにしてるね、とか?」
ほんとやたらと楽しそうだな……!
まぁ申し訳なさそうにしてる天道よりこっちの方がやっぱり僕も落ち着くけどさ。
「あんまり高い部屋はやめてね」
「もう!」
「あ、つかささん、そろそろ電車の時間じゃない?
改札に向かう人たちが足を早めるのを見てそう声をかけると、天道はなにやら微妙な顔をしていた。
「――ね、伊織くん、私明日外泊するの」
「え、うん、水瀬さんたちと撮影してくるんでしょ?」
さっきの今でさすがに忘れるような時間じゃない。
何が言いたいんだろうと不審に思っていると、恋人様は不満そうに小さく頬を膨らませた。
「それで、伊織くんはどうするの?」
「僕? いや特に考えてないけど……あぁ、今日ちょっとサークルで煽られたから、ゲームでもしようかな」
かみやんあたりに声かけてランクをあげられれば良し、そうじゃなくても動画用に何かいいゲームができれば良しかな。
なんて考えていると組んだ腕の肘を固めるように力が込められる。
「つかささん、腕、腕。変な風に極まりそう」
「せっかくの週末の夜に私に会えないなんて、伊織くんも寂しいわよね」
「え? ――アッ、ハイ」
低い声に有無を言わせぬ圧力を感じて頷くと、表情を一変させて実に楽しそうに彼女は笑った。
「だから、その埋め合わせに今晩は泊ってってあげる」
「ええ……」
嬉しいでしょ、と言わんばかりに気軽に尻に敷いてくるじゃん……。
「なぁに、いやなの?」
「や、それならなんでわざわざ
「それは……用意もしてなかったし、買い物のためね」
ははーん絶対これ途中で考えたやつだな? 僕は詳しいんだ。
駅直通の商業施設へとぐいぐい追いやられながら、不都合な真実を指摘するのは避けておく。
あんまりあれこれ追及するともっと答えにくい質問で言論封殺されかねない。
「伊織くん、そう言えば晩ご飯の用意はある?」
「まだしてないけど、なにか買って帰る? 材料あんまなかったと思うし」
「それならハンバーガー食べていかない? 前から行ってみたかったの」
「いいけど、商店街のほう?」
「ううん、一番出口のお高いほう」
「そっちかぁ、まぁ僕も行ってみたかったし、いいよ」
「なら、決まりね」
なんて嬉しそうに笑う天道からすれば、こんなのもしてみたかった学生っぽい付き合いの一つなんだろうな。
まぁそれは僕も共感できるし、恋人のためなら数百円くらいは誤差だよ誤差。
「それと――」
「うん?」
「私が寂しくならないように、今日はたくさんしてね?」
「食べ物の話をしたあとにそっちにいくのはやめない??」
言葉を多少濁しはしてるだけ、成長(?)してるんだろうけどさあ!
あんまりにも根源的な欲求に正直すぎる、すぎない? しかも主語をそこで自分にするのがちょっとズルいんだよな……。
「ほら、早くいきましょ、伊織くん」
とは言え僕が楽しそうな天道に水を差せるわけもなくて、結局は(夜も含めて)彼女のご要望通りになった。
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