ワケあり女子、倶に彼を戴かず
「出会っちまった……!」
急な休講によって生まれた空き時間を図書館で潰したあと、そろそろかなと
「ねー
やわらかくなった日差しの中、「あ~あ」な僕の周囲にはにわかに緊迫した空気が漂う。
たぬき顔に愛嬌のある笑みを浮かべた
なんとなく見つかったらこうなりそうだから図書館で時間潰してたのにな……!
天道が講義を終えるまではなんとか独力で切り抜けなくてはいけない。
「葛葉、こっから先は接近禁止だからな」
すっと手でベンチにラインを引くと、葛葉が小首をかしげる。
天道もたまにやる仕草だけど、雰囲気のせいかあざとさで言えば彼女以上だった。
「えー、なんで?」
「それが恋人の友人との間に許される適切な距離だからだよ」
それ以上は誤解を招く恐れがあるぞ。あと僕のドン引きも。
かなり真剣に言ってるんだけども、葛葉は楽しそうに声をあげて笑った。
「もー、伊織クンって乙女みたいやね」
「その反応は誠に遺憾なんだけど……」
勘違いしないで欲しいけど、僕は何も葛葉が怖くって言ってるんじゃなくて、周囲に誤解されるのはごめんだから言ってるんだからな。
「ちなみにー、そこを越えたらどげんなっと?」
「それだけなら避けるだけだけど、触ったり変な事したら大声を出す」
「そいって伊織クンが変な目で見られるだけやない?」
「や、『顔が良い巨乳の女に襲われてます』って叫んだら、多分童貞が一人か二人くらいワンチャン事実に賭けて釣られるだろうからソイツを犠牲にして逃げる」
「わー、頭良かー、IQ200くらい?」
「自分で言ったことだけどなんか馬鹿にされた気がするな……!」
「えー、ウチ本当に感心したとにー」
嘘にせよ本当にせよ、それはそれで無敵じゃない??
「――それで、僕になにか用?」
「うん、ちょっとね、つかさちゃんがおらん時に話したいことがあると」
「もう嫌な予感しかしない前振りなんだけど」
犯行予告かな?
「えー、そがんことなかよ。えっとね、伊織クンはつかさちゃんのどこが好きになったとかなーって」
「ええ……」
なんだそんなことかと思ったけど、それでも拭いきれない不安を感じるな……。
恋バナとしてはオーソドックスだし、そりゃあ本人がいないほうが僕だって答えやすいけどさ。
「やっぱり顔? そいともおっぱい?」
「ちょっとやめないか」
「あとはー、家がお金持ちやけん?」
「なんて答えても印象最悪になる選択を迫るのやめない??」
そりゃあ確かに美人でお金持ちの彼女が欲しいって言った過去はあるけどさ。
あれはあくまで概念としての好みであって、実在の恋人の好きなところにそれをあてはめたらダメなやつじゃない?
「ええー、でもつかさちゃんも自分でアピールしたんやなかと?」
「だからってそこが好きですとは言っちゃダメだろ……」
いや、実際天道はすごい美人だし、スタイルにも健全な男子として当然の好印象を抱いてはいるけどさ。
お金持ち要素に関しては、基本は割り勘で別に高い買い物もデートもしてないからはっきりとあんまり関係ないって言えるか。
「じゃあなん? つかさちゃんのなんが好きと?」
「うーん……」
まぁとりあえずは普通の話みたいだから回答に集中するけど、いざそう聞かれると困るな。
「――え、もしかして好きなとこなかとに付き合っとっと?」
「なんでだよ」
判断が速すぎる。一分もたってないじゃん。
確かに天道は全部だけどとかって即答してた気がするけど、あれは彼女が男前なだけだぞ。
「えー、だってぱっとでてこんとおかしかもん」
「言語化するのが難しいだけかもしれないだろ」
「じゃーあ、ほら一緒におって安心するとか」
「安……心……?」
「なんでそがん顔すると……?」
いや、まったくないとは言わないけど、基本的にはいい意味でも悪い意味でもドキドキさせてくるのが天道つかさって女の子だからな……。
「いや、つかささんってジェットコースターよりもスリリングな感じだから」
「そいは恋人にする形容でよかと?」
「ダメかな……」
ダメかも、でも世間一般的にジェットコースターは花型アトラクションだから誉め言葉になるんじゃないかな(錯乱)。
しかしこのままだと葛葉の口出しもあって、あとで天道のお怒りを買いそうな回答に誘導されそうな気がする。
まとまってなくても単純に事実だけを述べた方が良さそうだな。
「んーとまぁ、あれこれ理屈を言うより、僕がつかささんと居たいと思ったってことが全てなんだと思うよ」
「でも伊織クン、婚約いやがっとったとよね?」
「そうだけど。最終的にはこっちから告白したんだし、一緒にいる間にそれが変わって、その理由が別にコレってのが思いつかないから――」
まぁデートに誘われたりキスされたりハグされたりでグイグイ来られて寄り切られたわけだけど、その過程でもろもろを先送りにしようとはしても、決定的に天道を拒もうとは思えなかったわけで。
「だからまぁ、僕もだいたい全部っていうことでいいんじゃないかな」
「なーん、はっきりせんねぇ」
「じゃあ、付き合ってる間に全部好きになったんだよ。これで満足?」
勝手に人にアレコレ聞いておいて、面白くないみたいに言われてもな……。
恋バナって基本のろけてる方が楽しいか、野次馬が楽しいかの二択な気がする。
「んー、でもまぁ、ようはつかさちゃんじゃなきゃいかん理由もなかとよね」
「僕の話ちゃんと聞いてた?」
いやその結論はおかしい、そう思って視線を向けると葛葉は今までの愛嬌ある笑顔を引っ込めて、圧を感じる真剣な表情をしていた。
「葛葉?」
「ね、伊織クン。話は変わるとやけど男の子ってどがんしたら童貞じゃなくなると思う?」
本当に百八十度変わったな?
「……そりゃ、性経験の有無じゃないの」
「ううん、ウチはね、女の子に夢を見てるかどうかやと思うと」
「ええ……?」
なにその説、新しい。
そもそも童貞だったこともない葛葉に何が分かるんだよと思わないでもないけど。
「だってね、ウチと付き合った男の子全員が、えっちしてすぐに変わった訳やないとよ」
あ、でもあんまり突っ込んだ話されるのも困るな?
彼女の友達の性事情とか一番踏み込んじゃいけないやつじゃん……。
相談に乗った流れで浮気しちゃうんだろ、僕は詳しいんだ(主に二次元で)。
「あのさ、葛葉。そういう込み入った話はつかささんも一緒に……」
「だけんね、えっちしても女の子に夢を見とる間は男の子はきっと童貞とよ。伊織クンば見ててやっとウチ気づいたと」
「本っ当にそれは分からない」
そしてやっぱり僕微妙にディスられてない、ソレ?
葛葉のいささか理解に苦しむ童貞の定義に不穏な気配を感じて、いつでも逃げられるように鞄を抱えなおすと、中でスマホが震えていた。
気づけば建物からはちらほら人が出てきていた、講義が終わったんだろう。
「葛葉、ごめん、ちょっとスマホ――」
「だめ」
「え?」
「ウチと話しとるとやけん、あとにして」
「ええ……? や、多分つかささんからだと思うし……」
「そいでもだめ」
「うーん」
これは説得は無理だな、間違いない。
しょうがないので一言断ってスマホを取り出す、ちょっと警戒していたけどさすがに叩き落されたりはしなかった。
案の定、通知は天道からのメッセージだ。
『今もそこ? 真紘は?』
そこってどこだろ、葛葉が連絡してたのかな。
そう思いつつ「三号館そばのベンチ、葛葉も一緒」と返信を送る。
「ごめん葛葉――ヒエッ」
そうして顔を戻して、葛葉の恨みがましい視線に思わず声が漏れた。
なんだろう、元々の顔立ちもあってそこまで怖い表情になってるわけじゃないんだけど、据わった眼からものすごい迫力を感じる。
暗いところで見ると普段は可愛いぬいぐるみでもちょっと不気味に思える、そんな感じだった。まだ明るいんだけどな……。
「ウチと話しとったとに……」
「いや、だから先に断ったじゃん」
「ウチはだめって言ったもん。あんね伊織クン、じゃあいっこお願いがあると」
「な、なに?」
僕まだ死にたくないんだけど。
「とりあえずお試しでいいけん、ホントにウチと付き合って?」
「は?」
「いた、真紘っ」
衝撃的な一言は、剣呑さをはらんだ天道の声でかき消された。
§
「――ねえ、どういうつもり?」
慌てた様子の
僕がやられたらなにもしてなくてもとりあえず謝ってしまうようなド迫力だった。
「どうしたとー、つかさちゃん。こわか顔してー美人が台無しよ?」
「ちょっとつかさ? 真紘、アンタなんかしたの」
「もー、なん英梨ちゃんまでー、ウチはなんもしとらんよ?」
「よく言うわね。アナタ、私に伊織くんと学食にいるって送ってきたじゃない」
「うへえ」
そんなことしてたのか。
僕がスマホとりだすのを嫌がったのも居所をごまかすためだったんだな。
ちら、と天道に視線で問われたのであわてて首を横に振って否定しておく、ついでにちょっと姿勢を正すと水瀬にうろんな目を向けられた。
違うんだよ(届かぬ否定)。
「あれはー、ちょっとした冗談やったとってー」
「ふぅん? ……伊織くん?」
「えっと天道の好きなところは? って聞かれたり謎の童貞論をぶちあげられたあとに、また付き合ってってこの前よりガチっぽく言われました」
また水瀬に今度はドン引きしてそうな視線を向けられたけど、ここで変に隠し立てした方が良くない結果になるのは目に見えてるだろ!
「だそうだけど?」
「んもー、そんなに伊織クン脅かしたら可哀想かよ」
しかし僕(と水瀬)が口を挟めないほどお怒りっぽい天道にも、葛葉は普段のようなのんびりしたペースで応じる。
普段通りの笑顔がいっそこうなると怖くなってくるな……。
「真紘、私ね。アナタのことは本当に友達だと思ってるの、だから答えて」
「んー、そいはウチも一緒よ、これは本当」
真摯な天道の声音に、眉を寄せて少し困ったような表情を見せたあと、葛葉はやっぱり笑顔で言い放った。
「あんね、伊織クンのこと、ウチに譲って?」
「いやよ、私の彼に手を出さないで」
犬猫みたいに言ってくれたな、という思いは天道のイケメン発言でかき消された。
男子が立場を置き換えて一度は言ってみたいと夢想しそうなセリフをこうもあっさりと……!
「んー、でも伊織クンも、そっちのほうが良くない?」
「なんでそう思うのか心底理解できない」
「だって男の子は可愛くて一途でおっぱいおっきい子のほうが好きくない?」
「ええ……」
要素を抜き出すと否定しづらい箇条書きマジックは止めてほしい。
それだけを言われればNoが言えるのは多分少数派だろうけどさ。
僕に限らず、付き合ってる彼女から乗り換えるほどの絶対条件じゃないぞ。
「――や、だってつかささんも美人で胸も大きいし、あと僕にはその、一途に接してくれてると思うし」
「でもウチの方がおっぱいおっきかよ?」
何言わされてるんだろうな、僕。という苦悩をかき消すおっぱい万能説やめろ。
もしかしてカップ数が絶対的カーストの世界に生きてらっしゃる?。
「それがなんの根拠になるんだよ……」
あと男子をどれだけサルだと思ってるんだ、
「あのさぁ、真紘……」
「ごめん、英梨ちゃんにはわからん話やけん、ちょっと黙っとって」
「ねえ、アンタそれ今どっちの意味で言った……?」
そしてなぜか水瀬が巻き添えを食っていた。
彼氏がいないのか、胸のせいなのか、どっちにしろむごい仕打ちだ。
「あとね、そいもこいもつかさちゃんが
「――私のなにがずるいのよ」
「だって、ウチの好みの人おったら紹介するって言ったとに、伊織クンのこと黙っとったもん。絶対ね、って約束したとに」
「それは……だって、伊織くんが婚約者だったのよ。さすがにその人を紹介は出来ないでしょ」
そして天道もやっぱり僕が葛葉の
否定できないけどちょっと複雑だな……!
「そがんことなくない? つかさちゃんは婚約したくないって言いよったろ。そいにあとで聞いた話やったら、伊織クンに彼女が出来たらつかさちゃんも自由になれたんやなかと?」
「だから、それは伊織くんが婚約相手だってわかる前の話じゃない」
「だけんが、つかさちゃんは自分の好みやったけん、約束破って伊織クンのことウチに教えてくれんやったっていいよると!」
はじめて聞くくらいの葛葉の大声は、天道を完全に沈黙させるくらい痛いところを突いたようだった。
確かに分析としてはそう的外れでもない……かな? 勢いが良すぎてちょっと流されている気もしないでもない。
「伊織クンも婚約嫌がっとったんなら、ウチに教えてなにがまずかと? ウチはちゃんと何人か教えてあげたとに!」
「また僕に被害与えてくんの止めてくんないかな、前にも言ったけど」
争いは何も生まないどころか、周囲に被害を生むんだよなあ。
本当やめてほしい、これで個人名とか出したら酷いからな?(僕のメンタルが)
「アンタたちそんな約束してたの……」
「もう、大事な話しよると! 英梨ちゃんは黙っとって!」
「ええ……」
そしてまた叩かれる水瀬、印象はアレな彼女だけどちょっとこれには同情する。
「……わかった、それは確かに真紘の言うとおりだわ。ごめんなさい」
「うん、じゃあ伊織クンちょうだい」
「それは嫌」
「なんで?」
「僕も嫌です」
「それ、もうちょっとはっきり言ったら?」
いつのまにやらにらみ合う二人から僕を盾にするような位置へ逃げてきた水瀬がぼそりと呟く。
「誰だって約束を破ったからで彼氏とは別れないでしょ! そもそも、前にも言ったけど伊織くんはもう童貞じゃないから対象外でしょ!」
「そいはつかさちゃんのせいやろ! だけんノーカンやもん!」
「なによその理屈は!」
「三秒ルールって知らんと!?」
「人をヨゴレ扱いしたわね……!?」
水瀬はああ言ったけど、これに割って入れる? 入れなくない?
とても話を聞いてくれる雰囲気じゃないぞ。
というかもう何度も嫌だってちゃんと言ってるんだよなあ。
「そもそも、私は伊織くんからちゃんと告白してもらってるんだから、彼の意志を尊重しなさいよ」
「それを言ったらウチが伊織クンに声かけて、選んでもらうのも尊重してくれてよかろーもん!」
「あ、僕はつかささんが彼女で満足してるので結構です」
「え? ウチのほうがつかさちゃんより可愛いとに?」
本当に引き下がる気が全然ないな、この女……!
「――は?」
そうして葛葉の一言がまた事態をややこしくさせたと確信させる、天道のマジギレ声が聞こえた。
「あ、アタシもう帰るから、おつかれ」
「水瀬さん……!」
逃げるな、逃げるなァ、卑怯者ォ……!
この状況で置いていくのか、僕だけを。という思いを込めた視線から、少し気まずそうにふいと顔を反らして彼女は早足で去って行った。
あいにく天道も葛葉もそれを引き留めない。辛い。
「――それはなに、真紘はその引くくらい大きな胸のサイズだけじゃなくて顔の良さでも私に勝ってて、伊織くんの恋人に相応しいって言いたいの?」
「そこまでは言わんけど、男の子はつかさちゃんみたいな綺麗系よりはウチみたいな可愛い系が親しみやすかと思うと、特に女子慣れしとらん人はね」
「個人によると思うよ」これはガチで。
「ふぅん、それにしても今日は随分としゃべるのね、いつもと違うじゃない」
「だってねー、あんまり賢そうなのは男の子好かんもん」
「なぁに、なにか言いたいことがあるの?」
「さぁ? あとね、ただ遊んどったつかさちゃんと違うて、彼氏としとったウチのほうがえっちでも満足させてあげられると思わん? 一般論で」
「――そう、へえ」
僕の知らない一般社会がこの世には多すぎる……!
「いいわ、そこまで言うならわからせてあげる」
「なん、伊織クンにアプローチしてよかと?」
「やめてくれよ……」
こんなピリピリした天道と話を聞かないゆるふわモンスターに挟まれたままじゃ、ストレスで胃に穴が開くぞ。
「お互いに自分のほうが上って言いあっても埒が明かないわ、ちょうど学祭でコンテストがあるじゃない。あれ、まだエントリー受付けてたでしょ」
「ウチはよかけど、つかさちゃんの評判で出ると? ひどいことにならん?」
「いや、葛葉もたいがいだぞ……」
互いに自己評価が高すぎる。
あるいは採点が甘いのか。
「逃げたいなら、私は止めないけど」
「そがんこと言っとらんもーん、で、ウチが勝ったら伊織クン譲ってくれると?」
「それを決めるのはあくまで彼、単にどちらが上かはっきりさせようってだけ」
「ん-、じゃあせめてウチが勝ったら今後はもうつかさちゃんは邪魔せんでね? 睨まれとったら伊織クンも選びにくかと思うけん」
「ええ、考えてあげる」
巧妙に言質は取らせなかったな……!
興奮しているようで悪辣さを見せた天道と、意外に(と言ったら失礼だけど)口も頭も回った葛葉、二人の女子はそれでどうやら互いに納得する落としどころを見つけたらしかった。
「じゃあ決着は十一月の学祭、ミスキャンパスコンテストで」
「どがん結果になってもつかさちゃん泣かんでね?」
「そっちこそ」
まさに竜虎
微妙に蚊帳の外に置かれた僕は、これ本当に決着つくのかな、とか、二人とも予選落ちしたらどうするんだろう、とぼんやり考えていた。
秋の日が少しずつ短くなり行くある日のことだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。