タイフーンデイ・フィーバー

「来ちゃった」

「――どうして」

 朝から薄暗い九月の金曜日。

 台風による午後からの荒天が予想されている中で、嵐に先んじて現れた天道てんどうつかさは偏差値激高の顔面にいたずらっぽい笑みを浮かべていた。

「ねえ伊織いおりくん、どうしてそんな変な顔するの? キミの可愛い彼女が部屋に遊びに来ただけじゃない」

「いや、それはもちろん嬉しいけどさ。今日は台風で休講なのにどうしてつかささんがこっちに来てるのかなって」

 あと純粋に危ない、危なくない?

 まだ勢力圏に入ってはいないだろうけども。

「あら、そうだったの? ぜんぜん気付かなかった」

「そんなことある??」

「電車にも駅にも人が少ないからおかしいとは思ったのよね」

「こんな白々しい言い訳もなかなか聞かないな……」

 誤魔化す気が無さすぎるにもほどがあった。

 なにせ近年各地で大雨の被害が多い関係で、全面休講の連絡は昨日の午前に早々に出されている。

 まして休講になる度にこちらの予定を確認してくる天道が、それを把握していないはずがない。つまりは故意犯に違いなかった。

「でも今から帰るのも大変だし、今日は泊めてくれるわよね?」

 全く大変そうでない表情がますます確信を強める。

「鞄が明らかにデカいんだよなあ」

「ほら電車も止まっちゃうかもしれないし」

「いや、それはないでしょ」

 なにせ天道の通学手段である地下鉄は、県内の路線ことごとくに真っ赤な運休の文字が並ぶような事態でも「平常運転」の文字が燦然さんぜんと輝く最強路線だ。

 多分あれ水没でもしないと止まらないんじゃないかな。

 なおそのために台風の度に、バイト先に行けるから休みにならないと友人から怨嗟の声があがったりもしている。さておき。

「なぁに、いやなの? 私がお泊りして、伊織くんが困ることでもある?」

「そうじゃないけど……ちゃんと家には話をしてあるんだよね?」

「もちろん、こんな日に黙って出かけたら心配されるじゃない。キミにも迷惑がかかるし」

「もう隠す気ゼロじゃん」

 やっぱり初めからお泊り目的じゃないか。

 彼女のお泊りは普通に嬉しいしかないイベントなんだけども、ちょっと天道つかさ天災説を唱えたくはなるな……。

 なにより事前に言ってくれても良い、良くない?

「今から帰るのも危ないし、泊るのはいいけど。急だから部屋片付いてないよ」

「平気よ、お礼に掃除くらいするわ」

 とは言えいつまでも玄関先に立たせておくのもなんなので、荷物を受け取って部屋に招き入れる。この重さ、確実にこのまま週末お泊りコースだコレ。

 ついでに言うと鞄を渡すときに「ありがと」ってちょっと嬉しそうにするのが本当にズルかった。

「あ、それとね、一応だけど泊まりに来た理由もあるの。うちの家って古いでしょ? 台風の時なんかはどうしても音がうるさくって」

「あー、そっか」

 天道家のお屋敷はそれはそれは年季が入っているものだ。

 当然作られた後に色々と手は入っているのだろうけど、鉄筋コンクリートの建物と比べれば防音性は大違いだろう。

「だから、今日の夜は伊織くんの腕の中で安心させてもらおうかなって」

「つかささん、もしかして朝から飲んでる?」

 なんで今日こんなテンション高いんだろ。

 アルコールの匂いはしないんだけどな。

「失礼ね、素面しらふよ。ほら、台風の日って気分が高揚するじゃない?」

「ええ……」

 子供かな?

 いや僕も準備とかはちょっとテンション上がるし、なんなら昨晩のうちにミネラルウォーター買い込んできて、窓ガラスに養生テープでバッテンつけたけど「台風だから恋人の家に泊まったろ!」はちょっと特殊すぎる症例では?

「それに停電の日って出生率が上がるって言うし」

「つかささん、はしたない」

 あと市内停電は結構な非常事態だから期待しないで欲しい。

 良くないよ、そう言うの。

「えっちしないの? せっかくのお泊りなのに」

 その聞き方はズルくない?

「僕まだ出生率を上向ける気はないんだけど……」

「まだ、ね? 大丈夫、ちゃんとゴムも買ってきてるから。私だって、まだまだ二人っきりでいたいもの」

 嬉しいやら恥ずかしいやらツッコんだほうがいいのやらで、僕の心の平穏が大丈夫じゃないんだよなあ。

「――そう」

「ええ、そうよ」

 なんて苦しい相槌しか打てない僕をよそに、人間台風みたいな麗しの恋人はどこまでも上機嫌に笑うのだった。


 §


「じゃあ僕ご飯作ってるから、部屋の片付けするならその間にお願い」

「いいけど、今からなの? お昼にはまだ早くない?」

「や、夜をコロッケにするから今のうちにって思って」

 茹でたり炒めたり揚げたりで結構な手間と時間がかかるし、もし揚げ物してる時に停電になったら危ないってレベルじゃないしな……。

「どうしてこんな日に揚げ物なの」

 同じような懸念を抱いたのか、天道がいささか不可解そうに首を傾げる。

「え、台風にはコロッケでしょ」

「聞いた覚えがないんだけど、どこの慣習?」

「ネットの風潮かなあ」

「ええ……」

 半信半疑と言った様子で天道はスマホをたぷたぷしたあと、検索を終えてなんとも言えない表情になった。

「どうして?」

「何を見たのか分かんないけど、説明されてる通りだよ」

 誰かが台風の日にコロッケを作って食べてネットで報告して、それが掲示板やらSNSやらで広がったわけだけども、突きつめて言えば「なんとなく」だろう。

 恵方巻なんかより由来がはっきりしてて良いとか、兄なんかは言っていたけど少数派なのかな……。

「まぁいいけど、掃除機借りるわね」

「あ、うん、どうぞ」

 天道はまだどこか得心がいかなそうだけど、一旦脇に置くことにしたらしい。

 実際、僕もこれ以上追及されても困る。

「あ、そうだ、ちょっとアップロードしてるからPCは触らないでもらえる? すぐに終わるとは思うけど」

「ええ、なんだかすごい音してるけど、大丈夫?」

「ヘーキヘーキ」

 そう、と言って手始めにと床の片づけをはじめる天道にはもうすっかり遠慮なんてなくて、一方こちらはそんな姿にまだ慣れなくて、くすぐったいものを感じつつついつい目で追ってしまう。。

「伊織くん、まだほかに何かある?」

 そんな挙動不審な僕を見とがめて、天道が身を起こす。

 拍子に今日は下ろしたままの長い髪が、さらりと音がしそうな感じで耳からこぼれた。

「――や、大丈夫大丈夫、じゃあお願いします」

「ええ、任せて。あ、埃が立つからドアは閉めておいてね」

「うん」

 我ながらちょっと未練がましい声が出たな、と思いつつ言われたとおりに部屋とキッチンとを分けるドアを閉める。

 巻き起こった風には、少しだけ天道の甘い匂いが混じっていた。気がする。

「――よし」

 刃物を使うのに浮かれたままでは危険だ。

 髪を耳にかけなおす天道の姿を頭を振って追い出して、僕はジャガイモを手に取った。

 いざ始めてしまえば、さすがにピンクな考えが頭に入り込む余地もない。

 ジャガイモを洗って皮を剝き、適当に乱切りにして水にさらしたあとで茹でる。

 その間にみじん切りにした玉ねぎをひき肉と一緒に塩コショウして炒めておく。

 竹串でジャガイモの茹で具合を確かめ、いい感じになったらボウルに移して潰して、炒めた連中とごっちゃになってもらう。

「んー、ヨシ」

「――伊織くん、掃除終わったけど、何か手伝うことはある?」

 出来上がったタネを味見にひとつまみしていると、ちょうどのタイミングで天道がキッチンに顔を出した。

「ありがと。じゃあ味見お願いできるかな」

 ボウルを差し出すと、天道は「ん」と軽く顎をあげた。

「手、まだ洗ってないから、伊織くんが食べさせて?」

「アッハイ」

 そうして極々自然な流れであーんを要求してくる。

 いや、別にまぁこれくらいなら僕だって多少はね、と心中で謎の言い訳をしながら、彼女にあわせて小さな一口大に丸めたタネを放り込んだ。

 しかし物を食べてる姿って、謎のエロスを感じるのはなんでだろうな。

「おいし」

「なら良かった」

 まぁコロッケは時間はかかるけども工程自体はシンプルだし、ころもを厚くしすぎたりとか、揚げすぎだとか以外ではそうそう失敗もないだろうけど。

「次は衣つけるのよね? すぐに準備するから待ってて」

「や、その前にちょっと寝かせるから、あわてなくていいよ」

 キッチンの流しではなく、洗面所へ向かう天道に声をかける。

「そーお? わかったー」

 あんまり聞き覚えのない彼女の間延びした返事は、同棲感がものすごかった。

 表情が緩むのを自覚しつつ、鍋とフライパンをシンクに放り込む。

 へへ、と思わず声が漏れてしまうようなむず痒さは、彼女に悟られる前に油汚れにぶつけて発散することにした。


 §


「そう言えば、伊織くんってお料理のときエプロンしないのね」

「あ、うん、持ってないから。まぁ普段着で汚して困るようなものもないし」

 僕の肩に頭を預ける至近距離の天道にも、このごろはすっかり慣れた(ドキドキしないとは言ってない)。

 ベッドを背もたれにして小休止中に、例によって恋人つなぎにした手をイチャコラいじりつつ、彼女は僕の首筋ですんすんと鼻を鳴らす。

「んー……でも匂いとか移るし、しておいたほうがいいんじゃない? 最近、前より自炊も増えたでしょ」

「まぁ、そだね」

「ちなみに、なにか心境の変化でもあったの?」

「夏休みのお泊り以来ちょいちょい手料理をリクエストしてくる彼女がいるからだと思うんですけど」自分はいまだに作ってくれないのにな!

「それ以外で、よ」

「ええ……」

「それと『可愛い』彼女ね」

「その注釈いる?」

 二つの意味で横暴では?

 とは言え理由が頼まれるから、だけではないってのも確かだ。

「まぁ正直つかささんがおいしいって言ってくれるから、張り合いがあって面白いのはあるかな。そんなに凝ったものは作れないけど」

 元々実家では父も兄も料理をするので抵抗はなかったし、一人分だと割と面倒くささが勝るけど、二人分だとやる気になったりするのもあった。

 なんて思っていると天道が液体の猫みたいになってぐでえと一層密着してくる。

「――本当に伊織くんは不意打ちが好きよね」

「どっちかって言うとつかささんが不意打たれるのが好きなんじゃないかな……」

 また何か僕の返しがお気に召したらしいけども、普段の見透かされっぷりを鑑みるにこれは予想できないものなのかな。

「伊織くん」

 甘える猫みたいに首をこすりつけてきた彼女が、猫なで声で僕の名を呼ぶ。

「はい」

 顔を向けると柔らかい感触を唇に感じ、続いてぬるりと濡れた感覚が前歯をくすぐるように撫でていく。

「ん――」

 いま舌入れるところじゃない、なくない?

 くわえて終わったあとに自分の唇を舐める仕草がとんでもなく肉食獣っぽくて、はしたないってツッコミを忘れるくらいにどきりとさせられた。

 天道の顔の良さをはじめとした諸々の魅力は適正に評価できているつもりなんだけど、もうなんかなんでも「アリ」に思えてきてる気がするな……。

 かみやんに言った高すぎる元カノ基準の脅威は、僕にこそあてはまるのでは?

「どうしたの?」

「や、もしつかささんに振られたら僕はその後ちゃんと立ち直れるのかなって」

「なんで唐突にそんな心配するの」

 ふっと不安と共に頭に浮かんだ考えを口にすると、途端に天道の顔が曇った。

 非難するように絡んだままの指に力が入る。

「ねえ伊織くん、私、今いい雰囲気作ったつもりだったんだけど?」

「いだいいだい」

 あ、これ結構本気で怒ってる。

「や、特に理由はないんだけど、僕もドキッとはしたし、ただそれでふっと頭に」

「全く根拠がないのに不安になれるのってすごいわね……古いドラマじゃないんだから」

「ごめん」

「――ほんっと、仕方のない人ね」

 もう、とお許しの気配を漂わせながら天道はあぐらを組んでいた僕の脚を無理やり崩して、その間に収まると胸に背を預けてきた。

 例によって甘い天道の匂いが鼻をくすぐる。

「ところでつかささん、手を持ってくところおかしいから」

「え、なに? こういう時って胸を触らせるものじゃないの?」 

「悪いインターネットに毒されてるな……」

 僕の手を自分の胸に設置させようとしていた天道は、結局は腰に回させることで妥協してくれた。

 そしてビックリするくらい腰が細い、細いというか薄かった。

「ネットって言えば、さっきはなにをアップロードしてたの? えっちな動画?」

 どうして第一候補がそうなるんだろうか。

「違うよ、録画してたゲームの動画。サークルのチャンネルに投稿するフラグムービー用の素材をあげてた」

 僕が所属しているeスポーツサークル――という名のPCゲーム愛好会――「SWゲーミング」は月一の定例会をのぞけば、チャットツールを介して集まるのが主で、その代わりに外部に分かりやすい活動成果として、動画サイトのチャンネルに定期的に動画を投稿するようにしている。

「フラグムービー」

「うん。ええと、なんて言えばいいかな……基本、ゲームのプレイ動画なんだけど、キルしたところとか、ハイライトを集めたみたいな動画だよ」

「それって伊織くんのもあるの?」

「僕だけのはないけど、採用されたシーンはいくつかあるよ」

 見られて困る履歴とかは出ないと思うけど片手間でPCはちょっと怖いな、とスマホで動画チャンネルを開いて、適当に選んだ動画を再生する。

「これこれ、二つ目のシーンに出てくる狼男が僕のキャラ」

 しかしHNが右下に思いっきり差し込まれてるのちょっと恥ずかしいな、なんで僕はこんな厨二っぽい名前にしたんだ……。

 なんて考えてる間に、動画では狼男が瀕死になりながらも三人の敵を返り討ちにしていた。

「……ちょっと何がすごいのかは分からないわね」

「あらためて説明するのも難しいなぁ、まぁゲームやってる人向けに、なんとなく格好いいシーンの詰め合わせ作ってると思ってくれればいいよ」

「そうね。で、このゲームが時々夜に伊織くんの反応が悪い原因なのよね?」

「――アッハイ」

 別に「きゃー素敵ー」みたいな反応を期待していたわけじゃないけどこれは予想外、予想外過ぎない?

 あと天道をないがしろにしてるとかじゃなくて、ちょうどゲームしてるときに連絡が来るだけだから……(震え声)。

「別に百面相しなくても怒ってないけど……でもそうね、伊織くんに私を喜ばせるチャンスをあげましょうか」

「貯金はそんなにないんだけど……」

「お金で解決しようとしないで。そうじゃなくて――私に関することでなにか気づくことはない?」

「ええ……」

 それはチャンスじゃなくて正解できないと機嫌を損ねる即死トラップでは?

 モテ系男子ならともかく僕の恋愛偏差値なんて酷いもんだぞ。

「好きなだけ見て、触ってくれていいわよ」

「そう言われてもなあ」

 そもそも目の前には明るい髪色のつむじしか見えないんですけど。

 と思っていると天道はくるりと体を回し膝立ちになると、改めてその細い腰に手を当てさせ、自身はこっちの肩に手を置いてまっすぐこちらを見下ろしてきた。

「サービスで制限時間は無しにしてあげる」

「わぁい」

「心がこもってない……!」

 だってなぁ……。

 現状は子供に「高い高い」をするみたいな姿勢だけども、見上げる形になる微笑みはそんな可愛いものではなく実に不敵で無敵な感じで彼女にハマっていた。

 つくづく顔が良いなあと思いながら、僕は難題に挑む。

「髪が」

「切ってない」

「体重が」

「痩せてない、ちなみに多分伊織くんにも嬉しいことよ」

「ええ……」

 こんなんもう詰みじゃん……。

 しかも全部言い終える前にダメ出しされるし、追加で答えにくくしてくるし。

「……他に出てこないの?」

 心底不思議そうに言うのも止めて欲しい。

 嘘、僕の彼氏としてのスペック低すぎ? ってなるから。事実だけど。

「腰が、細くなった?」

「ちょっと近いけど、違うわ」

「近いのか、えーとじゃあ、お尻が小さくなった……とか?」

「違うけど、伊織くんは小さい方が嬉しい?」

「答えにくいってばソレ。別に、つかささんの体型に不満とかないよ」

「それはそうね」

 うーん、強い。

 しかし他は何があるだろうな。匂いは多分変わってないし、そもそも僕も嬉しいっていうところがよくわかんない。

 更に顔が良くなったとか?(錯乱)

「ダメだ降参、わっかんない」

 視線を彼女のそれとあわせて恐る恐る白旗をあげる。

 天道はそんな僕の反応に、ふっと薄く笑うだけだった。

「正解はね、ブラのサイズが一つ上がったの」

「なんて答えればいいのそれ」

 つまり胸が大きくなったって、コト!? とか言えばいいんだろうか。

 そして僕は天道の胸が大きくなると喜ぶと思われてるのか、非常に微妙な気分になるな……。

「まぁ、それでも真紘まひろには負けるけど」

「えー」

 そしてさすがに二人きりの時に、唐突に別の女子の名前が出されることには、その意味を考えずにはいられなかった。

 なにせ僕が言ったら確実にダメ出しされるだろうから。

「僕は、つかささんが葛葉くずのはに負けてるところなんてないと思うけど」

 あ、なんか珍しい顔したな。

 きょとん、という形容が似合う、ちょっとあどけない驚いた顔を浮かべて天道は、ぱちぱちと瞬きを繰り返した。

「真紘の胸、Hもあるんだけど」

「そういう意味じゃないから……」

 そこは確かにすごいと思うけどさ!

 しかし僕が拙い説明をする間でもなく、意図を汲んでくれた天道は嬉しそうに、すごく嬉しそうに微笑む。

「――でもそうね、伊織くんがそう言ってくれるなら、私もそれでいいわ」

「うん」

 葛葉はちょっと頭おかしいと思うけど(鋼の意志)、それでも天道にとっては希少な友人の一人だろう。

 だからなんかちょっと不穏な雰囲気を漂わせてくれてても、関係を簡単にどうこうはできないのだと思う。

 そしてそれで、僕への申し訳なさとかでちょっとややこしい心境になってしまうのも。

 だから、だったら、大事な、大事にしたいと思う相手には、照れくさかろうとも言葉を惜しんだりはすべきじゃないとそう思えた。

「僕が気になるのは、まずつかささんのことだよ」

「――うん、ありがと。ごめんね、面倒なこと言って」

 普段よりちょっとしおらしい天道の返事に、これで良いのだと確信を深める。

 格好つけることへの羞恥なんてまったくもって大事じゃない。

 心の内臓も実質ノーダメージだ。

「別に、僕の方が面倒な性格してるしね」

「それはそうね」

「酷くない?」

「いいの、そんなキミが好きなんだから」

「そう……」

「――ふふ」

 なんとかポーカーフェイスを装ったけどほぼ即死攻撃を即座に挟んでくるの止めて欲しい。案の定内心バレバレでくすくす笑われてるし。

 まぁ天道が楽しそうならそれでいいけどさ(自棄)!

「あと、そもそもだけど僕はそんなにその、胸の大きさにこだわりは無いからね」

「そう?」

 普段の調子を取り戻した天道が、肩に置いていた手を僕の頭の後ろに回した。

 このまま抱きしめられると、ちょうど顔が彼女の胸に埋もれる形になる。

 そしてこういう時の天道はヤる女の子だと、経験上知っていた。

「でも、私のが大きくなっただけなら単純に嬉しいでしょ?」

「どう答えればいいのかも分かんないんだよなあ……」

「なら今から、たっぷり確かめたら?」

「――物理的に?」

 僕の変な返しに天道はまた笑う。

「そ、物理的に」

「まだ昼なんだけど……」

「外も暗いし、夜みたいなものよ」

「すごい論理だ」

 つまり曇りの日は天道的には昼間っから夜ってことなのかな?

 お泊りで悪天候が続いたらいつか腎虚じんきょになって死にそうだな。

「なぁに、いやなの?」

「そうじゃないけど……」

「けど、は無しね」

 あ、これもう逃げられないな?

 次の瞬間、柔らかくって良い匂いのする天道の胸に抱かれて僕は観念した。

 

 ――結局、僕たちがコロッケを揚げる作業に手をつけたのは、台風が雨戸を景気よく揺らす、午後も遅い時間になってからのことだった。

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