夏の延長戦編
美しく燃えるもの
カーテンの隙間から、光の筋がいくつも差し込んでいる。
ちらちらとそれが揺れるのはベランダに干した洗濯物の影だろうか。
電気を消し閉め切った部屋で、空調をつけていても感じる行為の余熱の中でふとそんなことを考えた。
使用後のコンドームと、腰回りの始末をつけて、ペットボトルで用意していた水を流し込むと、予想以上の心地よさが体に染みていく。
「つかささん、水は?」
背を向けて同じように後始末をしていた彼女が肩越しにふり返る。
白い背中と腰が描く優美なライン、気だるげに投げ出された脚とお尻の美しい曲線はドミニク・アングルの有名な裸婦画を思い出させた。
「ん――伊織くんが飲ませて?」
またお嬢様なこと(偏見)言い出したな、と思いつつ、ボトルを彼女の口元へ運ぶと整えられた綺麗な眉が不満そうに歪む。
「そうじゃなくて」
言いながら天道は、自らの唇をそっと指でつつく。
蠱惑的な仕草に、もう結構酷使して熱を持ってるペニスが再び持ち上がった。
なんだってこう一々やることなすこと絵になるのか。
「――
「マ、よ。ね、早く」
くすくすと何やら楽しそうな笑顔の圧に負けて、僕はボトルに口をつけた。
そうして目を瞑り、キス待ち顔の天道に唇を重ねて、ゆっくりと水を流し込む。
「ん――――ふぁ……」
白い喉が嚥下のため動くさまはさぞかし官能的だったろう、それが見えないことをちょっと惜しみつつ水を飲ませ終わると天道がゆっくりと目を開けた。
悪戯な光を宿したツリ気味の目と至近距離で視線が絡む。
「ありがと」
笑みの形を作ったあとで、彼女はちゅっと音をあげて唇を軽く突き合わせた。
正直、素面だったら死にそうなくらいに駄々甘な行為だ。
「これ、ぬるくなるだけじゃない?」
「いいでしょ、一度されてみたかったの」
思春期男子の妄想かな?
ド級の性経験の一方で本気になるわけにはいかなかった天道は、どうにもバカップルっぽいというか、ちょっと子供っぽいような戯れへの憧れがあるらしい。
僕としてもそれに付き合うのは全くやぶさかではないけど、照れるのは照れる。
「伊織くん」
裸のまま寝転がった彼女に横をポンポンとお招きされるくらいなら、許容範囲なんだけど。
パンツだけをはいてベッドに寝転ぶと、天道は僕の右腕を取って枕にした。
お互い体を横向きにして、向かい合った姿勢を取る。むぎゅとつぶれた胸が谷間を作る天道の裸体は、賢者モードでも大層目の毒だった。
「――ね、どうだった?」
そうして彼女はピロートークの開幕に超剛速球を投げ込んでくる。
「とっても気持ちよかったけど……」
それは経験値の差的に僕がしつこく聞いて、幻滅される奴ではなかろうか。
とは言え実行に移しても真偽のほどはわからないし、それで疑心暗鬼になるくらいなら、行為の最中の彼女の反応をただ信じていた方がいくらもマシだ。
そう思って聞かないようにしているのに何故、と思っていると天道が胸元に顔を寄せて鎖骨のところに吸い付いてキスマークをつけてきた。
「つかささん、何してくれてんの……」
「話の途中でほかのこと考えてた罰よ」
「即執行とか司法が仕事してないんだけど」
しれっと言ってくれたけど、シャツ着れば隠れる場所だからまだ良心的か……。
「それより伊織くんも慣れてきたけど、童貞じゃなくなった感想は、どう?」
「ん……」
童貞であることはかつては精神的な重荷だったけれど、たった数度のセックスは僕を劇的に変えてはくれなかった。
女の子という宇宙の謎が解き明かされたわけでもなければ、もう童貞じゃないんだぜ、みたいに自信が湧いてくるわけでもない。
相変わらず天道の過去は気になるし、卑屈な思いもどうしたって消せやしない。
「あんまり、これと言って変わったことはないと思うけど……」
確かに変わったと言えるのは、
まぁ初回で見事に暴発して挿入失敗、その後中々芯が入りきらないのをこんなの何よとばかりに天道にそのテクでフル勃起させられて、騎乗位で逆レ気味に童貞喪失させられればもう怖いものなんてなくなるのも当然と言う気がするけど。
天道の誘いに身構えるようなことはなくなったし、しようっていうサインを受けとった時は素直に嬉しい。
「ふぅん……初めての相手が特別になったりしてない?」
いや、それは元からだから。
ニマニマと笑う天道は憎たら可愛くて(新語)、素直に伝えるのは少し癪だ。
癪だけれど。
「なってるよ」
「ふふっ……ん――」
だけれどそんな僕の意地よりも口にして伝える方が大事だと思えるのは、これも童貞じゃなくなったことによる変化だろうか。
あと嬉しいからキスしたんだろうけど、ここは舌を入れるタイミングじゃない、なくない?
「つかささんのことは、余計わかんなくなった気がするけどね……」
「そう? 良かった」
「なんでさ」
「ちょっとセックスしたくらいで相手のこと分かった気になるのって、どう?」
なるほど、もっともな話だ。
そう思っていると天道が手を下の方へ動かす、股間を触られるのかと一瞬身構えたけれど、彼女の目当ては僕の左手だった。
にぎにぎと恋人つなぎで絡めた指に力を込めながら胸の前まで持ってくる。
「――つかささんは、どうなの? 僕とセックスしてみて」
「しあわせ」
「え」
短くて、シンプルな回答と、不釣り合いなくらいの思いを感じる声に戸惑っていると天道は握っていた僕の手を胸の谷間へと導いた。
「伊織くんは私が平気だと思ってるかもしれないけど、いつもすごくドキドキしてるの。それに、とっても気持ちいいし、キミが喜んでくれるならなんでもしてあげたくなる――」
胸の中央に押しつけられた掌には、確かに強い鼓動を伝わってくる。
そうして言葉通りに幸せそうな表情も、それが天道の本心だと教えてくれた。
「だからね、私伊織くんとのえっちがしあわせで、大好き」
「うん、それはどうも……光栄です」
「なにそれ」
軽い気持ちで聞いてみたら思っていた以上の反撃を貰ってしまった。
「伊織くんなら、途中でゴム外される心配もないから集中できるし」
そうして冷や水もぶっかけられた。
それはちょっと今のタイミングで言わなくて良かったと思うんだけどな!
「あ、二つの意味でね?」
フォローが入ったけれどもどうにも天道は童貞心を理解していない、いや僕も乙女心は理解できてないし、そもそももう童貞でもないんだけども。
「どういうこと?」
「伊織くんはそんなことしないって言うのと、したいなら生でされちゃってもいいかなって意味」
「――そう」
それに、なんて言えばいいんだろう。
僕が誠実だという誉め言葉でもあるだろうけど、そんなことできないだろうって意味にも聞こえるし、受け入れてくれるのを喜んでいいのか、僕らまだ学生だけどって諭せばいいのか。
「やん」
とりあえずおっぱいを揉んで誤魔化すと、天道も冗談っぽく身をよじった。
前までは絶対できなかった行為に、僕も成長したなと現実逃避しながら、言われた言葉をもう一度自分の中でかみ砕いていく。
――幸せ、か。
今でも付き合う前からの焦燥や不安は消えていないし、胸を張って天道の全てが僕のものだなんて言えないけれど、それでも僕もまたこの新しい関係に確かに幸せを感じていた。
「伊織くん……」
ぼんやりとそんな感慨に浸っていると、天道が弱弱しい声をあげる。
「ん、何?」
「そんなに触られたら、したくなっちゃうから……」
言われてはじめて、僕はずーっと天道の胸をさわっていたことと、いつのまにやら掌にこりこりと固くとがった感触があることに気付いた。
「あ、ごめん、そんなつもりじゃ――」
否定しようとすると、途端に天道の目が剣呑に光った。
口よりも物をいうそこが主張しているのは「責任を取れ」というただ一つだ。
「えっと――もっかい、する?」
「ええ、もちろん」
天道の浮かべた笑みは獲物を前にした肉食獣を思わせる。
その日三度目のセックスは、とにかくすごかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。