第128話 夏祭りの食べ物は雰囲気も大事
たこ焼きを食べた後も綾乃と零斗は夏祭りを満喫していた。
と言っても、ほとんど上機嫌な綾乃に零斗が振り回されてばかりだったのだが。
今は少し休憩しようということで、出店が出ている通りから少し外れた所で座って休んでいた。
わたあめ、チョコバナナ、イカ焼き、焼きそばなどなど様々な食べ物を綾乃達は買っていた。
「うーん、わたあめって美味しいんだけど三口くらいで満足しちゃうんだよねぇ」
「まぁ言うて砂糖の塊みたいなもんだからなぁ。見た目は確かに綺麗だし美味しいんだけど」
「でもお祭りに来るとわたあめ食べたくなるし。で、いっつもこうやって後悔するの。持って帰ってもふわふわなままじゃないし。わたあめって祭りそのものだと思うんだよ」
「ん? どういうことだ?」
「お祭りってさ会場にいる間はすごく楽しいでしょ。活気があって色んなお店があって。でもさ、だからこそ家に帰るとその騒がしさを感じてた分だけ寂しくなるというか。このわたあめもさ、この場にいる間はふわふわしてるのに家に持って帰るともうべちゃってなっててお祭りの時に感じていた美味しさは感じれない。祭りの間だけの儚い美味しさって感じがするの。わかる?」
「まぁなんとなく? 言わんとしてることはわかる。祭りの雰囲気って独特だもんなぁ」
こうして通りから離れた場所に居ても祭りの喧噪は届いてくる。老若男女様々な人達の声が聞こえてくる。明るい活気がこの会場全体を包み込んでいた。
「お祭りって楽しいからね。零斗、イカ焼き食べる?」
「あぁもらう。っていうかちょっと買いすぎたな」
「あはは、だね。でも持って帰って食べるのも嫌だし、なんとかここで食べきらないと」
「言い方悪いけど祭りの食べ物ってこの雰囲気の中で食べるから美味しい、みたいなところあるしな。っていってもさすがに量が多いけどな」
「食べきれるかな? でも帯が苦しくて食べれないかも。緩めたいけど自分じゃ巻き直せないし。零斗は帯巻き直せたりする?」
「いやいや、さすがに無理だって。というか無理に食べなくていいぞ。俺が食べるから」
「んー、それは申し訳ないから私も食べる。ごめんね零斗、なんかテンション上がっちゃって買いすぎちゃった」
「いや俺も止めなかったしな。でもやっぱり今日はいつもよりテンション高いよな。てっきり祭りだからかと思ってたんだけど、それだけじゃないのか?」
「もちろんお祭りだからっていうのもあるけど……なんていうんだろ。肩の荷が下りた? 胸のつっかえが取れたというか。とにかく今はすごくスッキリしてるの。春輝とのことが一段落したからだと思う。これまでは何をしてても、どこに居ても心の奥底にあったから」
「なるほどな。そりゃたしかにテンションも上がるわけだ」
綾乃にとって春輝との一件は楔のように心に残り続けていた。しかし昨日春輝と正面から話合って、互いの気持ちと想いを知って、ようやく気持ちに区切りをつけることができた。綾乃は本当の意味でトラウマを乗り越えることができたのだ。
もちろんそれで全てが終わったわけではないが、それでも綾乃にとっては大きな進歩であり、その開放感がそのまま綾乃の心を明るくする要因になっていた。
「でも、それだけじゃないよ」
「ん?」
「今日の夏祭りね、実はずっと零斗と一緒に来たかったの。私、小さい頃からずっとこのお祭りに来てて。すごく好きなお祭りだから。今一緒に行きたい人は誰だろうって考えたらそれは零斗しかいなくて。だからこうして零斗と一緒にこのお祭りこれてすっごく嬉しい」
いつになく素直な言葉に華やぐような綾乃の笑顔に零斗は思わず面食らい、赤くなった顔を隠すように目の前のイカ焼きを頬張る。
「その笑顔は反則過ぎるだろ……」
見れば誰もが心奪われるような綾乃の笑顔。しかしその笑顔は今だけは零斗のものだった。そのことにどこか優越感のようなものを感じながら、同時にだからこそ誰にも渡したくないという思いを零斗はより一層強くする。
チラッと横目で綾乃の様子をうかがってみれば、綾乃はリンゴ飴を食べている最中で、そんな様子すらも絵になっていた。
「俺もちゃんと努力しないとな。せめて綾乃に相応しくあれるように」
零斗は綾乃に聞こえないよう小さくそう呟いた。
それからしばらく夏祭りの思い出話に花を咲かせながら買って来た食べ物をなんとか処理した綾乃と零斗は今度は遊びに興じていた。
「あと一発……」
「零斗頑張って!」
今零斗がしているのは射的だった。コルク銃で的に当てて倒したら景品ゲット。単純だがこれが非常に難しい。なかなか的が倒れずにあと一発というところまで零斗は追い込まれていた。
「ふぅ……っ!」
狙いを定めて引き金を引く。コルクの銃弾は狙った通りの場所へと飛び、的に命中する。しかし命中しただけでは意味がない。倒さなければいけないのだから。
銃弾が当たった的はグラグラと前後に揺れ、そして――。
「あー、残念だな兄ちゃん。もうちょっとだったんだがなー」
「くっそ、無理だったか。行けると思ったんだけどな」
あと少しというところで的は倒れなかった。ガックリと肩を落とす零斗を綾乃は慰める。
「任せて零斗。零斗の仇は私が取るから!」
「いや俺死んでないんだが」
「お、今度は彼女ちゃんの方が挑戦するのか?」
「はい。お願いします」
お金を渡してコルクと銃を受け取る綾乃。その瞬間、綾乃の纏う雰囲気が一変した。
それはさながら歴戦のスナイパーの如く。綾乃の目は紛れもなく本気だった。
その迫力に屋台のおじさんも零斗も、その近くを通っていただけの人達も思わず息を呑む。
「距離、風、角度、完璧。いける」
パンッ、と小気味よい音と共に発射されたコルクの銃弾が的を捉える。しかし的は倒れることなくグラグラと揺れるだけ。やはり無理なのか。その場に居た誰もがそう思った。しかし綾乃は素早く二射目の弾を込めると揺れが収まる前に再びぶつける。揺れはさらに大きくなり、コロンと的が後ろに倒れる。
「おぉ! すげぇな嬢ちゃん!」
「マジか……」
綾乃の見せた妙技に周囲が沸き立つ。そしてその後も綾乃は狙った的に次々と当て、大量の景品を手に入れた。
屋台のおじさんから景品を受け取った綾乃は得意気な表情を零斗に向ける。
「どう、すごいでしょ!」
「いやすごいというか……すごいな。綾乃、射的得意だったんだな」
「まぁね。射的ってねー、単純なようでコツがあるんだよ。構え方とか狙う場所とか、コルクの銃弾の詰め方とかね」
「そうなのか。単純に当てればいいと思ってたよ。というかガチ過ぎるだろ」
「やるからには本気じゃないとね」
その後もヨーヨー釣りや輪投げなどで遊び、次は何をしようかと話していたその時だった。綾乃は正面から歩いてくる二人組に気付く。そして綾乃が気付いたと同時に向こうも綾乃のことに気付いた。
「「あ」」
正面から歩いてきたのは春輝だった。その隣には綾乃の知らない女の子。綾乃と同じように浴衣に身を包んでいて、誰の目にも明らかに気合いの入った格好をしていた。
思わず立ち止まり、二組は向き合うことになった。
「先輩? どうしたんですか? お知り合いです?」
「あー、いや、なんていうかその……」
「別に誤魔化すことないと思うけど。もしかしてデート?」
「いやちが……わなくもないか」
「ふふ、別に誤魔化さなくてもいいのに。可愛い子だね」
「むー、あの! あなたは先輩とどういった関係なんですか!」
綾乃と春輝のやり取りに妙なものを感じた少女――高町さつきは嫉妬を隠そうともせずに割って入る。
「私達の関係? んー……ちょっとそれは説明するのが難しいというか」
今の綾乃と春輝は厳密に言えば友達では無い。春輝が変わることができた時にもう一度友達になろうと約束したから。幼馴染みとしての関係も終わりにしてしまっている以上それを持ち出すのも違うと綾乃は考えていた。
「まぁ、昔はよく一緒に夏祭りに来たような関係かな」
「んなぁっ!?」
「なぁ綾乃。その言い方は微妙に誤解を招かないか?」
「え?」
微妙な顔をした零斗がさつきのことを指差しながらそう言う。そしてその言葉通り、綾乃言葉を妙な方向に受け取ったさつきはわなわなと肩を振るわせる。
「も、もしかして元カノですか! もしかして復縁狙いですか!」
「え? えぇっ!? いや違う! 違うから!」
そこでようやくさつきの勘違いに気付いた綾乃は慌てて否定する。
しかしさつきは疑いの目を向けてくるばかりで綾乃の言葉を信用しようとしない。
さつきに春輝との事情の全てを説明するわけにもいかず、いよいよ痺れを切らした綾乃は隣に居た零斗の腕に自分の腕を絡めてグッと引き寄せて言った。
「というか私、彼氏いるから!」
「え、あ……そういえば」
「気付いてなかったの!?」
直情的なさつきの視界には春輝と綾乃しか映っておらず、綾乃の隣にいた零斗の存在には今の今まで気付いていなかった。
「後にも先にも、私の彼氏は零斗だけだから。春輝と付き合ってたなんてことは無いから。誤解させたのはごめんなさいだけど、そこは間違えないで欲しいな」
「そ、そうだったんですか。ごめんなさい。わたし、思ったことをすぐに言っちゃうタイプで。その……」
「ううん。わかってくれればいいの。こっちこそせっかくデートの邪魔してごめんね。それと……春輝のこと、よろしくね」
「はいっ!」
「春輝、ちゃんとエスコートしてあげなきゃダメだよ」
「言われなくてもわかってる。それじゃあ邪魔しても悪いし、そろそろ行くな」
「うん」
そしてすれ違う。その直前、綾乃と春輝は一瞬だけ視線を交わす。
口を開きかけた綾乃だったが、結局それ以上何も言わずに二人のことを見送った。
「……良かったのか?」
「なにが?」
「何か言おうとしてただろ」
「あぁ、別に大したことじゃないしね。ただ良かったなって思っただけ。今の春輝にもちゃんと一緒に居てくれる人がいるんだなって。当たり前なんだけど。でも春輝も隅に置けないよね。あんな可愛い子に好かれてるなんて」
「あぁ、確かにけっこう可愛い子――いででででっ! いきなりなにすんだよ!」
「別になんでもなーい」
「なんなんだよ……っていうか、いつまで腕組んでるんだ?」
「え?」
さっき引き寄せた時に腕を組んだままの状態で、胸を押しつけるような形になっていることに気付いた綾乃はボッと顔を真っ赤にして離れる。
「ご、ごめん。気付かなくて」
「いや別にいいんだけどな。そ、それよりこの後はどうするんだ? もうすぐ花火が始まるんだろ。そろそろ行くか?」
「あ、そっか。もうそんな時間……ねぇ零斗、ちょっと一緒に来て欲しい場所があるんだけど、いい?」
「来て欲しい場所?」
「そう。とっておきの場所があるの」
そう言って綾乃は零斗をとある場所へと案内した。
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