第127話 綾乃と零斗の夏祭り

 綾乃と春輝の一件があった翌日のこと。零斗は綾乃と一緒に花火大会へと行く約束をしていた。

 だが二人は一緒に家を出たわけではなく、零斗だけ先に家を出て花火大会の会場へとやって来ていた。せっかくだからデートらしく待ち合わせがしたいという綾乃の願いを聞き入れた形だ。

 零斗としては待ち合わせにする意味とは、という話なのだが。別に待ち合わせを断る理由も無かったので受け入れたのだ。

 

「しかし、さすがにすごい賑わいだな。まぁ花火大会ってなったら当たり前か。この辺じゃかなり大きい花火大会みたいだし」


 待ち合わせ場所は綾乃から指定だ。だから迷うということはないと零斗は思っていたが、この人混みだ。無事に合流できるか心配していた零斗だったが、突然人混みの視線が一点へと向く。釣られて零斗も視線を向けると、そこには浴衣姿の美少女が居た。

 その姿を見て零斗は目を見開く。零斗に向かって歩いてくる浴衣姿の美少女、それは綾乃だった。白をベースにした浴衣に大きな花の模様が描かれていて、紺色の帯が映えている。

 まさかの浴衣姿に零斗は言葉を失った、目を奪われた。それほどまでに綾乃の浴衣姿は鮮烈だった。今この花火大会の会場にいる誰よりも目を惹いていた。

 そんな綾乃は周囲の視線に気付いているのかいないのか、キョロキョロと周囲を見回している。そして零斗の姿を見つけた途端、表情がパッと華やいだ。

 転ばないように小走りで駆け寄ってくる。そして当然そうなれば綾乃の視線の先にいる零斗にも視線が突き刺さる。だが、綾乃に向けられるものとは違う。なぜお前がという刺々しい視線。

 しかし零斗からすれば慣れたものだ。そんな視線は学園でもさんざん向けられているのだから。そういう視線は気にするだけ無駄だと意識から遠ざける。

 ようやく零斗と出会うことができた綾乃は嬉しそうに破顔する。


「お待たせ零斗! ごめんね、着付けに時間がかかっちゃって。その……どうかな?」


 くるりとその場で一回転して浴衣の全体像を零斗に見せつける綾乃。そんな一つ一つの所作が全て絵になっていて、目を奪われる。白い浴衣に三つ編み、そして花の髪飾り。全てが綾乃のためにあつらえられたかのようであった。

 周囲の人達も同じだったのか、綾乃に目を奪われて電柱にぶつかる人、彼女らしき人に頬を抓られる人など様々だった。


「零斗? あんまり似合って……ない?」

「あぁいや。そんなことない。よく似合ってる」

「……それだけ?」

「うぐっ」


 イタズラっぽく微笑む綾乃。その様子に綾乃が何を言って欲しいのか、どうして欲しいのかすぐにわかってしまう。


「綺麗だ。他の誰よりも。正直見惚れた。自分の彼女だなんて信じられないくらいだ。改めて好きになった。いや、もっと好きになったって言うべきだな。いつもの姿もいいけど、こうやって普段見ない姿も新鮮で良い。髪型もいつもは下ろしてるけど今日は三つ編みなんだな。そうだな、例えるなら――」

「ストップ! ストップ! もういい、もういいからぁ……」


 自分から煽っておいて、零斗の真っ直ぐな視線とべた褒めの言葉に耐えきれなくなった綾乃は顔を真っ赤にして俯く。

 綾乃としては零斗を少しからかうだけのつもりだったのだが、返り討ちにあってしまった形だ。


「まさか零斗に言葉責めされるなんて思わなかった……」

「言葉責め言うな! 別に嘘言ったつもりはないぞ。ただお前がからかってきたからな。でもその浴衣どうしたんだ?」

「これお母さんがね。私のために仕立て直してくれたの。昔お父さんとのデートで来たらしくて、そのデートでお父さんはお母さんに……って、それはどうでもよくて。とにかく似合ってるでしょ?」

「あぁ、ものすごくな。それじゃそろそろ行くか」


 そう言って零斗は綾乃に向かって手を差し出す。


「あ……うん♪」


 零斗の手をとって、二人は手を繋いで祭りの会場へと入る。会場内は盛り上がっていて、様々な出店が立ち並んでいた。

 

「射的、投げ輪、金魚すくい、リンゴ飴にたこ焼きに……あ、チョコバナナもある。さすがに種類多いね。昔よりも増えてるかも。零斗は何か食べる? それとも何かする?」

「そうだな……とりあえず何か食べるか。綾乃は何がいい?」

「私はなんでも。でもここはやっぱり王道のたこ焼きかな。一つ買って、半分こしよ。いろいろ食べたいし」

「そうだな。そうするか」

「すみません、たこ焼き一ついただけますか?」

「お、ありがとよ嬢ちゃん! ちょっと待ってな。ほっ、よっ、と。よしできた! 嬢ちゃん美人さんだからおまけだ! 祭り楽しんでってね!」

「ありがとうございます!」


 たこ焼きを二個おまけしてもらった綾乃は上機嫌で零斗のもとへと戻る。


「おまけしてもらっちゃった」

「おまけとかってホントにあるんだな。って、爪楊枝一つしかないのか」

「ん? それがどうかしたの?」

「いやどうかしたっていうか……」

「あー、そういうこと。ふふっ、はい零斗。あーん♪」

「っ!? お、お前なにを」

「爪楊枝一つしかないんだからしょうがないでしょ。ほら早く。落ちちゃうよ」


 周囲の視線などまるで気にしない綾乃はニコニコと笑顔で零斗に圧をかけてくる。しかしここで拒否すれば綾乃が悲しむのは目に見えていて、なにより楽しんでる綾乃に水を差すのは本意では無かった。


「えぇいままよ!」

「あ、零斗一気にいったら」

「あっっっっっつぅぅぅぅぅ!!」


 綾乃の差し出したたこ焼きを一口で食べた零斗は次の瞬間にはそれを後悔した。できたてであるがゆえの驚異的な熱さが零斗の口腔内を襲う。それはもう口の中でマグマが弾けたのではないかと錯覚してしまったほどだ。


「あぁもう、だから言ったのに。はい水」


 綾乃が差し出した水を受け取った零斗は一気に飲み干し、口の中を冷ます。それでもヒリヒリとした痛みは残っているのだが。


「ふちんなかやけほした」

「口の中やけどした? そりゃあんなに一気に食べたらやけどするよ。まぁあーんってしたのは私なんだけど」

「ふぅ、まだなんかヒリヒリするな。さすができたてのたこ焼き。凶器だな」

「でも熱い方が美味しいから塩梅が難しいよね。じゃあ零斗、もう一個トライしてみよう」

「殺す気か!」

「大丈夫。今度はちゃんと冷ましてあげるから。ふーっ、ふーっ、はいあーん♪」


 ふーっと息を吹きかけてたこ焼きを冷ました綾乃は再び零斗にたこ焼きを差し出す。やたらと上機嫌な綾乃の屈託のない笑みを見て零斗が拒否できるはずもなく。

 その後も綾乃が満足するまで「あーん」は続いたのだった。

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