第126話 自分自身を許すということ

〈零斗視点〉


 話し合いが終わった後、その場で黒井とは別れて俺と綾乃は家へと帰っていた。

 黒井との話し合いを終えた綾乃は清々しい表情というか、憑きものが落ちたような表情をしていた。

 まぁそれも無理はないだろう。これでようやく綾乃は過去のトラウマを本当の意味で乗り越えることができたんだから。俺が最後に口出ししたのは余計だったかもしれないが。

 ぶっちゃけた話、あれが正しかったのかどうかはわかってない。綾乃と黒井のことを考えたらあの場で関係を終わらせた方が良かったのかもしれない。それは誰にもわからないだろうし、わかるとしたらきっとずっと先のことになるんだろうな。ただ一つ言えるのは、この先何があっても俺は綾乃と一緒に居るってことだけだ。


「零斗、ありがとね」

「ん? なんだよ急に」

「さっきのこと。私と春輝の関係を繋げてくれたこと。零斗が居なかったらきっとこうはならなかったから。だから、ありがとう」

「別に感謝されるようなことじゃないんだけどな。むしろ悪かったな。勝手についてきたりして」

「あはは、別に気にしてないよ」

「でもなぁ……」


 綾乃と黒井の話し合いの場を盗み聞きするなんて、まるで俺が綾乃のことを信用してないみたいじゃないかって、そう自己嫌悪してしまう。

 もっとこう男らしくドンと構えることができりゃいいんだけど。それはまだ無理みたいだ。


「心配してくれたんでしょ。私だって同じ状況だったら気になって同じことするかもしれないし。それに……」

「それに?」

「……ううん、なんでもない。ふふ、秘密♪」

「なんだよそれ」

「そう言えば、最後に春輝と何話してたの?」

「あぁ……最後のあれか」


 俺は公園で黒井と別れる直前に呼び止められ、話した内容を思い返した。





 黒井に呼び止められた俺は、綾乃を少しだけ先に行かせて黒井と話すことにした。


「今さらだけど俺は黒井春輝だ。よろしくな」

「俺は白峰零斗だ。あんまりよろしくするつもりはないんだが」

「はは、ずいぶん冷たいな」

「当たり前だろ」


 綾乃にとっては大事な幼馴染みかもしれない。でも俺にとっては綾乃を傷つけた奴でしかない。そして何より今も綾乃にとって特別な存在だっていうのが気に食わない。気に食わない要素でいっぱいだった。


「まぁ当然か。その様子だと俺と綾乃の間に何があったのかもだいたい知ってるんだろうしな」

「あぁ知ってる。お前にも事情があったのかもしれない。それでも俺は綾乃を傷つけたお前のことを許せない」

「……だろうな」

「でも、そういうのは綾乃は望まないだろうから。文句言うのはこれで最後にする。せっかく綾乃が乗り越えたのに俺がグチグチいってもしょうがないからな」

「…………」

「なんだよその顔」

「いや、そうか。白峰はそういう奴なんだな。道理で綾乃が好きになるわけだ」

「なに一人で納得してるんだよ。っていうか何の用なんだよ。まさかホントに自己紹介したかっただけ、なんてことないだろ」

「……そうだな。自己紹介したかったのは本当だ。でも、話してみたかったんだ。お前と。綾乃を変えたお前と。綾乃が大切だっていったお前と」

「それは幼馴染みとして、か?」

「いや、幼馴染みだった奴として、だな。でもなんとなくわかった。白峰、お前は優しい奴なんだな。それに真っ直ぐだ」

「別にお前に褒められても嬉しくないんだが」

「褒めてるわけじゃない。事実を言ってるだけだ。そんなお前だからこそ綾乃は好きになったんだろうな。さっきだってそうだ。お前の言葉だったから綾乃は本心を口にしたんだろう。他の誰にもできないことだ。正直、羨ましいよ。そこまで綾乃に信頼されてる白峰が」


 その言葉は本心だったんだろう。俺を見る黒井の目には確かに羨望の色があった。でもそれはお門違いだ。


「俺を羨ましがるんじゃなくて、素直になれなかった自分を恨めよ。そうだろ」

「っ……そうだな。そうだった」

「それに綾乃を変えたのは俺じゃない。あいつ自身だ。あいつが変わろうと思ったから、その努力をしたから綾乃は変われたんだ。俺は何もしてない」

 

 こうしてここに居るのもそうだ。綾乃は確かに弱いところがある。でもあいつにはその弱さと向き合う強さがある。時間はかかったかもしれない。それでも過去から、黒井から目を逸らさずにこうしてここまで来たのはその強さがあったからだ。


「で、お前はこれからどうするんだよ」

「これから?」

「まさか今のまま何もしないなんてことはないだろ。誰にだって変われるチャンスはある。そのチャンスを掴むかどうかはお前次第だけどな。少なくとも俺は今がそのチャンスだと思うぞ」

「…………」

「お前は自分のしたことを許せないのかもしれない。綾乃がお前のことを許しても、誰に何も言われても。自分自身がお前のことを許せないのかもしれない。でも、お前は自分を許さなきゃいけないんだ」

「俺が俺を許す?」

「そうだ。当たり前だけど、お前のためにじゃないぞ。綾乃のためだ。お前がいつまでも過去に囚われたままだと、綾乃が気にするだろうが。だから無理矢理でもなんでもお前は自分を許して前に進まなきゃいけないんだよ。それがお前の綾乃に対する贖罪だ」

「手厳しいな」

「ぶん殴らないだけありがたいと思えこの阿呆。話はそれだけか?」

「あぁ。ありがとう。少しだけ気持ちが整理できた」

「そーか。そりゃ良かったな」


 そして俺は黒井に背を向けて、遠くでこっちの様子を伺ってる綾乃の元へと向かおうとした。そんな俺のことを黒井は再び呼び止めた。


「なぁ、最後に一つだけいいか?」

「なんだよ」

「俺が言うようなことじゃないけど……綾乃のこと、よろしく頼む」

「そんなん、言われるまでもない。俺はこれからも綾乃と居る。それだけだ」






 なんていうか、不器用な奴だよな。あいつも、綾乃も。どっちかが少しでも素直になれてたら。もしかしたら変わったてたこともあったかもしれないのに。

 いやでもそうなると俺と綾乃が出会うことも無かったかもしれないわけで。じゃあ俺はあいつに感謝するべきなのか? いやいや絶対しないけどな。


「ねぇ、零斗ってば」

「んぁ? な、なんだ?」

「だから。さっき春輝と何話してたのって聞いたの。そしたら急に遠い目でボーッとするし」

「あー……んー……まぁそんな大した話じゃないから気にするな」

「いや気になるに決まってるでしょ! ねぇ教えてよ、何話してたの!」

「それはあれだ。男同士の秘密だって奴だな」

「じゃあ今だけ私も綾馬に戻るから」

「いやなんだよそれ! 無理に決まってるだろ!」

「だって……」

「はぁ、そんな大した話じゃないぞ。ただそうだな。俺はこれからもずっと綾乃と一緒に居るって宣言してきただけだ」

「~~~~~~っ、なにそれ! な、なんでそんなこと急に」

「まぁ話の流れで」

「どういう話してたらそうなるの。えっと……その……それって、本当?」

「ん? なにがだよ」

「だから! これからも……ずっと一緒に居てくれるって」

「あぁ。当たり前だろ。俺はこれからもずっと綾乃と一緒に居る。いや居させて欲しい」

「なんで恥ずかしいこと堂々と……あぁもう」


 綾乃の顔が真っ赤なのはきっと夕日のせいだけじゃないだろうな。いやまぁ、俺も実際のところめちゃくちゃ恥ずかしいんだが。今も必死に平静を装ってるだけで。たぶん顔は赤くなってる。バレてないよな?

 内心ドギマギしている俺の様子を知ってから知らずか、綾乃が距離を詰めてくる。


「私も同じ気持ちだから……これからも零斗の隣に……居させて欲しい」


 消え入りそうな声で。それでも確かにはっきりとその言葉は俺の耳に届いた。

 綾乃の手が俺の手にそっと触れて。俺はその手を逃がさないようにしっかりと掴んだ。


「っ!」

「よろしくな」

「……うんっ」


 そう言ってはにかむ綾乃の表情を俺は心に焼き付けた。





■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□


〈春輝視点〉


 二人が去っていった後の公園で、俺は一人空を見上げていた。

 リョウ……いや、綾乃と白峰の言葉が何度も脳裏を反芻する。


「俺は俺自身を許さなきゃいけない、か」


 綾乃は変わった。強くなった。それなのに俺がいつまでもこのままでいいわけがない。


「俺も……前に進まないとな」


 今さらもう遅いかもしれない。いや違う。遅いなんてことはない。

 いつかきっと胸を張って変わったぞってそう言えるように。


「でも……まずどうするべきなんだ?」


 変わるといっても具体的な策があるわけじゃない。

 そんな時だった。俺の脳裏に一人の女の子の姿が過ったのは。

 夏休み前に、俺に告白してくれた女の子。

 いや、でもそれは……あんなこと言った俺が今更どの面をさげて連絡できるって言うんだ。

 あの子はあまりにも真っ直ぐで。あの時の俺にはあの真っ直ぐさが眩しかった。

 手酷く振ったというのに、あの子はそんなことも気にせず今でも俺にメッセージを送ってくれてる。

 もう遅いかもしれない。また間違う、いや間違ってるのかもしれない。それでも……。


「まずは動いてみるか」


 俺は意を決して電話をかける。俺が気持ちを整えるよりも早く、その子は電話に出た。

 緊張で喉が渇く。だけどまずはこの一歩からだ。


「もしもし――」

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