第125話 綾乃の本当の気持ち
〈綾乃視点〉
最初から決めてたことだった。
今日ここに来るまでに。ううん、零斗と一緒に居るって決めた時に。
次に春輝と会った時に、その関係を終わりにしようって。それはある種のオレのけじめだった。
オレはもう『桜小路綾馬』じゃないから。『桜小路綾馬』ではいられないから。
『桜小路綾乃』として生きていく。そのためには過去を清算する必要があった。オレの中にずっと残っていた引っかかりを。春輝との関係を。
それなのに……。
「綾乃……お前は本当にそれでいいと思ってるのか? それが本当にお前自身が望んだことなのか?」
「それは……」
零斗の言葉にオレの心が揺らぐ。なんで、どうして零斗が止めるの?
こうするのがオレと春輝にとっての最善なんだ。これまでの短いやり取りでもわかってしまった。春輝は意識してオレのことを『リョウ』って呼んでいたけど、オレのことを綾馬として見れてないことに。
春輝のオレを見る目はよく知ってるだった。学園の男子達がオレのことを見る目。異性に対する欲の混じった瞳。春輝はまだマシな方だけど、それでも隠しきれるものじゃない。
春輝がそう言う目でオレのことを見ている以上、見てしまっている以上、オレと春輝の関係は成立しない。
綾馬と春輝、男同士だから成立していた関係。オレが女になってしまったからそれが破綻した。この関係はもう続けられない。
零斗だってそのことはわかってると思ってたのに。
「なぁ綾乃。お前は色々と細かく考えすぎなんだ。オレが聞いてるのはお前の本心だ。こういう問題があるとか、こうだからダメだとかじゃない。お前がどうしたいかを聞いてるんだ」
「私が……どうしたいか?」
「そうだ。俺のことも……他の誰のことも気にしなくていい。ただ率直に、お前が思ってることも聞かせて欲しい」
私が……思ってること。理屈抜きにしてどうしたいか……でもそれを言うのは我が儘でしかなくて。それにこれを言ったらまた春輝を苦しめることになるかもしれない。ううん、春輝だけじゃない。今度は零斗まで巻き込むかもしれないのに。
そんなオレを見て、零斗は呆れたようにため息を吐く。零斗の大きな手が、温かい手がオレの頭の上に乗る。
「自分の気持ちに素直になるって難しいよな。自分では素直になってるつもりでも、どこか吐き出しきれない部分がある。今の綾乃もそうだ。抱えてる想いがあるのに、それをずっと隠してる。わからないとでも思ったか?」
「零斗……」
言ってしまって、いいんだろうか。今抱えてるこの想いを。負担になるってわかってるのに。また我が儘を言ってしまっていいんだろうか。
「いいの、かな?」
「それを聞くのは俺じゃなくて、あいつの方だな」
オレは恐る恐る春輝の方へと向き直る。なんていうか、別れの挨拶をしたばっかりなのにまたこうして向かい合うのはなんかバツが悪いけど。
「えっと……」
「言いたいことがあるのか?」
「ある……には、あるんだけど。言ってもいいの?」
「そうだな。むしろ言ってくれないと気になってしょうがない」
オレが本当はどう思ってるのか。オレは自分勝手に春輝との関係を終わらせようとしたのに。その言葉を翻すような、この気持ちを口にしてしまっていいんだろうか。
オレが迷って何も言えずにいると、後ろに居た零斗がそっと背中を押してくれた。
その温かさに勇気をもらって、オレは口を開いた。
「あのね……私は春輝が、今の私のことをどう思ってるのかわからない。ううん、春輝が私に向けてる気持ちがなんであったとしてもそれに応えることはできない。私が好きなのは零斗で、この先もずっと一緒に、隣に居たいと思うのは零斗だから。それはきっと、絶対、この先も変わらない気持ちだから」
「……あぁ」
「でも、それでも言っていいなら。私は……私は、もう一度春輝と友達になりたい!」
幼馴染み同士の関係を終わりにした。でもそれは決して春輝のことを嫌いになったからじゃない。オレの中にある春輝との思い出は無くなったわけじゃない。春輝と一緒に居るのは楽しかった。色んな思い出を共有できて嬉しかった。
「桜小路綾馬の幼馴染みじゃなくて、桜小路綾乃である私の友達になって欲しい!」
オレの奥底にずっとあった願い。でもそれを口にすることは許されないと思っていた。
だけどもう言ってしまった。一度口に出してしまったことは無かったことにはできない。
今も緊張で心臓がバクバクしてる。
「ダメ……かな?」
「……わかった、とは言えないな」
「っ!」
「そ、そうだよね。こんな私の勝手――」
「あくまで今の俺には、だけどな」
「え?」
「正直、今の俺がお前に対して抱えてる気持ちは複雑だ。リョウに対しての気持ち、女になった綾乃に対する気持ち、幼馴染みとしての気持ち、色んなものがごちゃ混ぜになって正直自分でも処理しきれてない。だから、すぐにお前の友達になれるとは言えない。でもそれでもお前のことは大事だって思ってる。それは今も変わらない。この気持ちは嘘じゃない。だからもしこの先俺がお前のように変わることができたら、その時は俺の方から言うよ。もう一度俺と友達になってくれって」
「あっ……うんっ! 私、待ってるから! ずっと、待ってるから!」
こうして、オレとハルの関係は終わった。桜小路綾馬と黒井春輝。幼馴染み同士だったオレ達のすれ違いと間違いの終わり。そして新たな始まりでもある。
心配はしてない。今すぐには無理でも春輝はきっと変われるってそう信じてる。いつかきっとまた友達として笑い合える日が来るって、オレはそう信じてるから。
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