第124話 終わりを告げる言葉

〈綾乃視点〉


「じゃあ……お互い様だね、私達」


 オレ達の道がどこで間違ったのかと問われたら、それはきっと最初から。

 その間違いに気付かないまま、ううん違う。気付いても見ない振りをしたまま進んだ結果だ。だからこれはオレが、オレ達が受け入れるべき結末。オレが言わなきゃいけないことなんだ。


「ハル……あの……」


 声が震える。言わなきゃいけないってわかってるのに。この先を言うのが怖い。言ってしまえば終わってしまうから。

 オレはいつもそうだ。肝心な時に怖がって、素直になれなくて。後悔するのはいっつも何かが起きてからだ。

 零斗……オレ、言わなきゃいけないんだ。だけど怖いんだ。これを言ってしまったら全部が終わるから。


『大丈夫だ。俺が傍にいる』


「っ!」


 そうだ。オレはもう一人じゃない。一人にならない。零斗がいる。更紗がいる。いずみがいる。みんなが傍に居てくれる。だから怖がることなんて何もないんだ。

 深呼吸してオレは真っ直ぐハルの目を見つめる。


「ハル……私とハルってこれまでずっと一緒だったよね。姉さんと修治さんが幼なじみだったからその縁で私達も一緒に遊ぶようになった。ハルは昔から頼りになったよね。情けない私とは違って、しっかりしてたから色んなことで助けてくれて」


 ずっとそうだった。勉強も運動もハルの方がなんでもできて、オレのことを助けてくれて。オレはハルに頼りっぱなしだった。


「ハルと一緒にいると楽しかった。間違い無くオレにとって一番の親友だった。一緒に夏祭りに行ったり、プールに行ったり、冬には家族みんなでスキー旅行とかも行ったっけ」

「そうだな。思い出したら色んなことをした」


 幼稚園、小学校、中学校とハルとは色んなことをしてきた。それこそ一言では言い表せないくらいに。零斗に見せたアルバムに写ってるのだって一部だし。オレの人生の楽しかった記憶のほとんどにハルの姿がある。

 それくらいかけがえのない存在だった。あの日が来るまでは。


「高校生になっても大学生になってもハルとの関係は変わらないと思ってた。私の……オレの親友のままだってそう思ってた」


 でも、その関係を保とうとしたから。保てると思ってしまったからオレ達は破綻してしまった。だから……。


「ハルとの思い出はオレにとって大切なもの。それはきっとこれからも変わらない。だけど、だからこそ言わなきゃいけないことがある」

「…………」

「ハル、今までありがとう」


 それは今までの感謝の言葉。そして、オレとハルの関係に……桜小路綾馬と黒井春輝の関係に終わりを告げるための言葉だ。


「本当に……本当に、強くなったんだなリョウ……いや、もうリョウじゃないんだったな」

「うん。今は綾乃だよ」

「じゃあ、綾乃って呼んでいいか?」

「それくらいはね。もちろんいいよ……春輝」

「綾乃がそれだけ変わったのは……やっぱり昨日一緒に居た奴の影響なのか?」

「零斗のこと? そう……だね。それもあると思う。でもそれだけじゃないよ。学園でできた友達とか、後輩達、先生とか……色んな人のおかげかな。春輝と一緒にいるだけじゃわからなかったことをたくさん知ることができた。みんなのおかげで私は私になることができた。今の自分を受け入れることができた」

「それは……確かに、俺にはできなかったことだ。そうか……お前は、変われたんだな」

「春輝……ごめん、ごめんね……私……」


 気付けば自然と涙が零れて止まらなくなった。泣いちゃダメだってわかってるのに。

 オレが泣くのは卑怯だ。泣きたいのはきっと春輝の方なんだから。オレは結局最初から最後まで我が儘で春輝を振り回してばっかりだった。


「なんで泣くんだよ。お前は強くなった。もう俺がいなくても大丈夫、そうだろ」

「……うんっ」


 涙を拭って、オレは顔を上げる。

 何が正しいかなんてわからない。これで良かったのかどうかもわからない。もしかしたら後悔するかもしれない。でも、これが今のオレの選択だ。


「「今までありがとう」」


 せめて最後は笑顔で終わろうと思って、オレは無理矢理笑顔を作った。

 春輝も笑顔だった。それは久しぶりに見た春輝の笑顔だった。

 これでいい。これで良かったんだ。オレは自分にそう言い聞かせながら春輝に背を向けてその場を離れようとして――。


「ちょっと待った!」

「えっ?」


 突然聞こえてきた声に驚くオレの視界の先には零斗が立ってた。





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〈零斗視点〉


 ヤバい。思わず飛び出しちまった。

 半ば勢いで飛び出したオレは焦っていた。いやでも仕方無いだろ。ホントはただジッと成り行きを見守るだけのつもりだったんだ。こんな風に飛び出す予定なんて無かったんだから。


「零斗……どうしてここに……」

「あー、いや、それは……」


 別に最初から来る気だったわけじゃない。綾乃のことを信用してないわけでもない。

 ただそれでも気になってしまうのは仕方無いと思う。綾乃のことなんだから気にならない方がおかしい。そうやって気付いたら俺はこの公園に居た。

 二人の会話は全部を聞けたわけじゃない。それでもおおよその話は聞こえてきたし、理解した。

 二人の想いを知った。二人の間違いを知った。とどのつまり、この二人はどこまでも不器用だったんだ。今もそうだ。

 そんな二人のことを見てられなくなって思わず飛び出してきたわけなんだが。こっからどうするかなんてぶっちゃけ何も考えてない。

 でも、あんな綾乃の顔を見てそのままなんてこと俺にはできない。

 えぇい! こうなりゃ勢い任せだ!


「悪いとは思ったけど、二人の話は聞かせてもらった。正直、この件に関しては俺は部外者だ。口を挟むようなことじゃないのはわかってる」


 この状況で俺にできることなんて限られてる。俺の言葉じゃダメなんだ。これはあくまで二人の問題だから。それでもせめてきっかけを与えるくらいのことはできるはずだ。

 俺は戸惑う綾乃に目を向ける。


「綾乃……お前は本当にこれでいいと思ってるのか? この結末が本当にお前自身が望んだことなのか?」

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