第122話 伝えたい言葉

〈春輝視点〉


 夜、突然綾馬から連絡があった。

 メッセージの内容は簡潔で『あって話がしたい』と。

 もちろん驚いた。だがそれ以上に、なんとなく予感もあった。綾馬からそう連絡が来ることは。

 俺は緊張を悟られないように――いや、文面で緊張なんて伝わるはずもないが――送られて来たメッセージと同じように簡潔にメッセージを返した。


『わかった。場所はどうする?』

『昔遊んだ公園にしよう。それでいい?』

『大丈夫だ。ただ朝から人と会う約束があるから夕方でもいいか?』

『いいよ。じゃあ六時過ぎにしよっか』

『それじゃあまた明日』

『うん、明日ね』


 メッセージのやりとりを終えた俺は深く息を吐く。いつか向き合わなきゃダメだってのはわかってた。


「覚悟を決めるしかないか」


 いつまでも逃げれはしない。そう思った俺は翌日に備えて眠りについた。

 




 そして翌日、朝から人と会う約束はあったけど正直全然身が入らなかった。

 こんなことなら用事ができたとか言って断ろうかとも思ったが、さすがにそれは相手に悪すぎるからな。

 極力綾馬のことは意識しないようにしつつ、一日を過ごした俺は友達と別れた後に急いで公園へと向かった。

 綾馬に向かって何を言うべきか、公園へ向かう道中はそんなことで頭がいっぱいだった。

 でも俺のそんな考えは、公園で待っていた綾馬の姿を見て吹き飛んでしまった。

 そこに居たのは『女の子』だった。そこに居るだけで目を奪われるような、誰がどう見ても美しい少女。元男だなんて知ってなければ誰も思わないだろう。俺ですら一瞬その事実を忘れそうになってしまったくらいだ。

 綾馬も俺に気付いたようで、俺は意を決して近付いていった。昨日のことが脳裏を過る。もしまた倒れたりしたらどうしようって。そう思わなくもない。それでも足を止めるわけにはいかなかった。

 そして俺は再び綾馬と向かい合った。何を言えばいいのかわからない俺の前で、綾馬が口を開いた。


「久しぶり……だね」

「あぁ、そうだな」


 綾馬、こんな声だったか? 

 雰囲気だけじゃなく話し方も変わったような……そう、こんな言い方していいのかわからないけど女の子らしくなった気がする。

 それからも他愛の無い話をしながら距離感を測る。俺自身がわかってるんだ。綾馬もわかってるだろう。俺が距離を測りかねてることに。

 端的に言えば俺は戸惑っていた。今の綾馬の姿に。

 そうしてるうちに、話題は学校の話へと移っていった。


「……ねぇ、ハルは学校どんな感じ?」

「どんなって言われてもな。普通だぞ。部活にも入ってないし。成績も上の中くらいだ」

「そこは成績は普通って謙遜しない?」

「事実だからな」


 本当なら綾馬と一緒に通うはずだった学校。そんなにレベルの高い高校ってわけでもないから成績を取るのはそう難しくない。学校のレベルでいったら綾乃の通う愛ヶ咲学園の方がずっと上だしな。


「どうして部活入らなかったの?」

「……とくにやりたい部活が無かっただけだ。部活なんて無理に入るようなものじゃないだろ」

「それはそうなんだけど……」

「そういうそっちはどうなんだ? 愛ヶ咲学園だったか。かなり大きな学園なんだろ」


 部活に入らなかったのはそんな気になれなかったからってだけだ。でもそんなこと言ったらこいつは気にするだろうから言えるわけが無い。

 俺は半ば強引に綾馬の通う学園の方に話しを逸らした。


「私はかなり充実してるよ。実はね、今愛ヶ咲学園で生徒会長やってるの」

「生徒会長? お前が?」

「やっぱりびっくりした? びっくりするよねー。私そういうことするタイプじゃなかったし。学級委員長だってしたことないし、何かの長なんてしたことなかったもんね」

「お前が生徒会長……大丈夫なのか?」


 俺の知る綾馬は生徒会長なんてやるような奴じゃ無かった。どっちかっていうと引っ込み思案で、前に出ることを嫌うタイプだったのに。


「失礼な! これでもめちゃくちゃ優秀だって言われてるんだから。後輩は慕ってくれてるし。もう昔の私とは違うんだよ」

「……そうみたいだな。なんで生徒会長になろうと思ったんだ?」


 俺の知ってる綾馬とはまるで違う。生徒会長……こいつが生徒会長をやってる姿なんてまるで想像ができない。

 だから理由が気になった。どうして綾馬が生徒会長になろうと思ったのかが。


「なんでって言われると……理由は色々あるよ。でも、変わりたかったから……なのかもしれない生徒会長になれたら、何かが変わるって思ったから」

「それで変われたのか?」

「どうだろ。変わったのは変わったんだけど、それが生徒会長になったからのかどうかはわかんないし。でも今の学園に行って良かったって思ってる」


 その言葉は嘘じゃないんだろう。今の綾馬は昔と違う、憑きものが落ちたかのような雰囲気があった。

 

「ねぇ、ハル。あのさ……今のハルには、私はどういう風に見えてる?」

「え?」


 どういう風に……か。そう言われて俺は改めて綾馬のことを見る。

 第一印象と一緒だ。普通の女の子にしか見えない。それをそのまま伝えてしまっていいものか。

 でも、今綾馬が求めてるのは下手な誤魔化しじゃない。俺の本心だ。


「……女の子だなって思ったよ。少なくとも『性転換病』だってことを知らなかったらわからないくらいには。もっとわかりやすく言うなら……綺麗になった」

「そっか……ふふっ」

「なんで笑ってるんだよ」

「まさかハルに綺麗になった、なんて言われると思わなかったから。でもそっか。うん。ハルにもそう思ってもらえたなら私の高校生活は間違ってなかったってことだもんね。この服も実は友達と一緒に買ったものなんだけど。あ、友達っていうのは向こうの学園に行ってできた人達なんだけど」

「友達、できたんだな」

「うん。大事な友達……親友だよ。あのねハル、私親友ができたの。それも二人も。それにね……すごく大切な人もできた」


 大切な人、そう言った時の綾馬の表情は俺が今まで見てきたことない表情だった。思わずドキッとしてしまうほどに。

 親友っていうのが誰かは知らないでも、大切な人が誰なのかはなんとなくわかってた。きっとあいつだ。昨日倒れた綾乃を背負ってたあの男。

 綾馬はあの日以降ずっと抱えてきた想いを吐き出すかのように言葉を続ける。


「ずっと……ずっとハルに言いたかったことがあるの。今更なにをって思われるかもしれないし。というか、ホントに今更なんだけど……私、ずっとハルに謝りたかった! あの日のこと、ずっとずっと謝りたかったの!」

「――え?」


 それは、俺にとってあまりにも予想外の言葉だった。

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