第121話 綾乃と春輝

〈綾乃視点〉


 ハルと会う約束は夕方からだった。

 朝から人と会う約束があったらしい。

 みんな大丈夫かって心配してくれたけど、正直オレはそれどころじゃなくて。

 でもどれだけ緊張してようが、時間の流れは変わることはない。オレが思ってる以上にあっという間に時間は過ぎていった。




「それじゃあ行ってきます」

「いってらっしゃい」


 家族全員と零斗に見送られて家を出る。父さんと母さん、それに幸太は心配そうな表情だったけど姉さんと零斗は大丈夫だって顔で見送ってくれた。

 なんかただハルに会いに行くっていうだけなのにすごい大事みたいな感じだ。赤の他人が見たらわけがわからないだろう。でもオレにとっては、オレ達にとっては大事なのかもしれない。

 でも、きっとそんなに気負うようなことじゃない。ただ友達に会いに行くだけ。そう思ってればいい。

 家を出るともう日も落ちかけで、まだまだ暑かったけど日差しはだいぶ柔らかくなってた。

 オレはハルと会う約束をしたのは公園だ。ハルと昔よく遊んだ公園。

 もう夕方ってこともあって子供の姿もほとんど無かった。ここ数年は、というか中学生になってからはほとんど来ることも無かったけど、小学生の頃はずっとここで遊んでた。

 

「遊具……新しくなってる。前あった奴が無くなってるし。この公園も変わったなー」


 オレの記憶の中にあった公園の姿と今の公園の姿が変わってしまったことに一抹の寂しさを感じながら公園の中に足を踏み入れる。ハルはまだ来てないみたいだった。


「あ、でもあの鉄棒は残ってるんだ。懐かしいなー、昔はよくこの鉄棒で逆立ちの練習したっけ。まぁ結局逆立ちは成功できなかったけど」


 昔はあんなに大きく感じた公園が妙に狭く感じる。この鉄棒もそうだ。今はすごく小さく見える。

 ……今なら逆上がりできるかな?


「ちょっとやってみようかな。ってダメだ。今日スカートなんだった」


 スパッツ履いてるわけでも無いし、さすがにこの姿で逆上がりにチャレンジする勇気は無いな。普通に恥ずかしい。

 綺麗に塗り直されたベンチに座る。ぶっちゃけセミがうるさい。それにここは日陰になってるからいいけど、けっこう暑いというか。

 そうしてどれだけ待ってただろう。十分か二十分か、いやもしかしたら五分も経って無かったかもしれない。公園の入り口に立つハルの姿を見つけた。

 その姿を見て心臓が跳ねる。でも大丈夫。心の準備はしてたから。前は無様に倒れちゃったけど、今日はそんな無様な真似しない。


「すぅ……ふぅ……」


 深呼吸して気持ちを落ち着ける。ハルもオレに気付いたらしい。ゆっくりと近付いて来る。

 あっという間にオレはハルと向き合うことになった。


「久しぶり……だね」

「あぁ、そうだな」

「まぁ昨日会ってはいるんだけど、あれはノーカンってことで」

「…………」

「…………」


 上手く言葉が出てこない。ハルと話すのなんて息をするくらい簡単で当たり前だったのに、今はその当たり前が難しい。

 なんでなんだろう。どうしてこうなっちゃったんだろう。いや違う。ダメだ。そうじゃない。これはオレが受け入れるべきものだから。オレはもう目を背けない。


「えっと……とりあえずさ、立ち話もなんだしベンチに座らない?」

「あぁわかった」


 こうやってハルと一緒に座るのなんていつぶりだろう。なんでもかんでも久しぶり過ぎて思わず感慨深くなる。


「変わったね、この公園」

「そうだな。去年くらいだったか。遊具が古くなってて危険だとかで撤去されて新しいのに変わったみたいだ。ちなみに、この公園でボール遊びとかするのも禁止になったぞ」

「えぇっ!? そうなの!」

「最近はどこの公園でも似たようなものだろ。この近所の公園は全滅だ」

「そうなんだ。そういうところ多いっていうのは知ってたけど、ここもかぁ。ちょっとショックだなぁ。まぁもうあんまり公園でボール遊びするようなこともないんだけど」

「昔はよくこの公園でやったけどな。サッカーとかキャッチボールとか」

「あぁ、やったやった。今思うとめちゃくちゃ下手だったけど」

「子供の頃なら誰だってそんなもんだろ」

「かもね。ハルは昔から上手かったけど」


 昔話に花が咲く。だけどわかってる。これは本題に入る前の助走みたいなものだ。というかオレもハルも本題に入るタイミングを計りかねてるって言うのが正しいだろうけど。


「……ねぇ、ハルは学校どんな感じ?」

「どんなって言われてもな。普通だぞ。部活にも入ってないし。成績も上の中くらいだ」

「そこは成績は普通って謙遜しない?」

「事実だからな」

「どうして部活入らなかったの?」

「……とくにやりたい部活が無かっただけだ。部活なんて無理に入るようなものじゃないだろ」

「それはそうなんだけど……」

「そういうそっちはどうなんだ? 愛ヶ咲学園だったか。かなり大きな学園なんだろ」

「私はかなり充実してるよ。実はね、今愛ヶ咲学園で生徒会長やってるの」

「生徒会長? お前が?」

「やっぱりびっくりした? びっくりするよねー。私そういうことするタイプじゃなかったし。学級委員長だってしたことないし、何かの長なんてしたことなかったもんね」

「お前が生徒会長……大丈夫なのか?」

「失礼な! これでもめちゃくちゃ優秀だって言われてるんだから。後輩は慕ってくれてるし。もう昔の私とは違うんだよ」

「……そうみたいだな。なんで生徒会長になろうと思ったんだ?」

「なんでって言われると……理由は色々あるよ。でも、変わりたかったから……なのかもしれない生徒会長になれたら、何かが変わるって思ったから」

「それで変われたのか?」

「どうだろ。変わったのは変わったんだけど、それが生徒会長になったからのかどうかはわかんないし。でも今の学園に行って良かったって思ってる」


 そうだ。愛ヶ咲学園に行ったからこそオレは多くのものを手に入れた。そして変わることができた。それはきっとここに居たら手に入らなかったもので、オレの大切な宝物。


「……ねぇハル。あのさ――」


 そこで言葉が途切れる。聞いていいものかどうか悩んでしまったから。でも、これはきっと今だからこそ聞かなきゃいけないことだ。

 オレは覚悟を決めて続きを口にした。


「今のハルには、私はどういう風に見えてる?」

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