第119話 不意打ちと忘れられない光景

〈綾乃視点〉


 幸太と話合った後、オレはそのままの勢いでハルにメッセージを送った。

 これ以上ウジウジしてみんなに迷惑をかけるわけにはいかないし。何よりもうやるって決めたんだから。

 なんかもう緊張とか色々で手汗とかすごいことになってたけど、ハルからの返信は思った以上に早く来た。返事は短く『わかった』とだけ。その短い返信は昔のハルと一緒で、変わってないんだなって思って少しだけ嬉しかった。

 ともかく、これで約束は取り付けた。後はオレ次第だ。


「大丈夫。できる、できる。私はやればできる子なんだ」


 自分に言い聞かせるようにしてギュッと手を握りしめる。生徒会長選挙の前日ですらこんなに緊張することはなかったのに。


「……ふぅ。とりあえずお風呂入ってこよ」


 こういう時はお風呂に入ってさっぱりするのが一番だ。うちはお父さんもお母さんも、というか家族全員がお風呂好きだからお風呂場にはやたらと力が入ってる。普通の家よりは広いと思う。

 明日のことからお風呂を楽しむことへと思考をシフトしたオレは、そのまま真っ直ぐお風呂へと向かった。





■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■

 

〈零斗視点〉


「んー……綾乃の部屋とはいえ、自分の部屋じゃない場所に一人ってのは落ち着かないもんだな」


 これまではずっと綾乃や誰かが一緒に居たから誤魔化せてたけど、いざこうして一人になると改めて綾乃の実家に来てるんだってことを意識してしまう。

 というか彼女の実家に泊まるってなんかこう……色々と段階をすっ飛ばしてる気がするんだがどうなんだ?

 ヤバい。なんか今更心臓バクバクしてきた。というか俺この部屋で寝るようにって言われたんだけど……。

 

「折りたたみ式のベッドが畳まれて横並びの布団が二つ……これってもうあれだよな。そういうことだよな」


 てっきり綾乃は朱音さんの部屋で寝るもんだと思ってたんだけど。

 いいのか俺。いいのか!?


「い、今からでもやっぱり別室にしてもらった方が……いやでもなんて言うんだ? 娘さんと一緒に寝ると理性を保てる自信が無いのでーなんて言えるわけないだろ! とりあえず綾乃に相談するべきか? でも綾乃、今は幸太君と話してるんだよな。ちゃんと話をしないとって言ってたし。まだかかってんのかな。まぁ大事なことだろうし時間かかるか」


 なんかこう、勝手に家探しみたいなことするわけにもいかないし。テレビ……は、とくに見たいのもないんだよな。というか今は何しても落ち着かないことだけはわかってる。

 そうしてずっとソワソワと落ち着かないままいると、部屋の扉がノックされた。


「はい」

「入るよーってあれ? 零斗君だけ? 綾乃は?」

「綾乃なら今は幸太君のところに居ると思うんですけど。ちゃんと幸太君と話すって言ってたんで」

「あー……なるほどね。でもそういえばさっき……なるほど♪」

「どうかしたんですか?」

「ねぇ零斗君、お風呂入ってきたら? お父さんもお母さんも幸太も入ったし、あたしと綾乃は後でいいからさ」

「え、でも」

「お客さんを一番最後にするわけにはいかないでしょ。いいからいいから」

「それじゃあ……わかりました。お言葉に甘えて」


 どのみちこのまま部屋に居てもしょうがないと思ってたしな。風呂に入ったら少しは頭もスッキリするかもしれない。


「シャンプーとかタオルとか、適当に使ってくれて大丈夫だから」


 なんか妙の上機嫌な朱音さんに見送られて俺は風呂場へと向かう。

 そして洗面所の扉を開けた時、事件は起きた。


「へ?」

「え?」


 俺の視界に飛び込んで来たのはシミ一つない白磁のような肌。そしてたわわに実った双球とその頂点にある薄く色付いた――。


「~~~~~~っっ!! 見るなこのバカ!」


 ボフッと畳まれた状態のバスタオルが俺の顔に叩きつけられる。

 視界が塞がれてちょっと残念……じゃない! これはわざとじゃなくて事故だって言っとかないと!


「いや違うんだ綾乃! これはその、わざとじゃない!」

「タオル取るの禁止! 言い訳は後で聞くから回れ右、さっさと部屋に戻る! 返事!」

「は、はいっ!」


 ピシャンと脱衣所の扉が閉まる音がして、俺は恐る恐るタオルを顔から退ける。そこにはもう天国のような光景は無く。無機質な扉があるだけ。さすがにもう一度開けるなんてバカなことができるわけもなく、俺はそのまま部屋へ戻ろうとした。

 でも階段を上がった先に居たのはニヤニヤとした朱音さんだった。


「良い思いできたでしょ?」

「悪魔ですかあなたは……」

「えー、喜んでもらえると思ったんだけど。なんか綾乃の部屋で一人になったせいで緊張してるみたいだったし。ぶっちゃけどう? 嬉しかった?」

「それはその……」


 思わずさっきの光景を思い出す。見えたのは一瞬だった。でもその一瞬は俺の脳裏のあの姿を焼き付けるにはあまりにも長すぎる時間で。要するに何が言いたいかっていうと脳内再生余裕だった。


「ふふん、まぁ一か八かだったんだけど。あの子、家でも脱衣所の鍵閉めないんだよねー。今日は零斗君がいるから大丈夫だと思ってたんだけど。良かったね零斗君、それとも少年には刺激が強かったかな?」

「~~~っ、知りませんっ。もう俺部屋に戻りますから」

「ごめんごめん。綾乃にはちゃんとあたしから言っとくから安心して」


 朱音さんはそう言うと、ヒラヒラと手を振って行ってしまった。そして俺はさっき以上に悶々とした感情を抱えたまま部屋へ戻る。

 部屋へ戻った俺はそのまま布団へと倒れ込んだ。


「あれは……不意打ち過ぎるよなぁ……」


 しばらくは、というかこの先も脳裏から消えそうにない光景を思い出して、俺は枕に顔を埋めることしかできなかった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る