第118話 姉弟の語らい

〈綾乃視点〉


 ご飯を食べ終わった後、オレは母さん達の所に行った。オレが倒れたせいでかなり心配かけたみたいだから。

 オレがリビングに行くと、姉さんもやって来たみたいでオレの姿を見るなり抱きついてきた。いつもなら振りほどくところだけど、今日は甘んじて受け入れることにする。

 そしてオレはそこで自分の思いを、ハルと話し合おうと思ってることもみんなに伝えた。

 ある程度事情を察してた姉さんは驚かなかったけど、父さんと母さん、それから幸太はかなり驚いていた。

 父さんと母さんからは色々と言われたけどオレの意思が固いことを知ると、頑張ってって応援してくれた。元々も二人は口にこそ出さなかったけど、ハルと仲直りして欲しいって思ってたみたいだし。

 だけど、みんなが頑張れって言ってくれるなかでただ一人だけ複雑な顔をしてるのが幸太だった。

 理由もなんとなくだけどわかってる。ハルと仲直りだなんだって言う前に家族全員に納得してもらわなきゃいけないから。

 オレは改めて幸太とちゃんと話すことにした。





 幸太が風呂から上がったタイミングを見計らってオレは幸太の部屋を訪ねた。

 

「幸太、私だけど入っていい?」

『綾姉? いいけどちょっと待って』

「わかった」


 若干焦ったように部屋の中からガサゴソと物を動かす音がする。そして待つこと数分、幸太が部屋から出てきた。


「入っていいよ」

「うん、お邪魔します」


 幸太の部屋に入るのなんていつぶりだろ。小学校高学年くらいから部屋に入れてくれなくなったから……三年以上ぶりかもしれない。オレの記憶の中にある部屋とはずいぶん様変わりしてた。なんかトレーニング器具みたいなの置いてるし。

 そっかぁ。幸太もそういうの気にする年頃になったんだなぁ。でも今の成長期に無理な筋トレすると身長伸びなくなるから加減するように言っとかないと。


「綾姉、あんまり部屋の中ジロジロ見ないで欲しいんだけど」

「あ、ごめんごめん。幸太の部屋に入るの久しぶりだったからさ。で、さっきは何隠したの?」

「べ、別に何も隠してないからな!」

「いやいや。絶対何か隠したでしょ。もしかしてエッチな本?」

「違うから! あぁもうなんなんだよ。そんなこと言うために来たならもう帰ってくれ!」

「あはは、冗談だってば。もちろんちゃんと用事はあるよ」


 幸太の部屋に置いてある机に向かい合って座る。幸太もオレが何の用で来たのかは薄々察してるんだろう。さっきから目を合わせようとしない。

 それでも話さなきゃならない。幸太がこうなったのはオレの責任でもあるんだから。


「……幸太もわかってると思うけど。ハルのことで話があってきたの」

「…………」

「ねぇ幸太。幸太は私がハルと話し合うの反対なの?」

「俺はどうして父さんも母さんも朱姉も応援するって言うのかがわからない。もっと言うと、なんで綾姉があいつと話し合うなんて言い出したのかも」


 オレ達の中で一番ハルに対して怒ってるのが幸太だ。そして、オレを除けばハルと一番仲が良かったのも幸太だ。

 昔の幸太はハルのことを「ハル兄」って呼んで慕ってた。一緒にゲームしたり、遊んだり、オレよりも仲が良いんじゃないかってくらいだった。オレよりも兄弟らしいとか言われることもあったし。幸太はオレの弟なのにって何度も思ったもんだ。

 でもだからこそ。ハルと仲が良かった幸太だからこそ、幸太はハルのことを許せずにいる。


「幸太は優しいね」

「なんでそういう話になるんだよ」

「だって幸太が怒ってるのは私とハルのためだから」

「っ!」


 あの一件の後、事の経緯を知った幸太はハルのことを責めた。その時オレは近くに居なかったけどハルの家まで乗り込んで殴ろうとしたらしい。その場は修治さんが収めてくれたらしいけど。それ以来ハルと幸太の関係は冷え切ってる。

 傍目から見れば関係が破綻したように見えるかもしれない。いや、事実そういう側面もある。でもそれだけじゃない。

 幸太がハルに対して怒り続けているのはハルのためでもあるんだ。

 修治さんは言ってた。ハルはあの日のことを後悔してるって。何度か謝りに来ようとしたこともあったらしい。だけど前までのオレはそれを受け入れることができなかった。忘れることでハルとの関係を断とうとした。

 でも、ハルが本当に求めていたのは許しじゃない。断罪だ。

 オレの家族はハルのことを責めなかった。当の本人であるオレは目を背けて見ようとしなかった。だけどそんな中で幸太だけがハルに対して明確な怒りを向けた。

 ハルが決して忘れないように。あの時のことを過去にしてしまわないように。

 もし忘れてしまえば、過去になってしまえば。オレとハルの関係も無かったことになってしまいかねないから。

 幸太はオレとハルの関係を繋ぎ止めようとしてくれたんだ。


「ずっと怒るのってね、難しいんだよ。私と幸太が喧嘩しても次の日には仲直りするみたいに。何かに対して怒っても、その怒りを持続させるのって本当に難しいの」


 これもまた時間の優しさであり残酷さだ。時は怒りを風化させる。でも幸太は怒りの火が消えそうになる度に思い出し再燃させ、今まで怒りを忘れないようにしてたんだ。


「ごめんね幸太。それは本当なら私のやらなきゃいけないことだったのに」


 オレは幸太の隣に行ってその体をそっと抱きしめる。いつもなら嫌がって振り払う幸太だけどこの時ばかりは大人しかった。


「私、みんなの優しさに甘えてばっかりで自分からは何もしようとしなかった。そのせいで幸太を苦しめた」

「別に俺は苦しんでなんか……」

「それくらいわかるよ。だって姉弟なんだから。私達姉弟の中で一番優しい幸太が、そんなことして苦しくないはずが無い。でもね、もういいの。もう大丈夫だから。今度は私がちゃんとハルと向き合うってそう決めたから」

「綾姉……」

「ごめんね幸太。情けないお姉ちゃんで」

「……違う。情けないのは俺の方だ。結局俺は何もできてないんだから。ハル兄、何も言ってくれなかったんだ。俺が何を言っても何をしても。言い訳一つしてくれなかった。そんなハル兄に余計に腹が立って……だから俺はハル兄に怒りをぶつけることしかできなかった。それだけなんだよ綾姉」


 幸太の抱える葛藤も苦しみも本来なら抱く必要の無かったはずのものだ。幸太はある意味で被害者だ。オレとハルの問題に巻き込んでしまった。

 幸太のために。そして何よりオレ自身のために。決意を込めてオレは言った。


「全部終わらせてくるから。だから、今度ハルに会った時は今までの文句を思いっきり言ってやってね」



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